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不死なる竜と使い魔の物語 改訂版  作者: きどころしんさく
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幕間 弟として、兄として、

     幕間 弟として、兄として、


 いつからだっただろうか、ガキのころから、そこれそ物心ついたときには、家に居場所がないと感じていた。


 俺は、マルセルス・アウレリウス。オストニア王国、巨壁山脈東麓地方中部、学園都市エカテリンブルで生まれ育った、今年で15歳。春からは、王立魔法騎士学園高等部飛空船学科船乗専攻1年生だ。

 1個上の天才で変態な兄貴オルティヌス(オッティ)と、そっくりなのに性格は全く似てねえ双子の妹モカイッサ(モカ)リッリッサ(リル)、国王直属特務騎士団「銀嶺騎士団」団長で騎士の中の騎士なんていかめしい異名のわりに自由人な父さんのエルヌス(エル)と同じく騎士団長補佐で「銀嶺の稲妻」の異名を持つ母さんのマルガリッサ(マギー)、元学長で厳しい祖父ちゃんのマチウス(マチュ)、専業主婦で優しい祖母ちゃんのティナイッサ(ティナ)と8人大家族だ。ちなみに母さんの異名の銀嶺の稲妻っていうのは、冬の始まりに巨壁山脈に落ちる雷のことで、これが大雪の前兆ってことから、転じて災いの前兆って意味の慣用句でもある。母さんがそんな通り名を持ってるってことは、敵に回すなってことだろう。

 俺の家には変わった決まりがあって、子供たちは5歳になると魔法の練習と体力作りを、7歳からは剣の稽古をすることになっている。兄貴も俺もそうだったし、妹たちもそうした。なんでも、父さんが子供のころ魔法や剣を習い始めた年齢に合わせてるらしい。

 で、俺は5歳のころから、魔法の練習を始めた。先生役を務めてくれたのは、なんと1個違いの兄貴だった。正直言って成人した俺でも、5歳のガキに魔法を教えるなんてこと、難しくてできねえ。だってのに、兄貴は6歳のガキの時から、それができたんだ。ただ俺は物覚えがよくねえから、なかなか魔法を覚えられなかった。そんな俺に、兄貴は根気強く優しく、魔法を教えてくれた。兄貴は俺の先生役をしながら、難しそうな本を片手に、難しい魔法の練習をしていた。今思い返してみると、兄貴があの時読んでたのは、中等部向けの魔法の教本だった。兄貴はそれくらいの天才だ。ただし変態だ。

 さっき妹たちは2個下って言ったが、それは学年の話で、実際は1歳半くらいしか離れてねえ。俺の誕生日が3月29日、妹たちが9月20日、ちなみに兄貴は3月30日だ。妹たちが魔法の練習を始めた時、俺が2週間かかってやっと覚えた1番初歩の魔法を、妹たちは1日目で成功させた。教えたのは兄貴だ。兄貴の教え方は俺の時と同じだったから、妹たちは俺なんかと出来が違うんだろう。

 多分そのころからだろう、俺は近所の悪ガキ仲間とつるみ始めた。まあやってることは所詮ガキの悪戯レベルなんだけど、大人たちには叱られた。叱らなかったのはうちの両親くらいだろう。2人とも騎士団の仕事で街にいなかったってだけだけど。街に出て遊んでると、子供ながらに、父さんと母さんが、街中の大人たちから尊敬されてるのが分かった。

 親が偉大だと子供にはプレッシャーだ。しかも、俺は兄貴みたいな天才でもなけりゃ、1歳半下の妹たちにもすぐ追い抜かされる、言ってみりゃ兄弟の中の落ちこぼれだ。家にいるのが嫌で、悪ガキ仲間と悪さばっかり繰り返してた。悪ガキ仲間のリーダー格、所謂ガキ大将の、ジャイユス(ジャイ)って奴がいた。俺より一個年上だ。俺はガキのころから背だけは高かったから、ケンカも強くて、ジャイにも勝ったことがある。ジャイから一目置かれてた。家の居心地が悪かったから、俺はよくジャイと遊ぶようになった。

 悪ガキ仲間とつるむようになって、1回だけ魔法の練習をサボったことがある。その日の夜俺は、兄貴から折檻を受けた。兄貴はいつも通りの笑顔で、でも目だけ笑ってなくて、兄貴の折檻は、それこそ生きているのが嫌になるくらいの苦痛だった。折檻が終わって、いつも笑顔の兄貴が、珍しく悲しそうな顔をして、

「マルセル、お願いですから、もう僕にこんなことをさせないで下さい。」

って言った。その時俺は、もう魔法の練習をサボるのはやめようと思ったし、実際サボらなかった。

 妹たちには案の定すぐ追い抜かれた。ただ、当時の俺は、妹に情けない姿を晒すのがどうしても嫌で、魔法の練習は、妹たちが寝た後、夜にやることにしていた。

 魔法の練習っていっても、一度覚えた呪紋はそう簡単には忘れねえ。やることは、魔力(マナ)のトレーニングだ。魔力切れ気味になるまで魔法を使う、寝て回復、っていうのを繰り返すと次第に魔力量が増えていく。筋トレと同じだ。

 俺は妹たちが寝る時間が過ぎると、2階の自室の窓から隣の家の屋根に跳び乗って、そのまま屋根伝いに市壁の上に出る。そしたら、「加速(ヘイスト)」の魔法と「魔法灯火(マジカルランタン)」の魔法を常時展開して、魔力切れ気味になるまで、街の外周を走る。体力強化も兼ねていた。相部屋の兄貴はいいって言っても毎日俺のトレーニングに着いてきた。しかも信じられないことに、「加速」の魔法を使ってる俺と同じくらいの速さで走るのに、魔法は使っていなかったらしい。頭はよくて、魔法の才能はあって、足まで速いのかよ、不公平だと思った。今でも思ってる。街の外周を回っていると、東西2ケ所ある城門が、障害物になる。城門は大型魔獣が突撃してきても壊れない頑丈な鉄扉なんだけど、それでもその上を歩くのは綱渡りみたいな感覚だった。兄貴は一足飛びで跳び越してたけど、俺には無理だった。多分今でも無理だ。トレーニングは雨の日も雪の日も休まず行われた。天気が悪いから休みたいと俺が言い出すと、兄貴が、

「本当に、休みでいいんですか。」

と、いつも通りの笑顔で、でも目だけ笑ってないで言った。休むのは無理だった。雨や雪でぬれた鉄扉の上は滑るから、その上を歩いてるときは生きた心地がしなかったが、幸い落ちたことはない。

 7歳になって剣の稽古を始めて、1年たって8歳になったころ、兄貴は俺に

「模擬戦をしましょう。」

と、言ってきた。そのころには俺の方が兄貴より大分背が高くなっていたし、剣には少し自信があった。でも兄貴との模擬戦は、いつも一方的な展開だった。妹のモカが開始の合図をした直後には、兄貴の短剣が俺の首筋で寸止めされていて、

「これで1回『死に』ましたね。」

と兄貴が言って、模擬戦が終わる。俺は剣を振るどころか、足を1歩だって動かせたことがない。兄貴とやるといつもそうだ。今やってもそうだろう。

 妹たちが剣の稽古を始めて数日後、俺はモカから模擬戦を挑まれた。何とか勝ちを拾ったが、その直後リルにも挑まれて、一瞬で負けた。俺の1年半の稽古を、妹たちは数日で追いつき、追い越していった。その後モカは毎日のように俺に模擬戦を挑んできた。これは俺が学園に入るまで続いた。俺も兄の面目を保つため、必死に稽古したから、ギリギリ勝ち逃げできた。多分今やったら負ける。

 勉強もダメ、魔法もダメ、剣もダメ。でもそれはあくまで家の中での話で、街に出たら俺は悪ガキ仲間から一目置かれる存在でいられた。家にいるのは苦痛だった。兄貴とも妹たちともできれば顔を合わせたくなかったし、父さんや母さんを失望させたくなかった。


 少し時を戻そう。兄貴が学園に入学する直前だったから俺は8歳になる直前だったはずだ。父さんが、自分たちの仕事を子供たちに知ってほしいと、スベルドロ砦を見学させてくれることになった。父さんと母さんは職業柄、機密を扱うことも多いので、家では仕事の話をしない。俺も連れられるがままに、スベルドロ砦に行った。

 最初に見学させてくれたのは、魔道従士(マジカルスレイブ)だった。モカはリルを引き連れは父さんの専用機のダモクレスや、母さん専用のシルフィを見て、はしゃいでた。兄貴は量産機のスコピエスをじっくり観察してた。兄貴とリルは、父さんや母さんと同じ魔法騎士(マジックナイト)、モカは魔導従士を作る魔法鍛冶師(マジック・スミス)になりたがっていることは知ってた。モカが作った魔導従士を兄貴やリルが動かす。そんな未来が簡単に予想できた。兄妹3人の様子を見ていて、落ちこぼれの俺の出る幕じゃねえんだろうと思った。

 次に、飛空船ドックを見せてもらった。初めて飛空船を見た時、中でも銀嶺騎士団旗艦のテバイを見た時の感動は、今でも忘れられねえ。お前の居場所はここだと言われた気がした。飛空船は機械だ。喋るわけねえ。それは分かってる。でも、そんな気がしたんだ。

 今ならはっきり分かる。俺は兄貴たちの役に立ちたかった。落ちこぼれなりにできることがあることを認めてもらいたかった。兄貴や妹たちに劣等感を抱いていたが、嫌っていたわけじゃねえ。船乗り(セイラー)になれば、前線には出られなくても、前線に出た奴らの帰ってくる場所を守ることはできる。これしかないと思ったし、今でも思ってる。

 他にもいろいろな場所を見学させてもらった気がするが、昔のことで覚えてねえ。一つだけ確かなことは、その日から俺の夢は船乗りになった。


 学園に入ると、逃げられない地獄が待っていた。1年先に学園に入った兄貴がどんなことをやらかしたかは、知ってた。さすがは行ける伝説、アウレリウス騎士団長閣下の息子。兄貴の評価はそんなとこだろう。当然教官たちからも、同級生からも、兄貴と同じような活躍を期待されていた。でも俺にその期待に応える力はねえ。期待はすぐ失望に変わる。それに俺の目指す道は既に兄貴と違う道だった。だから俺は逃げた。最初のクラス分けの試験の時、魔法の試験では、俺は「炎の矢(ファイア・ボルト)」を1発だけ撃った。戦技の試験では、一番基本的な両手剣の型をやってお終いにした。こいつはこの程度の奴だ、期待するだけ無駄だと思ってもらえればいい。結果戦技も魔法も中級クラスに振り分けられた。その後も手を抜き続け、成績は中の下位を彷徨っていた。それでよかった。その程度の奴でいる限り兄貴と比べられて失望されることもない。俺は逃げ続けた。初等部の間はずっと手を抜いていた。

 逃げられないことに気付いたのは、高等部の入学選抜の方法を知った時だ。その時すでに俺は中等部の生徒になっていた。このまま手を抜き続けたら、船乗りになるという夢も実現できない。その時から俺は必死になった。幸いと言っていいのかは分かんねえが、兄貴はその時点ですでに高等部でやらかして退学処分になっていた。兄貴と比べられる心配は減っていた。3年間必死になったお陰だろう、何とか高等部飛空船学科に滑り込むことができた。


 ようやく、ここからが本当の俺の戦いだ。天才で変態な兄貴の弟として、落ち着きがなくてでもなんでも器用にこなす妹の兄として、人見知りで臆病なのに騎士としての才能にだけは恵まれてしまった妹の兄として、あいつらが戻ってくる場所を守ってやる。

〈完〉

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