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6.覚悟

 アイザック様と別れ、自室に戻った私はこのまま休むから一人になりたいと侍女を下がらせた。扉から足音が遠ざかるのを確認し、急いで鍵を掛け隠していた本を取り出した。


 昨日一通り読んではいたが、再度入念に読み返した。

この本によると、魔法陣は一寸の狂いなく本に載っているものと同じものを描く事。そして悪魔の渡り賃として、召喚者の血が必要だと書かれていた。

もっとも恐ろしいのは、呪文を一文字でも読み間違えると命の保証はないと書かれていた事だった。


 悪魔を召喚すると決めたはいいけれど、万が一失敗したら死ぬかもしれない。


失敗した場合を考えていなかった私は、ここへ来て不安が一気に押し寄せてきた。こんな大事な事を、“自由になりたい”と言う気持ちだけで軽率に決めてもいいのか、迷いが生まれてしまった。

本に挟まっていた紙に視線を移し、書かれている言葉を心の中で復唱した。


 『捨てる覚悟があるのか』


走り書きのような文字をそっと撫で、この文字を書いた人を想像する。


『きっとこの人も、召喚するのか随分悩んだのかもしれないわ。そしてこの言葉は、私が考えているよりずっとずっと、重いのかもしれない……』


「……覚悟」


先ほどまではかなり意気込んでいたけれど、私にそんな大それた覚悟なんてあるのだろうか?

例え、このまま見て見ぬふりをし今まで通りの生活を続けても、きっと上手くなんていかない。いつか綻びから裂け目が生まれ、やがて大きくなり、取り返しのつかない事になるかもしれない。

それにアイザック様の本音を知ってしまったのに、今更知らないふりなんて出来ない。


「そうよ。私はもう、振り返らないって決めたのよ」


すぐ二転三転してしまう自分の心を今度こそ覚悟で固め、私は今夜の為に再度本に目を通し、入念な準備を始めた。




 『私は、アイザック様達の為だけに自分を犠牲にする訳じゃないわ』

 『これは、私が私の幸せの為に選ぶ道なのよ……』








屋敷の人間が動いている間は下手な動きが出来ないので、真夜中になるまで出来るだけ通常通りの生活を意識した。

そして、久しぶりに食堂で父と夕食を共にしたけれど、やはりいつも通りだった。


「アリア、今日アイザックが屋敷に来たそうじゃないか。何も変わりはなかったかのか」

「……はい、私の体調を心配してわざわざいらして下さったのです。体調が回復したら一緒に出掛ける約束もしました」

「そうか、ならいい」


そう言って微笑む父は、あの日婚約解消をしたいと言った私が諦めず、アイザック様に直談判しなかったか確認したかったのだろう。


 『心配しなくても、そんな事しないのに……』


父に、私という人間は見えているのだろうか。たった一度でも駒としてではなく、娘として見てくれた事があったのだろうか。

暗い思考に引きずられそうになる心を、無理やり持ち上げいつもと同じように食事を摂る。



 『成功しても失敗しても、こうして顔を合わせるのも最後なのよね……』


そんな風に思ったからか、食事を終え退出する父に、気付けば声をかけていた。

「あ、あの、お父様!」

「どうしたんだアリア。大きな声を出すなんてお前らしくないじゃないか」

そう言って普段は無表情なのに僅かに目を見開いた父と目が合う。


 『何だか今日は,お父様の見たことのない表情をよく見る日ね……』


「……」

「本当にどうしたんだ」

無鉄砲に呼び止めたから、言いたい事が纏まらず言葉が出てこない。それでも今伝えたいと思った。

「……ありがとうございます」

「……?」

「お父様、私幸せです」

精一杯の笑顔で父にそう伝えた。愛情は貰えなかったけれど、何不自由のない生活をさせてくれた。私は幸せだった。その思いが父にも伝わったようで、

「ああ、アリアは幸せになれると信じてる。何も問題はない、大丈夫だ」

「はい、お父様」

思わず涙が溢れそうになる。でも私は、今まで培ってきた令嬢としてのプライドで流れそうになる涙を必死に押しとどめた。

父が、いつも無表情なあの父がほんの少し柔らかく微笑んでくれた。

その笑顔が見られただけで、もう十分だった。




お父様、親不孝な娘でごめんなさい。

私は自分勝手な女です。だって自分の幸せの為に、侯爵家を。お父様を。全て捨てるんですから。




どうか、私を許さないで——


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