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4.それは偶然だった

父と話をした翌日、私は本当に体調を崩してしまい、しばらく動く事が出来なくなった。

あの日、たった数時間で様々な事が起こり、体だけでなく心もかなり疲労したようで、回復するまでに何日もかかってしまった。


その間にアイザック様から手紙が届いた。茶会の日の事は気にしなくていい事、私を心配している事、体調が良くなったらお見舞いに行きたい事が綴られていた。


 あの日のような光景を見た普通の婚約者なら、このような手紙を受け取って怒ったり悲しんだりするのだろうか?

私には愛してもいない婚約者に、どこまでも誠実に対応してくれる彼に対し、悲しみや怒りよりも申し訳なさが先に立った。



 『私がいなければ、アイザック様はエミリーと幸せになれるのに……』



 エミリーは男爵令嬢だけれど、アイザック様は侯爵家の人間だ。本当に愛する人がいるならば、多少の無理は押し通す事が出来る。

私という障害物さえいなければ、二人は結ばれる可能性だってある。

婚約を解消したいと思っても、私の貴族令嬢という立場が、そして父が許してはくれない。

私一人ではどうする事も出来ない状況に、心に影が差したような陰鬱とした気分になり、自然と自室に篭る時間が増えた。

そんな風にしていても心が晴れないので、その日は気分転換に図書室に足を運んでみる事にした。




 どんな本を読もうか考えながら本棚を見ていくと、部屋の隅にある棚の上段に、この場所には不釣り合いな一冊の本が置かれていた。

我が家の図書室はきちんと管理者がいるから、埃を被った書物は一つもないはずなのに。それは随分と薄汚れ、埃も積っていてお世辞にも綺麗とは言えない状態だった。

今まで誰にも気付かれた事がなかったかのように、埃まみれの本は静かにその場所に佇んでいた。



 黒い背表紙に金のような色で文字が書かれているが、汚れが酷く上手く読む事が出来ない。

何故かその本に導かれるように手に取ってみると。ほんの一瞬だがうっすらと光ったような気がした。

その一瞬の出来事に、目の錯覚かと瞬きをするも、もう光は消え手元には先程と同じ、薄汚れた本があるだけだった。

私はその不思議な本がとても気になってしまい、軽く埃を落とすと、適当な本と一緒にこっそり自室に持ち帰った。



 何故かいつもより心臓の鼓動が早く感じた私は、この本を持っている事が人に見つかってはいけないという衝動に駆られた。

経験した事のない緊張感の中、滑り込むように自室に入り、人払いをしてからそっと本の背表紙に触れ、慎重に埃を落としていく。

背表紙はかなり埃まみれで薄汚れていたのに対し、中身は真逆で文字が薄くなっている事もなく、まるで新品のようだった。



一ページ一ページ慎重にめくり、夢中で読み進めていたからなのか、読み終わる頃には部屋の中は薄暗く、肌寒さすら感じる時間になっていた。でも今の私には、むしろその肌寒い気温が心地良く感じていた。

読み終わった本をそっと置き、その衝撃の内容に、


「悪魔の召喚……」


思わずそう呟いてしまい、慌てて自身の口を手で塞いだ。

こんな事誰かに聞かれたら、頭がおかしくなったと思われ、確実に病院送りになるのは目に見えている。

それでも、読み終わった後の、この胸の高鳴りはなかなか消える事はなかった。



我が国では悪魔の召喚は、禁忌中の禁忌事項だ。

信仰している神の教えで、禁忌を犯したら天寿を全うした際に女神様の元へ帰る事が出来ないと、ずっとそう信じられてきているからだ。

禁忌なのはもちろん理解しているが、私は悪魔召喚に一つの希望を見出してしまっていた。



本の中には以前、誰かが私と同じようにこの本を手に取ったのか、小さなメモが挟んであった。

そのメモには、


 『捨てる覚悟があるのか』


そのたった一文しか書かれていなかったが、私にはこの一文が全てを語っているような気がした。


 『この人は悪魔召喚を実行したのかしら?』

 『なら私も……』


一瞬そんな思いが頭をよぎるが、すぐにこんな考えはおかしいと自分に言い聞かせた。そもそも許される筈がないし、悪魔召喚なんて馬鹿げてる。悪魔なんて召喚出来る筈がない。


 『ダメね、こんな考え捨てなければ。本の事は忘れて、今まで通り生きていこう』

そう思い、本を見つからない場所へと急いで隠した。明日、元の場所に戻せば大丈夫だと自分に言い聞かせながら。


 『早く忘れないと……』


この時焦っていた私は、一刻も早くこの本を元の場所に戻さなければと、それだけしか考えていなかった。

だから肝心な事に思い至らなかったのだ。どうして悪魔召喚の本が我が家の図書室にあったのかという事に——


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