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15.その後・アイザック視点


 あの日。アリアの死の真相を知ってから、私の目に映るもの全てが色を失くした。


 エミリー嬢とのやり取りを、まさかアリアに見られているなんて想像もしていなかった。

私がいくら「エミリー嬢を愛していない」と叫んでも、誰にも信じてもらう事は出来なかった。

そしてもうアリアはいないのだからと婚約を白紙にした手続きの撤回についても誰も取り合ってくれる事はなかった。

当たり前だ。故人と婚約を継続する人は普通ならいないだろう。

アリアとの唯一の繋がりだった婚約も白紙になり、クレイン侯爵家からは今後一切関わらないと通達がなされた。


 私が侯爵邸に呼ばれた時には、既にアリアの葬儀が終わった後だった為、彼女に別れを告げる事すら叶わなかった。

だからなのか、まだどこかでアリアが生きているような気がしてしまう。

もしかしたら今までの事は全部夢で、目が覚めたらアリアは生きているんじゃないか。

いつものようにはにかんだんだような笑顔で「アイザック様」と呼んでくれるのではないかとさえ考えてしまう。


 朝起きてそんな考えの方が夢なんだという事実に、何度も深く絶望した。

そのうち私は生きているのに何も感じない、ただ体が動かせるだけの人形のようになっていった。


 もっと素直になれば良かった。正直に触れたいと、心から愛していると伝えていれば良かった。

でもどれだけ後悔しても、もうアリアは戻ってこない。私を見つめる、あの不思議で吸い込まれそうな瞳に、もう二度と自分が映る事は出来ないのだと、どうしても受け入れる事が出来なかった。

どれだけ周囲の人間に言われても、もう私には何も理解出来なくなっていた。


 父からはこのままなら後継は弟に変更すると言われたが、それすらもうどうでも良かった。

跡を継ぐのだって、アリアがいたから頑張っていただけ。アリアが嫁いで来て苦労する事がないよう、何不自由ない生活が出来る様に。彼女が笑顔でいられるように。ただそれだけだった。アリアがいないなら私にとって、もう何の価値もないただの飾りと同じだった。



 アリアに会いたい。



会って誠心誠意謝罪して、やり直したい。彼女に許してもらえるなら何だってする。

だから、どうか……

もう一度私をその瞳に映して欲しい。愛してると言ってほしい。

そんな風に願ったからだろうか。ある日、自室のバルコニーから風と共に懐かしい彼女の香りが運ばれてきた。


「アリア……?」

窓の方を見ると、ずっと会いたくて堪らなかった彼女が、静かにバルコニーに佇んでいた。

「っ……アリア、そんな所にいたんだね。そこは危険だからこっちへおいで。それに、まだ病み上がりだ。また体調を崩してしまうよ」

ゆっくり彼女に近づきながら、震える手を差し出す。そんな私の手にアリアの小さな手が重なり、気付いたら私はアリアを思いきり抱きしめていた。

「アリア!会いたかった。心配したんだ。……すまない、そうじゃないんだ……アリア、君を傷つけて本当にすまなかった。私はアリアを愛してる、ずっとずっとアリアだけを愛してるんだ!嘘じゃない。信じてくれ!」

無様に泣いて許しを請う私を、アリアはそっと抱き締め返してくれた。

「二度と君を傷つけないと誓う!だから、ずっと一緒にいてくれ。お願いだアリアっ」


 あぁ、ようやく私の元にアリアが帰ってきた。やはり、自死なんて()()()だったのだ。

だって今、私の腕の中には愛しいアリアがいる。これが()()()()()なのだから。



 おかえり、アリア。

不甲斐ない婚約者でごめんね。君を傷つけて、その事に気がつかない私は人としても、婚約者としても失格だった。でももう二度と間違えない。君に永遠の愛を誓うよ。死が二人を別つまで……いや例え死が私達を引き離しても、何度でも共に歩んでいこう。


 ようやく腕の中に帰ってきた最愛の彼女をもう一度強く抱き締め、そして改めてアリアと向き合う。

目の前の彼女は、やはりいつもと同じ瞳で私を見上げる。その事に安堵した私は彼女の前に跪き、手の甲に口付けを落とす。

「——ずっと一緒だ。永遠に愛してるよアリア」


ここまで来るのに何度も過ちを犯し、アリアを傷付けてしまった私だけど、ようやく本来の形に戻れたんだ。

私の心は歓喜で震え、自然と口元にも笑みが溢れる。こんな風に笑うのも酷く久しぶりだった。



アリアが側に居てくれるだけで私は私であり続ける事が出来る。

だからもう大丈夫。私はこの先、何があっても幸せだ。だって横にはアリア(最愛)がいるのだから——




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