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9話 枯れるまで 



「ジルベール様。そんなお約束のもと結婚なさったのですか!?」

「マリエッタ様になんて失礼な!」

「この侯爵家の御当主なられた方が、いつまでお遊びなさるおつもりですか!」

 小さい頃から知ってる使用人達は、ジルベールに畳み掛ける様に非難の声を上げた。

 普通なら主とも云えるジルベールに、こんな不敬な事は言わない。だが、幼き時より仕えている者達は容赦がなかった。

 ジルベールの気質が、そうさせるのかもしれない。不敬を言われても断罪はしないのだから。



「まぁまぁ、皆様。子供を養う財力は豊富にあるのですから、旦那様には枯れるまで頑張って頂きましょう!!」

 もはやジルベールが、誰と夜を過ごそうが興味がないマリエッタは、パンパンと手を叩いた。

 他所で作ろうが別邸で作ろうがジルベールの子供、ルーベンス侯爵の血筋なら何ら問題はないのだ。ならば、幾らでもバンバン作ればいいと思うマリエッタ。



「財力」

「枯れるまで……」

「……頑張って」

 使用人達は、ジルベールを責める気持ちが削げていた。

 愛人がいるのに、夫を庇う妻がいるとは思わなかった。しかも、その愛人との間に出来るかもしれない子まで容認している。

 マリエッタが寛大であると同時に、心底旦那様に興味がないのだと分かり、使用人達は気持ちの着地点が見つからない。



「あの……マリエッタ様」

 執事長が眉頭を押さえながら訊いた。

「何かしら?」

「一億歩譲ったとして、愛人の誰かにお子を作って貰うのは分かったとします。ですが、マリエッタ様はそれで良いのですか?」

「ん?」

「自身の子ではない者を、2人の御子とするのは」

 使用人達は、マリエッタが愛人の子を自分の子供として育てるのは辛くないのか。そして、自分の血が繋がらない者が跡取りとなるのは、嫌ではないのか心配している様子だった。それでは完全にお飾りの奥様だ。



「構わないわよ? だって、そういう契約だもの」

「「「……っ!」」」

「それに……」

「それに?」

「 "好きでもない人"の子を産む方が、私には苦痛だもの」

「「「……」」」

 その言葉にはジルベールも含め、皆押し黙った。

 好きでもない人の子供より、他人の子供。何をどう返してイイのかが分からない。

 使用人達は知らず知らずの内に、自分の主ジルベールに視線を向けた。

 ここまで興味を持たれないとある意味同情するし、こんな健気なマリエッタを蔑ろにしてと、非難めいた目だったり色々だ。



「さ、さて。今夜はこちらで寝ようかな?」

 その視線に堪えられなかったジルベールは、苦笑いしながら寝室に向かう事にした。

 制約がバレた時、当然ある罵声も白い目で見られるのも覚悟していたが、いざ目の前にすると居た堪れなかったのだ。

 だが、そんなジルベールの背に、心底驚いた様子の可愛らしい声が。

「え? 旦那様、夜のお仕事をお忘れでは?」

「夜の……お仕事? あぁ、うん。仕事……か……仕事」

 マリエッタに愛人との逢瀬を、仕事だと当然の様に言われ、ジルベールは何だか疲れた様にガックリ肩を落とした。

 確かに後継ぎを作るのは仕事かもしれない。だが、"仕事"だとあからさまに言われると、なんだかヤル気が失せるのは何故だろうか。

 ジルベールは精神的ダメージを受け、ショボショボと寝室に向かって行ったのであった。




「夜の……」

「仕事」

 そんなジルベールの背中を複雑そうに見ていたのは、家令達である。

 確かに、ジルベールが自分との結婚に、制約を持ち掛けたのは最低な行為だ。だが、マリエッタに微塵も相手にされないジルベールを見ると、制約に対しての憤りより、彼への同情が勝るのは何故だろうか?

 のほほんとしているマリエッタの後ろでは、なんとも言えない空気が漂っていたのであった。





 ◆*◆





 ーーしばらくして。





「あら?」

 同じく寝室に行ったマリエッタは、ジルベールの姿を見て驚いていた。

 寝室に行くとは言っていたが、本当にいるとは思わなかったのだ。いつもは、そう言って隠し通路から別邸に行くのがルーティーンだった。

「本気でここでお休みになられますの?」

「さっきそう言ったよね?」

「いつものパフォーマンスかと思いましたわ」

 マリエッタは首をコテンと傾げた。

 彼は結婚してからはずっと愛人のいる別邸に行っていたので、寝室はマリエッタだけしか使っていなかった。

 一応キングサイズの特大ベッドではあるものの、同室で寝るのは初めてだ。どうしていいのかが分からない。



「……気が削げたんでね」

 頑張って来いと言われれば、天の邪鬼でなくとも萎えるし、妙に気恥ずかしくなる。大体あの後「さっ行きますか」なんて、さすがのジルベールもそんな気分にはなれなかった。

 マリエッタは夜会でパーティを楽しまずに、お菓子を楽しんでいた時点から変わった人だとは思ってはいたが、ここまでとは思わなかった。

 別段変わっている事は嫌ではないし、むしろ新鮮で面白いが……それはあくまで他人だった時。今は仮とはいえ夫婦になったのだから、1ミリでイイから自分に興味を持って欲しいと願うシルベールだった。



「そんな事もあるのですね?」

 マリエッタはカーテンを開け、何故か窓の外を見ていた。

 うん。月が見えて綺麗な夜空だ。

「キミは何故、外を気にしているのかな?」

「雨か槍でも降るのかと」

「……何故かな?」

「旦那様がここにいらっしゃるので」

「……」

 ジルベールは着替えていた手を止めた。

 一応と聞き返してみれば、自分がここにいるのを天変地異の前触れか何かの様に思っているらしかった。



「あのね? キミ」

「では、私はこれで失礼します。お休みなーー」

「ちょ、ちょっと、何処へ行くんだ!?」

 マリエッタが枕を1つだけ持ち、寝室から出て行こうとしていたのでジルベールは慌てて止めた。

 シルベールは着替えの途中だったので、寝間着がはだけている。初めて見た彼の肢体。その見事な腹筋シックスパックにマリエッタは、思わず見惚れる処だった。



「まぁ。見事な腹筋……」

「は?」

「あ、いえ。旦那様がここでお休みになられるらしいので、私は何処か別室で寝ようかと」

 マリエッタはついつい、見事なシックスパックに見惚れてしまったが、コホンと1つ咳払いしニコリと微笑んだ。

 紙面状こそ正式に夫婦とあれど、蓋を開くまでもなく立派な仮面だ。なので、同じベッド等寝られる訳がない。マリエッタはそう思い、別室で寝ようと思ったのだ。



「いや。一緒に寝れば良くないか?」

 そんなマリエッタの心情を理解していないのか、するきもないのか、ベッドを指で差す。

「好きでもない殿方と同衾なんて考えられませんわ。では失礼致します」

 言い終わるか終わらないかの処で、マリエッタは頭を軽く下げ部屋を出て行ったのだった。



「……同衾」

 ジルベールは呆気にとられていた。

 別にベッドに誘ったのには他意はない。ただ、ベッドは広いし仮でも夫婦だから良いかな? と軽い気持ちだったのだ。なのに "同衾" と返ってきた。

 ジルベールは新鮮過ぎる自分への対応を反芻すると、腹を抱え笑ってしまったのであった。 






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