7話 新婚の在り方は人それぞれです
元婚約者達が悔しがっている事など、知る由もないマリエッタは、今日ものんびりとお一人様を楽しんでいた。
世の女性達が嘆き悲しんだと言われる結婚だが、羨ましがる様な結婚生活かと言われたら疑問だ。
皆が羨ましがる愛など、ここには一切ない。夫婦関係など、初めから破綻しているのだから。
だが……だがである。
普通なら、愛人がいての夫婦生活など、悲惨なモノになっていただろう。夫が愛人第一なら、その愛人には馬鹿にされるどころか、家令達にも蔑ろにされる可能性もある。マリエッタもそれなりに覚悟はしていた。
しかし、蓋を開けて見れば、まったく違う。
愛人を容認してくれと希望したジルベールではあったが、お飾りの妻であるマリエッタを、決して蔑ろにはしなかった。
マリエッタの家族も気にかけてくれるし、マリエッタ自身もこの邸で快適に過ごせるように、細やかな配慮をしてくれている。
契約結婚ではあったものの、マリエッタは満足していた。むしろ、この提案してくれたジルベールに、感謝さえしていた。
彼からの愛情を欲しがらなければ、自由気ままで贅沢な生活を送られるのだから、マリエッタにとって幸せであった。
さて、その提案をしてくれた我が旦那様は……というと。
今宵も、マリエッタに遠慮なく愛人との逢瀬を楽しでいる。
彼は人に聞いたところ、剣術を嗜んでおられるためか細マッチョ……らしい。
何故 "らしい" と疑問系かと言えば、政略も政略の結婚。真っ白しろの結婚。当然"初夜" なんてある筈もなく、旦那様の裸は拝んでいない。
……すっごく興味はあるけれど。
以前の自分だったら、こんな風に考えもしなかっただろう。
だが、マリエッタは初恋が終わり枯れるまで泣いたら、吹っ切れるのも意外に早かった。
いつまでも、ウジウジしていても仕方がないと、兄やローズに発破をかけられたおかげかもしれない。
しかし、恋愛したいと思うまでは、戻る事はなかった。
トムとの事が尾を引いているのか、元からないのか自分でも分からない。
だけど、いつまでも結婚しない訳にもいかず悩んでいた処に、この旦那様が。
彼は女好きでフラフラふらふら……としていたのを怒った父親に「今年中に結婚しろ!」と相手を捜していた。
捜さないのなら、コチラで決めるとまで言われてしまったからだ。
で、たまたま夜会でお菓子を食べていたマリエッタを見つけて結婚と至った。
まぁ、彼はイケメンでモテるのだから、別に他の女性でも良いのではと、マリエッタは一瞬そう思ったのだがーー。
ーーそれは、どうやらダメらしい。
だって、旦那様は、あの美貌だからだ。
結婚した相手が、万が一にでも本気で自分に惚れてしまったら、面倒過ぎるし愛人は作れないし増やせない。
だから、興味のなさそうだった私に白羽の矢が刺さった、と言う話。
世間からすれば、クソみたいな男……コホン。失礼。
だけど、すっかり痩せた自分を見たジルベールの顔は、見ものだったなと、マリエッタは思う。
ふくよかだったマリエッタしか知らないから、さぞ驚いた事に違いない。
でも、両親はこの契約を知らないから、どこか騙しているみたいで、胸が痛む……が知らない振りをした。
◆*◆
あぁ〜しかし、この白い結婚最高!!
マリエッタはこの生活に非常に非常に満足していた。大事な事なので2度言ってみる。
侯爵の奥様としての勉強は勿論あるが、使用人達が実に温かい人達で、逆に私でいいのかしらと恐縮する程。
ふらふらと遊んでいた旦那様が、結婚をしたのだから嬉しくない訳はなかった。
しかし、これが白い結婚と知らない使用人達からしたら、気掛かりが一つだけある。それは、愛人か恋人かは知らないけれど、別邸に毎夜の様にいる事。
使用人達はマリエッタが知らないと思っているから、口を揃えて「奥様にバレない内に清算した方が宜しいかと」と旦那様に言っているらしいけれど、マリエッタからしたらどうぞそのままでと思っている。
だって、清算なんかされたら跡継ぎを作るのはマリエッタだ。完全御免、ノーサンキュウである。
旦那様は確かに美形で、マリエッタ好みではある。だが、夜の仕事は勘弁願いたい。
トムの事があって、もう恋愛はコリゴリだった。
相手を好きになるから、辛い思いもするし胸が痛むのだ。そんな気持ちにはもうなりたくない。だから、マリエッタはもう誰も好きにならないと、心に誓ったのである。
だけど、旦那様の両親にも家の両親にも、早く孫の顔がみたい……とその内言われそうなのが、少しだけチクリと胸が痛む。
◆*◆
「は?」
「だから、どなたでも宜しいので、なるべく早く子供を作って下さいね?」
マリエッタは帰宅して来た旦那様を自室に呼び出すと、小声でヒッソリと言った。
「……」
旦那様こと、ジルベールは酷く困惑した様な表情をしていた。
帰って来て早々に仮の妻に呼ばれたと思えば、子供を作って下さいだ。困惑しかなかった。
自室にコソコソと呼び出され、内心マリエッタもとうとう自分に惚れてしまったのかと、頭を掠めた自分を恥じた。そんな簡単に落ちる彼女ではない。だから、結婚したのに、自分の自意識過剰さに溜め息が漏れる。
「そう言われて、簡単に出来るモノではないだろう?」
これは一体、どんな夫婦の会話だと思いつつ、ジルベールはこめかみを掴んだ。まさか、愛人との間に子供を作れと、妻にせっつかれる日が来ようとは。
「毎夜の様に励んでいらっしゃるのに?」
「……」
ジルベールは絶句である。
仮にも妻であるマリエッタに、ハッキリと言われぐぅの音も出ない。
包み隠さずそんな言葉を恥じらいもなくシレッと言われると、言われたこちらが恥ずかしかった。
「旦那様は、1度お医者に診てもらわれた方が宜しいかと」
「は?」
「毎夜毎夜と違う女性と励んでおられ、こうもお子が出来ないとなると……問題があるのは旦那様ではないのかと思われます」
「……」
「世には、種ーー」
「わーーっ!!」
マリエッタが言い終わる前に、ジルベールの大きな手によって遮られた。
「もぐ」
こんな状況ではありますが、旦那様からはイイ匂いがします。香水の匂いなのでしょうけれど、旦那様のなのか愛人の残り香なのか区別がつきませんが。
「キミは変な事は言わなくていい」
「変とは何でしょうか? 大事な問題ですよ?」
種ナシとなれば、跡継ぎ問題が勃発しますからね。
マリエッタに子作りを勧められ、ジルベールは複雑な表情で別邸に行った。子作りを勧められた後に愛人の元に行くのは、至極奇妙で複雑怪奇な気分だった。
「どうかしたの?」
別邸の寝室に行けば愛人の1人であるキャサリンが、眉を寄せていた。
いつも笑顔で迎えてくれるジルベールが、奇妙な表情をしているからだろう。
「キミ、私との子供は欲しいと思った事は?」
「は、子供!? やだ、そんなのいらないわよ。大体、産むの私じゃない」
「はぁ。だよな」
面倒だからと、愛人キャサリンは子供を作りたがらない。
だからこその付き合いだ。マリエッタが知っているかは分からないが、男女用の避妊薬があり、それを使用しているため出来ない様にしていた。
まぁ、それでも100%ではないから、出来たら出来たで、引き取るつもりではいるけど。
「どうしたのよ急に」
そんな話を初めて口にしたジルベールに、眉を顰めたキャサリン。
子供なんていらないと言っていたのに、結婚をして心境でも変化したのかと。
「いや、彼女がね」
ジルベールが仕方がなしとばかりに、先程のやり取りを説明した。
「……あなた、本っ当に興味持たれてないのね?」
キャサリンはそれを聞いてもなお、信じられないと目を見張っていた。
愛人のキャサリンから見ても、ジルベールは超が付く程美形である。夜会に連れて行って貰えば、確実に女性から羨望の眼差しを一身に浴びる。肉体美もさることながら、夜もかなりの手練れ。
週1しか来られないキャサリンでさえ、待ち遠しいくらいである。
その彼が結婚すると聞き、この楽しい付き合いも終わりだと思っていた。しかし、愛人を許すと聞いた時は驚愕したものである。
だけど、それもすぐには終わるだろう。絶対に奥様になった人は、ジルベールに夢中になると思っていた。なのに、全くその兆しがない。それどころか無関心ときている。
愛人キャサリンも驚きだったが、当人のジルベールも、逆に肩透かしの様で府に落ちていない様子に見えた。
「私の魅力もまだまだの様だね」
「別に、愛される必要なんてないんだから、どうでもイイんじゃないの?」
愛されたら困るのだから、良かった事ではないのかとキャサリンは笑った。
「そうなんだけど……」
ジルベールは言葉を濁す。
「負けたみたいで気に入らないのね?」
まるで子供の様だと、キャサリンはさらに笑った。
ジルベールに靡かない女性は数少ない。本気で惚れては困るが、ここまで無関心だと、ジルベールの妙な自尊心や闘争心を刺激するから不思議だ。
鳴かぬなら鳴かせてみたいジルベールだったのである。
「まぁ、とりあえず。今はキミとの逢瀬を楽しもう」
とキャサリンの腰を引き寄せた。
「とりあえずは余計よ。私の王子様」
そう言って、キャサリンもジルベールの口を啄むのであった。