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4話 マリエッタの結婚

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。( ´ ▽ ` )





 マリエッタは傷心が癒えぬまま、1年が過ぎようとしていた。

 両親も、娘に無理に結婚を勧める事はない。

 今しばらくは、娘の心の傷を癒すつもりでいたからだ。むしろ、このまま結婚したくないならしないで、兄夫婦を支えてくれれば、それで良いかなと思っていた。





 ーーだが、そんな考えていた時間が懐かしい。




 気付けば、娘マリエッタ=ホールデンは、マリエッタ=ルーベンスになっていた。




 要するに、結婚したのである。

 



 しかも、相手は侯爵家の長子。

 娘の結婚を諦めかけていた両親は歓喜に沸き、噂を耳にしたミリーは歯軋りした事だろう。



 しかし、この相手。

 父と母が伝手という伝手を使い、結婚相手を探した……訳ではなく、マリエッタが自らの手で探したのだ。

 だが、そこには愛だ恋だのは一切ない。"両家" はそれを知らない。2人が夜会で出会い、愛を育んだと思っていたのだが、これは2人で決めた【政略結婚】みたいなモノであった。




 では、何故、両家も知らずにそうなったのか。





 ーーそれは、半年程前に遡る。






 ◆*◆








 マリエッタはトムにフラれただけでなく、幼馴染みで友人と信じていたミリーにも裏切られた。

 婚約者と友人を一度に失くしたマリエッタは、泣きにないた。




 ーーその後。





 ーー食べに食べた。





 痩せていたのがフラれた原因なら、逆に太ってやると、間違った方向に走ってしまったのだ。

 ガリガリで食が細かったマリエッタは、僅か三か月で周囲も驚く程に太めになっていた。

 両親は初めこそ、やっと食べてくれる様になったと、涙を流して喜んでいたのだが……喜びが強くて止めるのが遅かった。

 気付けば、あれ程に痩せていたのが思い出せないくらいに、見る影もなく太ってしまった。




 外見より中身とは良く言ったものだが、そんなのはあくまでも建前である。大抵の人は、まず外見から判断するものだ。

 味がイイからと言われも、外見が悪い野菜や果物を敬遠するのと似ている。食わず嫌いがあるように、要は食わないと始まらない。

 それが貴族であっても同じ事。話せば見目など二の次だとしても、キッカケとして外見は重要だ。

 両親はマリエッタが失恋した当初、結婚をしなくても……なんて口に出していたが、本気で希望を捨てていなかったのも確かだ。

 だが、あれだけの事があったのだから、無理にとは言わない。口には出さずに、見守る事にしていた。





 そんな両親達の心情もつゆ知らず、マリエッタは身体がふくよかになると同時に、心も対比する様に太く逞しくなっていた。

 夜会で見目の事を揶揄されても、笑って跳ね飛ばせるくらいになったのである。




 この時期、マリエッタは夜会に行けば、今度は別の意味で1人になる事が多かった。

 友人はそもそもが少なく、挙げ句には婚約破棄と外見のせいで、変な噂話まで勝手に吹聴される始末だ。なので、揶揄する者がいても、好意的人近付いて来る令嬢がいなかった。

 だが、メンタルが鋼の様に強くなった彼女に、もはや他人の視線や言葉など気にならない。夜会に行くと、マイペースに1人食事をする様になっていたのだ。




 そこへやって来たのが、ジルベール=ルーベンスだった。

 彼は、いつもの様に気まぐれに夜会に来ては、一夜の遊び相手を探していた。

 だが、そこで目についた相手が、マリエッタである。

 彼女だけは何度会っても、この自分に見向きもしないからだ。

 たまに来る夜会で、いつも自分をチラッとも見ず、美味しく食事をしていたのが彼女だった。

 どんな女性でも必ず1度は自分に声を掛けに来るのに、彼女だけは体裁上、挨拶をしに来る事はあっても、その瞳に熱量は一切感じなかった。

 マリエッタに好かれたい訳ではなかったが、アウトオブ眼中過ぎると、逆に気になるものである。

 だからこそ、ジルベールは興味を持つキッカケになったのだ。




 周りにそれとなく彼女の事を匂わせてみれば、どうやら数ヶ月前に婚約者に浮気をされて、婚約が破談に終わった令嬢であった。

 だから、あぁやって夜会に来ては壁の花ならぬ、テーブルの花になっているのだろう。

 そして、久々に会えば、いつも通り自分を完全スルーからの食事。

 自分に好意の欠片も見せない彼女が、ジルベールは違った意味で気になり始めていた。

 もちろん彼の瞳にも恋情はない。気に入る=恋ではない。




「キミ、いつも1人で何か食べているよね? 婚約者を放っておいていいの?」

 もちろん、ジルベールは彼女の事を調べた上で、わざと知らない素振りで口にしているのだ。

 そんな事とは全く知らないマリエッタ。彼女が初めて間近に見たジルベールは、男はコリゴリだと思っていても、一瞬見惚れる程の美貌だった。

 サラサラの金髪で、瞳は深い海の様な蒼色。切れ長の目だが、どこか優しい物腰の美青年。

 思わず息を飲む美貌とは、彼を表した言葉に違いない。



「婚約者なんて、いませんわ」

 吸い込まれそうな彼の瞳に一瞬ドキリとしたが、婚約者というワードにすぐに我に帰った。

 イヤな事を思い出してしまったマリエッタは、思わず顔を顰め素っ気ない声を出してしまった。

「そう? なら、良かった」

 だが、ジルベールは気にもしないのか、キラキラした笑顔を返してくれた。

 ジルベールの笑顔はとても輝いていて、嫌な気分になったマリエッタも再び見惚れる。





 ーーしかし、この後。





 彼が口にした言葉は、マリエッタ史上最低なクズ発言だった。

 何が良かったのか首を傾げるマリエッタに、彼はこう言ったのだ。





「なら、私と結婚してくれないかな?」と。





「……え?」

「あぁ、勿論、紙面上だけ」

「はぁ?」

 一瞬、彼の美貌と結婚と言う言葉に反射的に頬が朱く染まりかけたが、トムの事が頭を掠りすぐに冷静になった。

 そして、冷静になると "紙面上だけ" と言う言葉が耳に残り、どういう事だろうかと、首を傾げたマリエッタ。

 そのマリエッタに、ジルベールはさらにクズイ台詞を言ってのけたのだ。



「子は愛人にでも作らせるから、体裁的に私と結婚してくれるとありがたい」

「おっしゃられている意味が、良く分かりませんが?」

 マリエッタは、一瞬でもときめいた自分を引っ叩きたい。何故、お前はこんな男にときめいたのだと。

 そして、マリエッタはこの最低最悪なプロポーズに、小さく眉を寄せていた。

「両親が会うたびに、早く結婚しろ早く結婚しろと言うのだけど、私は今もこれからも1人の女性に縛られたくないんだよ」

「はぁ」

「だから、便宜上の妻が欲しいんだ」

 そう言って微笑むジルベールの姿は、マリエッタ史上最高で最強に美しかった。

 その最低最悪なプロポーズの言葉ですら、もはや一周回って潔いと溜め息さえ漏れる程に。



「好きな人でもいる?」

 失礼なくらいに「いないよね?」とジルベールの目は言っているのがシャクに触る。

「……いませんけど?」

 マリエッタは一瞬ムスッとし、「います」と言おうとしたが、腹ただしい事にトムの顔しか浮かばなかった。

 心にはすでにトムがいなくとも、頭の端に鍋底の焦げの様に、記憶としてこびりつき残ってしまっているらしい。

 上書きするか、ヘラで落とさない限り残るのかと思うと、自分が嫌になる。

「キミも子供さえ作らなければ、外に愛人を囲っても構わない。だから、私と結婚してくれないかな?」

「…………」

 そんな屑いプロポーズがあってイイのだろうか?

 マリエッタは思わず、押し黙ってしまった。

 別に薔薇を持って来いとか、指輪を用意しろとか言わないが、初めてのプロポーズがコレですか?

 浮気、友人の裏切り。そして、仮面夫婦のお誘い。

 神様は一体私になんの恨みがあって、こんな試練を与えるのだろうか。




 そう思っていたら、ジルベールが椅子に座っているマリエッタの前で、恭しく膝を折り、マリエッタの右手をそっと手に取ってこう言ったから驚きだ。




「お互い愛人でも作って、その時々を楽しみましょう」

 だから、結婚して欲しいと。




 それを見ていた女性からは、卒倒する音と絶叫に似た悲鳴の様な声が聞こえていた。

 もはや、奇声と言っても過言ではない。

 遠くて言っている言葉は聞こえなくとも、あのジルベールが膝を折り、マリエッタに何か言っているのだ。

 そのシーンだけを切り取って見たら、お伽話か夢のようなプロポーズのシチュエーションにしか見えない。

 だから、悲鳴が上がっていたのである。




 たが、何度でも言おう。

 この求婚は茶番劇であり、ゴミ屑である。





 しかし、マリエッタはゆったりと立ち上がると、こう言った。

「お受け致しますわ」

 その屑いプロポーズを受けたのである。

 結婚に微塵も夢などない。だが、心配する親を安心させたいマリエッタ。

 結婚で縛られたくない。だが、しろとうるさい親を黙らせたいジルベール。

 2人の異なる利害が、奇妙な形で完全に一致した瞬間であった。





 こうして、マリエッタとジルベールの結婚が決まったのである。






 ◆*◆





 


 ーーしばらくして。




 正式に結婚する事となり、マリエッタがジルベールの両親に会った時に、彼の両親には数秒程の間があった。

 それもそうだろう。

 ずっと遊び歩いていた〈主に女性関係〉息子が、やっと結婚すると言って来たのだ。

 その日、屋敷では歓喜に沸いた。

 やっと、我が息子も落ち着いてくれるのだと。

 彼の心を射止めた女性は、どんな女性かと皆は色々と想像していた。

 だが、紹介すると連れて来た女性は……太め。

 馬鹿にするつもりはないが、まったくの想定外で、家令達も時を止めていた。



「えっと……」

「「結婚式までには、必ず痩せさせます!!」」

 侯爵家当主がどう言葉を掛けようかと、しばらく唖然としていると、一緒に来ていたマリエッタの両親は、頭を地につけんばかりに下げて宣言したのだった。



「え? あ、うん? なら、宜しく」

 侯爵家当主は、マリエッタの両親の勢いに押され、微笑むのが精一杯だった。

 息子が決めた結婚にとやかく言うつもりはなかったが、今までジルベールと浮名を流した女性達とはかけ離れていた。

 思わず、目が点になったのは仕方がないだろう。

 別に一個人として無理に痩せさせる必要はないと思うが、世間的には良くないし、健康的にも良くない。

 だから、マリエッタの家族が痩せさせると言ってくれたので、内心ホッとしたのはここだけの話である。





 ーーそして、半年後。





 見事に痩せて見せたマリエッタの姿は、ジルベールの両親の想像を遥かに超えたくらいに、とても美しく可憐に変化していた。

 彼の両親でさえそうなのだから、結婚式に招待された男性側からは、こんな美しい女性が何処にいたのだと、嘆息が漏れていたと云う。




 マリエッタの母サマンサは、娘の結婚式に、あのトム夫妻を密かに参列させていたらしい。

 その事を聞かされたのは、結婚してしばらく経った後だった。

 婚約していた時に、ずっと娘マリエッタを馬鹿にしていたウルフル伯爵達に、特大の仕返しが出来たと母は至極ご満悦だったとか。

 ご機嫌過ぎて、父や兄達がだいぶ引いていたと聞いたのも、大分経ってからである。




 花嫁となったマリエッタの姿は、ガリガリを知る人達も、ふくよかな姿を知る人達も、目を疑う程に美しかった。

 過去の話をしても、誰も信じないくらいに変わっていたのだ。

 結婚相手のあのジルベールさえ、一瞬マリエッタに見惚れる程だった。




 以前にトムが散々馬鹿にしていた胸も、しっかりと膨らみがあり、見たらさぞ悔しがっただろう。

 そして、この姿を見ていたミリーは、もの凄く悔しかったに違いない。

 トムと結婚して、数週間後、彼の家は危ない状況に陥っていた。

 トムの友人達が言っていたように、信用が出来ないと客離れが起きたのだ。

 トムは躍起になって頑張る横で、ミリーは思い描いていた結婚と違うと憤慨していた。



 だが、そんな時、マリエッタがふくよかになったと耳にし、嘲笑っていたのだ。アレよりはマシだと。

 しかも、婚約者が決まらないらしいと、知れば更に愉しいと笑っていたのだ。




 ーーなのに、結婚。




 しかも、侯爵家。

 そして結婚相手は、美貌で世の女性を虜にしていると言う、ジルベールだった。

 余りの衝撃にミリーはその日、怒りが収まらず眠れなかったくらいだ。

 今までずっとマリエッタを見下していたのに、最後の最後には爵位も見目も、夫も全てにおいて負けたのだから。




 悔しくて悔しくて、ミリーは歯が折れるくらいに、ギリギリと噛み締めていたと言う。












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