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2話 トム=ウルフルの浅慮 〈sideトム〉



「バカだろう? お前」

 トム=ウルフルが、マリエッタと婚約を破棄した後に、友人に言われた言葉がそれだった。

「は? 何がだよ」

 マリエッタとの婚約を破棄して、ミリーと新たな婚姻を結んだ。それの何が悪いのだと、トムは眉間にシワを寄せる。

「彼女と婚約を破棄するとか、だよ」

 馬鹿じゃないのか? と友人は再び口にした。



「なんでだよ。アイツ、ガリガリだぜ? あんなん抱けるかよ。ミリーの方が断然に魅力的だろう?」

 棒切れより、ふわふわのクッションの方がいいに決まっている。

 トムは下品にも、身振り手振りでミリーのグラマラスな肢体を表現していた。

「この際、外見はイイんだよ。破棄した理由が最悪だ」

「はぁ?」

「お前、知っているか? 評判ガタ落ちだぞ?」

 友人に言われても全く分からないトムは、むしろ何故理解してくれないのだと、逆にイラッとしていた。

 一緒にマリエッタの事を揶揄っていた仲だったからだ。



「浮気して、婚約を破棄した男だってな」

「浮気? 俺はミリーとは本気なんだよ」

 なんで浮気と言われなければならないんだ。

 親の決めた婚約と、自分の見つけた愛。それを浮気と言われるのは心外だった。

「お前がどう言おうと、婚約者がいるのに不誠実な行為をすれば、それは一般的に浮気って言うんだよ」

「……チッ」

 親の決めた相手と結婚をした友人には、自分の気持ちなど分からないのだと、舌打ちした。



「大体、俺達は平民とは違うんだ。マリエッタ嬢と別れたかったら、親にまず相談すべき事で本人にする話じゃないんだよ」

「はぁ? マリエッタに先に言って、マリエッタが親に伝えればイイ事だろうよ」

「お前、貴族に向いてないよ」

 バカじゃないのか? と口には出さなかったが、友人は呆れていた。

 恋愛で決めた結婚や、平民ならそれでもイイ。だが、トムとマリエッタは幼馴染みとはいえ、貴族の家同士の結婚だ。

 筋を通しておかないと、後々面倒な事になる事くらい他人の自分でも分かるのに、本人は理解していないらしい。



「大体、破棄の仕方が最悪だ」

「何がだよ!? ガリッガリなんだぞ!?」

「そう思っていても、本人に言うか? 普通は思っていても黙って、誠意を持って断るべきだろ。それをお前、本人に言うとか人としてどうかと思うぜ?」

「は? お前だってガリガリは嫌だって言ってただろう!!」

 トムには全く分からない。

 一緒にマリエッタの陰口を叩いていたのは、紛れもなくこの友人だったからだ。

 なのに、何故理解してくれない。しないのだ。

「だからなんだよ? 好きか嫌いかと言ったら好きじゃない」

「ホラみろ」

 やっぱり、マリエッタの事を良く思っていないんだ。

 別れて正解じゃないか。



「だけど、陰口と悪口は全く別物だし、分は弁えるべきだろ?」

「はぁ?」

 何がどう違うんだと、トムは憤慨する。

 一緒に陰口を叩いていたくせに、何を急に説教じみた話をするのか、まったく理解出来ない。

「友人同士の陰口は、ただの不満や愚痴だけどな。それを本人に伝えるのは、アウトだ。俺のゴミみたいなモラルに反するんだよ」

「何がモラルなんだよ。バカじゃねぇの?」

「人には超えちゃいけない一線があるんだよ。それが、分からない様なヤツだとは思わなかった。悪いけど、俺はもうお前との付き合いはやめるよ」

 そう言って友人は、呆れて帰って行ったのだった。

 一緒になって悪口を言っていた友人達が、今になってモラルだなんだと言い出して、トムには意味が分からない。



「ガリガリをガリガリって言って何が悪いんだよ!!」

 トムの心には友人の言葉が全く響かず、ただ憤慨するだけだったのである。




 その綻びが、ポロポロと広がるのは時間の問題であった。





 いつも一緒につるんでいた友人達が、1人また1人と全く近寄って来なくなったのだ。

 日常でも夜会に行っても、何故か避けるようにされていた。

 遊びに誘っても、やんわりと断られる始末だ。

 だが、トムは怒りだけで、何故そうなって行くのかすら考えなかったのである。






 ◆*◆






「何で俺を避けるんだよ!!」

 そんなある日、たまたま街で会った友人達に、トムは思わず怒りをぶつけた。

 いつもは、そこに自分も入っていたのに、今やのけ者だ。

「関わりたくないからに決まってるだろう?」

 しばらく沈黙していた元友人達は、顔を見合わせて仕方がないとばかりに口を開いた。

「どういう事だよ?」

 理解が出来ないと、トムはさらに詰め寄る。



「お前、こんな所にいて家は大丈夫なのか?」

「は?」

「マリエッタ、いや、ホールデン伯爵家に慰謝料を払ったんだろう?」

 なのにトムは、浮気の事を払拭する態度や行動もせずに、ミリーと遊び歩いているのだ。

 一応は元友人として、色々な意味で心配になるくらいに。

「だからなんだよ」

 その程度で崩れる家ではないと、トムは鼻で嗤った。

「このままじゃ、家が潰れるぞ?」

 楽天的なトムに見兼ねたもう1人が、心配そうに助言する。

 関わりたくはないが、これでも元友人。同情心は少なからずあったのだ。

「潰れる? あんな慰謝料くらいで潰れる訳がないだろう?」

 少額で済んだし、払っても潰れる訳がない。それなりの収入が家にはあると知っている。

 父は色々と愚痴っていたが、潰れるなんて言っていないのだから、大丈夫だろう。



「今や昔だぜ?」

「何が」

「婚約を破棄して、被害を被るのは女性側だけなんて、今や昔だって言うんだよ。祖父の時代なら破棄された女性が何がなんでも悪いと、家を追い出されたりしたかもしれないがな、今はそんな時代じゃない。ミリー嬢の家に、慰謝料の請求書が送られた事でもわかるだろう? どちらに非があるかなんて、あっという間に広まるんだよ」

 一昔前なら、婚約破棄=女性が悪い。

 男が悪いとしても、醜聞は女性に非となっていた。だが、そんな時代は昔の話。

 今は婚約破棄されようが、離婚しようが、女性は修道院になど行かない。

 風評被害くらいはあったとしても、気にしない家も多くなってきている。

 むしろ、貴族同士の情報網で、どちらに非があるか明白にされ、広まる方が速いくらいだ。

 だから尚の事、親同士が決めた結婚なら、順序を守って白紙にするのが普通。だが、トムはそれを怠った。




「事情はどうあれ、お前が浮気をして破棄になったのは明らかだ。商売で生計を立てているお前の家なんか、あっという間に潰れるぞ?」

 元友人達は、それが分かっていた。

 だからこそ、関わりたくなかったのだ。浮気相手を擁護したなんて噂にされ、自分の家に被害が出ても困るし、トムの家に頼られても困るからだ。

「意味が分からない」

「本当に分からないのかよ?」

 顔を顰めた元友人達。

 ここまで言っても、何故分からないのだと。



「元とはいえ、友人のよしみとして教えてやるよ。お前の家は信用がガタ落ちなんだよ」

「婚約を破棄したからか?」

「 "した" からじゃない。"された" からだ。しかも、浮気相手がマリエッタ嬢の友人とか……お前、最悪だよ。いいか? トム。商売は信用が第一、それは理解してるな?」

「……あぁ」

「お前はマリエッタ嬢を裏切って、ミリー嬢と婚約した。その裏切り行為をしたお前の家と、商売をしたくないとウチでも話が出ている」

「え?」

 婚約破棄と家の仕事とは全く関係がないと思っていたトムは、その言葉に目を見開いていた。

 だが、驚愕している暇もなく、元友人達は次々と苦言を呈してきたのだ。




「私生活と商売は、全く関係がないって言いたいんだろうが、それを決めるのは人間だ。人として信用出来ない家と、取り引きなんかするか? しかも、あんな風にマリエッタ嬢を切り捨てた。婚約を解消するのは構わないが、誠意を一切感じ取れない言動は最悪だったんだよ」

「……」

「いいか? 裏で俺達と陰口を叩いていたとしても、俺達は陰口は陰口だと割り切って生活していた」

「あぁ、確かに俺達も婚約者の不満を口にしていたさ。だけど、本人には絶対に言わないし、もし耳にされてもフォローはちゃんとしている。お前はそれをしたか?」

「……」

「おまけに話し合いの場も設けず、あんな場所で一方的に宣言するなんて馬鹿じゃねぇの? そのせいで、お前が浮気をして婚約を破棄した事はあっという間に広まっちまった。しかも、浮気相手が婚約者の友人だったなんてな」

「あのな。百歩譲って浮気したとしても、婚約者に謝罪するていくらい見せとけよ。顔の広いホールデン伯爵との信頼関係を破綻させた上に、当人にも周りにも誠意や配慮を一切見せなかったなんて……商売人としてのお前の家は、もう終わりなんだよ」




 ーーこの時。




 友人達にそう言われたトムは、身体が一気に冷えるのを感じていた。

 だが、どこか心の隅の方で"まさか" と思う気持ちが残っていたのだ。

 たかが婚約破棄。その程度で家に支障がある訳がないと。

 だから、何も変わらないだろう高を括っていたのだ。

 しかし、友人達の言葉通りに傾き始めるのには、そう時間は掛からなかった。









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