14話 夫婦の団欒…?
ーーその晩。
帰宅したジルベールは侍女達に、愛人サリーが早々に荷物を片付けて去った事を聞き、急だなとボソリと呟いていた。
侍女達は事情を知っていたが、皆は口を噤んでいた。
そのせいか、元より愛人は一部を除き入れ替わりが激しかった為か、ジルベールは妻マリエッタが乗り込んだせいだとは、露にも思わなかった様だった。
「マリエッタ。久々にこの後サロンで話でもしないかい?」
夕食を食べ終わる頃、ジルベールがにこやかにそう言ってきた。
いつも通りに愛人宅こと別邸に籠るつもりだったジルベールは、急に暇になり、仮の妻マリエッタに相手をしてもらおうと考えた様である。
「久々も何も、夕食後にサロンで談笑をした事など1度もありませんけど」
「……」
今の今まで夕食後とは言わず、ジルベールは帰宅し着替えもそこそこに、愛人宅に籠るのだ。
サロンで話とかいう以前に、夫婦らしい会話も生活も実態もなかった。
マリエッタが表情も変えずシレッと言えば、ジルベールはぐうの音も出なかった。
「槍は降らないから」
マリエッタが空を見上げる素振りを見せたので、ジルベールは思わずツッコんでいた。
「では、今夜が初という事で」
マリエッタに愛は感じていないが嫌いな訳ではないジルベールは、形ばかりの夫婦としても、たまには会話くらいはしようと誘った。
彼女の事を知るキッカケになればいいかな、ぐらいの軽い気持ちで。
「……分かりましたわ」
本当は分かってなどいなかったが、何故か家令達の有無を言わさない視線に配慮し、マリエッタは渋々応じたのであった。
◆*◆
「「……」」
サロンで談笑……と言った所で、初めから夫婦関係など築いていない2人に、会話などそこには存在しなかった。
紅茶を飲む動作が妙に響くだけ。
愛人との逢瀬の時には、つらつらと息を吐く様に言葉が出てくるのに、何故妻であるマリエッタには言葉が出ないのか。
この居た堪れなくない空気に、我慢が出来なくなったジルベールが徐に口を開きかけた時、マリエッタが先に口を開いた。
「ところでジルベール様」
「なんだい? マリエッタ」
何がところでなのか分からないが、大した会話も浮かばなかったジルベールは助かったとばかりに微笑んだ。
「愛人様は現状何人いますの?」
「ぶふっ!」
ジルベールの口から、危うく紅茶が吹き出る所であった。
開口一番に、妻から愛人の人数を訊かれるとは思わなかったのだ。
これには部屋の隅に控えていた侍女達も、目を見開き唖然としてしまった。別邸に来る愛人はある程度把握していたが、正確な人数は知らない。
侯爵家として、知っておきたい事実ではあるが、訊くに聞けなかったのである。
「そんな事を訊いてどうするのかな?」
嫉妬深い妻ならば愛人に仕返しを恐れてる所だが、マリエッタは微塵も自分に情はない。
ならば、何故そんな質問をしたのか意図が分からなかった。
「ルーベンス侯爵の妻として、ある程度は把握しておくべきかと」
「……」
そんな必要があるのかとジルベールは思ったが、必要ないと強く言えないのがもどかしい。
仮にも妻なのにそんな事を訊く辺り、本気で自分に興味がないのだなと衝撃さえ受けていた。
「それと"子作り"についてですが」
「ぶふっ」
ジルベールは再び、紅茶を吹き出すところだった。
仲の良い夫婦であれば、そんな議案がありそうだが、仮面夫婦の自分達には普通なら縁がない話だ。
「目星を付けて頂けました?」
「……目星って」
「愛人様すべてとなると、経済的に問題はなくとも倫理的には大問題ですわ。励んで頂くのは大変ありがたい事ですが、もし複数の愛人様との間にお子が出来たとして、そのすべてを私の子として受け入れるには……無理がありますでしょう?」
「う、うん、まぁ……」
「同じ日に仕込んだとして、同じ日に生まれて来る訳もなく、その年にお生まれになった子をすべて私達の子とするには些か。譲歩に譲歩したとして、父は同じでも母は違うのですから、双子とするにも……その辺りはいかがお考えですか?」
「……」
お考えですか? と言われても何も考えなどないジルベール。
マリエッタの歯に物を着せぬモノ言いに、反論する言葉も浮かばなかった。むしろ、よく平然と言うなと空笑いが漏れた。
「ジルベール様は、この侯爵家の当主。お世継ぎを作るのも仕事ですよ?」
「……」
「運が良い事に、ジルベール様は大変おモテになる。女性は選り取り見取りな状況。大変素晴らしい事です。遊びを仕事の一貫として、愛人様と是非励んで下さいませ」
「……そ、うだね」
ジルベール、屈託のないマリエッタの笑顔に撃沈である。
自分に振り向かない女性はいなかった。声をかければ頬を赤く染め、誘えば喜んで付いてくるのが世の女性だった。
なのに、妻となったマリエッタは頬を染めるどころか、愛人との子作りを推奨され、もはや男として自信がなくなりつつあった。
自分に惚れて愛人との関係に口を出されたらどうしよう、なんて考えていた過去の自分を殴りたい。
この人は、微塵も自分に愛というベクトルを向ける事はないのだ。結婚してもそれは変わらなかった。
むしろ、他人との子作りをせっつくという斜め上をいく女性だった。
ジルベールは、なんだか目眩がしてきたので、ふらりと立ち上がり自室に戻る事にした。
マリエッタと話せば話す程に、男としての矜持がバキバキと折られ踏みつけられる思いだったのであった。
そんな2人のやり取りを見ていた侍女や使用人達は、ジルベールの妻がマリエッタで良かったのかもしれないと、心から思う今日この頃なのであった。




