12話 仕込みは上々ですか?
義母が満足そうに帰った後、マリエッタはジルベールににこやかに振り返った。
「そろそろ本気で仕込んで下さいませ」
「仕込んでって、キミねぇ」
料理ではないのだから、表現の仕方を考えて欲しいとジルベールは思う。
「そう何年も誤魔化せませんわよ? あぁやっていらっしゃるのは何か勘付いている可能性もあるのですから」
「まぁ、うん」
「歯切れが悪いですわね。このクソみたいな契約を考えたのは旦那様ですわよ? しっかり子作りなさって下さい」
「子作り、クソって……」
段々と、ズケズケ言う様になったなと苦笑いする。
人形みたいに何も言わないでいられるよりはイイが、なんとも言えない。
浮気をするなと怒られる事はあっても、愛人と子作りしろと怒られる日が来るとは想像もしなかった。
家令達も複雑な表情で我が主夫婦を見守っていた。
愛人の存在を許容しつつ、更に子作りを勧める妻、奇妙な夫婦になんという顔をしていいのか分からない。
マリエッタを応援するのも変であるし、ジルベールを応援するのも変。一体、我々はどちらの味方に付くべきなのか。
「今さらだけど、キミ……我が子でない子を育てる事に拒絶はないのかい?」
そういう契約だとしても、愛人の子を我が子として育てる事に異論や嫌悪感はないのだろうか?
ジルベールはあまりにも、勧めるので聞かずにはいられなかったのだ。
「ありません」
「あ、そう」
断言され、ジルベールはなんだかガックリしていた。
少しくらい自分の子ではないと、と言う仕草か体を見せるかと思ったら全くだった。
本気で、自分のする事に興味がないのだ。
自分に興味のない女性が目の前にいて、人生初の完敗した気分になっていた。
「ジルベール様のお子でしたら、男の子でも女の子でも可愛いのでしょうね」
挙げ句、ウットリと勝手に夫と愛人の子を想像する始末である。
それが偽りには見えず、ジルベールはマリエッタが聖母に見えた今日この頃であった。
◆*◆
ーー翌日。
「愛人様は別邸にいらっしゃいますの?」
ジルベールが仕事に出た後、マリエッタは執事長を呼ぶとそう訊いた。
「……ん゛。いますが、それを訊ねどうするのかお聞きしても?」
何かが喉を詰まらせたが、軽く咳払いすると無表情に答えた。
夫の愛人の存在を許すだけでなく、愛人なんかに様を付けるマリエッタに、内心複雑である。
それだけ、夫に無関心な証拠なのだろうが、この歪な関係に溜め息が漏れそうだった。
皆の複雑な思いなど知る由もないマリエッタは、シレッと返した。
「今後について、少しお話をと思いまして」
「「「……」」」
頬に手を当て、コテンと首を傾けるマリエッタに、たまたま通りかかった家令達も、もれなく固まっていた。
本妻と愛人が、今後について話し合うとは……? そう思った家令達は思わず
「あの、話し合うとは?」
と口から出てしまった。
訊いて良いのか分からないが、訊かずにはいられなかったのだ。
「ザックリ言うと、子作り計画について」
「「「……」」」
聞いていた全員が苦笑いのまま固まった。
ザックリどころか、直球過ぎて何も言い返せない。
確かに、後継ぎは必要だ。だが、家令達は願う事なら愛人ではなくマリエッタに生んで欲しいと、身勝手な思いを抱いていた。
マリエッタからしたら、我が主は最低な人物であるに違いない。なのに、彼女にジルベールの子を生んで欲しいとは、口が裂けても言えない。
残念だが、愛人との子を後継ぎとして引き取るしかないのだろう。
しかし、それが後々問題になる事、山の如しである。
家令達は、ジルベールの両親に告げ口しようか、今現在迷って過ごしていたのであった。
「あのっ!」
侍女の1人であるシュマが、意を決して声を上げた。
「あら、何かしら?」
「愛人の所に行くのでしたら、私めもお供について宜しいでしょうか!?」
マリエッタが何かと首を傾げていると、シュマが強い口調でそう言ってきたのだ。
どうしても付いて行きたいと、意思を感じる程に。
チラッと家令達を見れば、是非にと大きく頷いた。
「付いて来ても面白い事はありませんわよ?」
「承知の上です」
妻VS愛人である。他人事となら楽しい案件だが、これでも侯爵家の侍女である。
楽しそうだと行くのではなく、万が一の事を考えマリエッタを守るために付いて行く所存なのだ。
シュマが声を上げると、侍女頭アリアも付いて行くと言うので、愛人宅には実質3人で向かう事となった。




