神様
ガタンガタンと小刻みに揺れる馬車の上で、春風のように優しいそよ風に萌恵の頬は撫でられる。祖母と行った草原を懐古していると、隣に座っていたリュミエールが話しかけてきた。
「それで、勇者様は神にどの程度の情報を教えてもらったのですか?」
「んとー……なんか、イセカイ? って言ってたよ?」
リュミエールは「え? それだけ?」と素で驚く。確かに萌恵はこのことしか聞いていない。記憶喪失でもなんでもない。
「案の定ですね……昔から神は大事な情報を告げ忘れるんですよ……。代わってお詫び申し上げます」
「別にいいですけど……それより、さっきから言っている神は一体誰なんです?」
「それすらも説明していないのですか……では、私の方から説明しましょう」
呆れ顔をしたリュミエールは、懐から手のひらサイズの石版を出した。
そこには、銀泥で描かれた人型の絵があった。風化されてしまって所々欠けている部分があったが、絵は一つも欠けていなかった。
「このような外見をした人物を見ませんでしたか?」
「ん~? どこかで……」
顎に手を当てて唸るように悩む。今までの出来事を回顧していると、記憶の片隅に羽織を着ている少女の姿が思い浮かんだ。
「――あ! 羽織を着ている女の子!」
「思い当たる人がいるのですね。その人が、この世界を見守る『神』なんです」
「ええええええ!? あんな小さな子が!?」
驚きのあまり、萌恵は馬車の床を力強く叩いてしまう。その音にびっくりしたリュミエールが連れてきた馬は、馬車を引きながらヒヒーン! と雄々しく鳴き声をあげた。
萌恵が見た神は、コタツでぬくぬくしていてミカンを貪るダジャレのセンスがない少女。見た目に説得力がないので、実際萌恵は半信半疑だ。
「神は少女の姿をしているのですか……。良い話のネタができました」
「え? ジュネーブさんは知らなかったのですか?」
「リュミエールです。ええ、神と干渉できる者は世界中で数人しかいません。更に、そのほとんどが声を聞くことができるだけなので、神が少女だとは初めて知りました」
偶然覚えていたどこかの国の地名とリュミエールの名前を間違えるが、当然そんな名前の地名を知らないので、訂正をしただけで深くはつっこまない。
「勇者様がこの世界にやって来るのも、神のお告げを聞いていたから分かっていたのです。その際、四人の勇者様がやって来ると言ってましたけど……」
「四人」と聞いた萌恵は目を見開く。そして、リュミエールの顔に直前まで自分の顔を近づけた。
その一挙に驚いたリュミエールは、思わず鯉口を鳴らしてしまう。勝手に体が剣を抜こうとするのは、流石騎士と言ったところだ。
「ど、どうしたのです?」
薄氷を踏む思いでそう聞くと、萌恵は今の状況に気がつき、少しだけ距離を置いた。
「四人って……その子達って私みたいなへんてこりんな恰好している!?」
この魔法少女の衣装はオーダーメイドであり、カリウんが皆の要望を聞き入れて作っている。へんてこりんなんて言われたら、カリウムは落ち込むと思う。
「詳しくは分かりませんが……情報屋が言ったところ、一人は青い髪色の少女だそうで、まるで龍と酷似した見た目だそうな……」
その言葉を聞くと萌恵の表現が晴れやかになり、天使が編んだように綺麗なサイドテールをなびかせながら飛び跳ねた。
着地の衝撃で先程よりも一層激しく揺れる馬車。周りにいた馬は一斉に鳴き声をあげた。
「瑠璃ちゃんだ! やっぱりここに来てたんだ!」
「……おお、まさかお知り合いだったとは。不思議なこともありますね」
喜悦を感じて、太陽のような笑みを浮かべていると……。
『萌恵さーーーん!!』
と、萌恵を呼ぶ声。この世界で萌恵の名前を呼ぶのはほんの一握り。その声の主は十中八九分かっていた。
中と外を区切っている白色のカーテンを開けると、
「――バーちゃん! 良かった生きてたんだ!」
「勝手に殺さないで!?」
バーちゃんと称されるのは萌恵が持っていた、円の内部に萌恵の髪と同じ色のピンクのハートが埋め込まれた杖だった。バーちゃんはフワフワと萌恵が乗っている馬車まで飛んできた。
すると馬車に辿り着いた途端、バーちゃんは萌恵の胸の中でぐったりして動かなくなった。
「バーちゃぁぁぁぁぁぁぁん!?」
「……あいつら……魚の中に僕を突っ込みやがった……凄く混沌としていて……ちょっと長めの睡眠をちょうだい……」
「ホントだ魚臭っ!? って……なんかベトベトしてるーーー!?」
萌恵の胸部には、魚のはらわたや血などがこべりついており、殺人鬼のような姿になっていた。
「いやぁぁぁぁぁぁ! 変身解除!!」
あまりにも突然の出来事に、萌恵はぐったりしているバーちゃんを無理矢理掴み、魔法少女とは思えない簡素な呪文を唱える。
その直後、萌恵の周りにはハート型の宝石が次々とつぼみが花を開くように浮かび上がっていった。大体二十個目のハートが出現した途端、ハートは一斉に萌恵の胸へと集まった。
鴇色の光を放つ引力によって、近くにいるリュミエールだけではなく、外にいる男性達の目すらも釘つけにした。
そしてハート達がぶつかる収束点に達すると、線香花火のような閃光を発する。この閃光が終われば変身を解除することが可能……なはずだった。
「……あれ?」
片目を少しづつ開き、自分の下部へと視線を向けるが、衣装には全く変化がなかった。
未曾有の事態に慌てた萌恵は手足などの念入りに見るが、どこも変身前と変わっていない。
「……変身が……解除できない……?」
萌恵は瞠若したまま、その場で立ち尽くしていた。