出で立ち
と、イケメンの騎士が自分に忠誠を誓ってくるという、全人類の女子が人生に一度はされてみたいシチュエーション。
色恋に飢えている少女なら即堕ち確定だが、萌恵にはそんな願望は毛頭もない。初対面にも関わらず手を握ってくる不埒な輩から、パッと手を放す。
「いいいいいきなりなんですか!?」
「……? 大神官殿から魔王討伐を共にする仲間だと告げられたはずでは?」
そこで大神官がふぅと、一仕事終えたように安堵して額の汗を拭う。パッパッと膝の埃を払い、薙刀を虚空へとしまった。
「いやぁ……説明する前に地面龍の襲撃に遭いまして……申し訳御座いません……」
大神官は帽子を脱ぎ、深々と頭を下げて謝る。帽子を被っていたので気がつかなかったが、頂点は焼け野原になっていた。勿論ドラゴンに何かされたわけではない。
ステンドグラスから通ってくる太陽光が、大神官の頂点で反射して萌恵の視界を奪った。
「うぎゃあ!」
「――どうしたのですか!?」
ただ単に反射光が眩しかっただけなのだが、視界を奪った張本人の大神官はあわあわと鬼胎を抱く。
その様子を見て、リュミエールは「ふむ」とおとがいに指を当てて唸る。
「きっと、魔力の流れが不規則になっているのでしょう。転移魔法、特に世界をまたいで転移したのですから、目を開けれぬほど体に負担がかかっているのでしょう」
と、リュミエールは堂々とした啖呵を切る。理のかなった説明に、その場にいる人達は「ほぉ~」と相槌をうつ。
自信満々に説明したリュミエールと大神官の威厳のためにも、本当のことは言えず、口ごもる萌恵。
すると、大神官は何かを閃いたかのように手をポンッと叩いた。
「でしたら、オプスキュリテ様に診てもらった方が良いでしょう! リュミエール卿と同時刻に連絡したので、もうじき到着するはずなのですが……」
ちらりとリュミエールの方を見るが、リュミエールは横に首を振った。
「オプスキュリテは急用ができたようで、私が一人でお迎えに参ったのです。ですので、一刻も早く勇者様を王国の病院に連れて行きましょう」
そう言って萌恵の有無なくリュミエールは萌恵を背中に担ぎ、神殿の外へ歩き出した。
腹部の辺りに甲冑の突起物が当たり、リュミエールが一歩ずつ歩くたびに苦しめられる。リュミエールの歩調と萌恵の唸り声がシンクロする。
「そうですね。全兵武器……酒をしまい帰路へ着く準備を!」
大神官がそう言うと、泥酔者達は空になった樽を神殿の外に持ち運び始める。ドラゴンに起こされた地響きによって中身をぶちまけてしまった酒は、処理されずに放置されていた。
因みに言っとくが、この場所は神殿。マナーとかそういう類の問題ではない気がするが……そんなことも泥酔者達は考えていなかった。
萌恵を背中に担いだリュミエールと大神官は先に神殿の扉を押し、外へと出ていった。
その瞬間、甲冑の突起物に苦しめられていた萌恵の表情は一気に明るくなった。
「す……すごーーーーーーーい!!」
目の前には、多彩な花々が風が吹くたびに花弁を舞わせている、広々とした草原。幾千もの山々が密集して屹立している絵に描いたような景色が広がっていた。
おとぎ話でしか見たことも聞いたこともない、風光に恵まれた土地を萌恵は好奇心旺盛な様子でリュミエールの背中から眺めていた。
キャッキャッと喜ぶ萌恵の笑顔に、リュミエールは自然と笑みが零れる。
「綺麗な景色でしょう? もしよければ、王国までの道のりは長いのでガイドをしながら向かいましょうか?」
「う……うん! お願いします!」
二人が微笑んでいると、周りの停車してあった馬車が一斉に動き始めた。樽の積込が終わったようだ。
すると、大神官がえっほえっほと掛け声を出しながらリュミエールの前まで走ってきた。
「馬車の出発準備が完了しました! それより……リュミエール卿の獄炎龍はどこに?」
「あぁ! それなら逃がしてしまったよ!」
「……へ?」
思ってもみなかった返答に、大神官は間抜けな声を出してしまう。
「と、突然何を言い出すのです!? 獄炎龍はリュミエール卿の副団長昇格記念に王が直々に手懐けに行き、リュミエール卿も喜んでいたではないですか!」
「私が逃がしたのではないです! 獄炎龍が逃げてしまったんです。少々晩御飯に野菜を入れすぎましてね……愚痴を吐きながらどこかに飛んでいってしまったのです……」
リュミエールはそう言うと、萌恵と大神官に気づかれないような小さな溜め息をつく。
沈んだ表情のリュミエールに、萌恵は元気を出させようとする。
「へ、平気ですよ! 私も何回も鳥を逃がしたことありますし!」
事の重大さが雲泥の差だが、リュミエールはプッと吹き出す。
「あはは! 勇者様もそのような失敗をしてしまうのですね!」
「――!」
自分の言葉で笑顔になってくれて、萌恵は少し頬を緩ませる。
そして、リュミエールはゴホンと咳払いをして大神官に目を向ける。
「代わりに、近くで走っていた駿馬に乗って参りました」
リュミエールが指を向けた先には、耳をヒクヒクとさせながら草を貪っている、お世辞にも美しいとは言えない小汚い馬がいた。
その馬を見た瞬間、大神官は卒倒しかけた。
「あんな下劣で無能力の馬に乗馬したというのですか!? リュミエール卿の威信が傷つけられますよ!?」
この世界は、移動する際にまたがる生物によって身分が示されている。リュミエールが所有していた獄炎龍は、貴顕のある者しかまたがれない最高位の生物。
反対にあの下劣な馬のように、何も能力が無い馬は本来微賤な身がまたがるはずなのだ。
そんな生物に聖騎士、ましてや聖騎士団の副団長がまたがっているとなれば、己の身分を溝に捨てると同義。
大神官の必至なまくしたてに、リュミエールは首を横に振るだけで済ませる。
「確かにそうかもしれないですが、あの駿馬は何かを持っているはず。私の慧眼は聖騎士団一ですから!」
「……まぁ、リュミエール卿がそう仰るのなら……」
リュミエールの発言に大神官は少々浮かない顔をしているが、無駄話もこのぐらいにして、王国へ向けて神殿から出発したのだった。