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Fニューワールド  作者: 太鼓隊
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銀色の聖騎士

 「……来たぞ! 直ぐにリュミエール卿とオプスキュリテ様にご報告を!」

 


 萌恵の近くで大人の男性が声を張り上げて何かを言っている。



 目を半開きにし、起きていることがバレない程度に辺りを見渡す。視界がぼやけているが、萌恵の周りは十数人の男に囲まれていることを確認できた。



 横目で上を見上げると、巨大なシャンデリラが萌恵を見下ろしており、綺麗な女神の姿のステンドグラスが天井に幾つも貼り付けられていた。



 流石の萌恵も危惧(きぐ)を抱く。隙を見て逃げ出そうと側にある杖を握ろうとするが、萌恵の手は虚空(こくう)をつかんだ。武器がないので当然一瞬頭の中が真っ白になったが、清水の舞台から飛び降りることにした。



 萌恵は力いっぱい立ち上がり、大衆に呼びかけた。



 「……ここは誰!? 私はどこ!?」

 


 完全に間違えた。動揺のあまり単語が逆になってしまったようだ。先ず、何故この台詞が出てくること自体が甚だ疑問だ。



 顔をポッと赤くして、萌恵はその場にうずくまってしまった。その稀代(きだい)な光景を見て、辺りは水をうったようになる。



 「よ……よ……」

 「よ?」

 『良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』



 突然、男達は一心不乱に体全体で喜びを表現し始める。虚をつかれた萌恵は、体をビクッと震わせる。



 オドオドしていると、髭を生やした小太りの男性が近づいてきた。警戒心を高めて様子を伺っていると、男性は萌恵に向けて拝跪した。



 呆気に取られた萌恵は目が点になる。



 「神に導かれし勇者よ……此度の出会いは盲亀浮木(もうきふぼく)。神のお告げ通りに崇高な方で、お会いできて光栄です。少々下の者達がはしゃぎすぎてるようですが、何卒ご勘弁を……」

 「え? 勇者? 神……? ごっと?」



 突飛したこと続きで、錯綜した脳みそを一旦整理させようとするが、見れば見るほど理解は追いつかない。



 「ほらほら大神官も~!」



 すると未だにひざまつき続けている男性に、酒の匂いがする液体が振りかけられた。ヤバイことは自明の理なのだが、振りかけた張本人は酒臭く明らかに泥酔していた。なので事の重大さを理解してはいないだろう。



 そして、男性の凛としていた顔は次第に眉間を寄せていった。



 「大神官~? そんな強張った顔してちゃ、上手い酒も不味くなりますよ~?」

 「……お前……」



 ゴゴゴゴゴと、何かが奈落の底から湧き上がってくるような音とともに、大神官と呼ばれる人物は立ち上がって身を泥酔者に翻す。



 そして平手打ちの構えをし、男性目掛けてスイングをした。バチン! と叩かれた音が鳴り響くと思いきや、大神官の手は男性の持っていた酒の瓶を掴んでいた。



 「……酒類は?」



 凄く食い気味だった。どんな暴虐なことをされるかと心配だったので、萌恵の心は弛んだ。



 「発泡性れふ~」

 「そうか、なら後で私に一杯注いでくれ。今は取り敢えず勇者様に話したいことがあるんだ」

 「了解れふ! では~」



 でろんでろんに酔っている男性は、力の抜けた敬礼をして仲間の元へと帰っていった。



 既にこの建物の中は桜の下に群がる飲んだくれの巣窟と化していた。大神官は気の抜けた背中を向ける男性を見ながら肩をすくめた。



 「……私の部下が不敬なマネをしてすまない」

 「いえいえ! 別に平気ですよ! それよりも、ここはどこなんです?」

 「おや? 神が勇者様と話し合いの時間を設けたと仰って参りましたが……何も聞かれなかったのですか?」



 神という単語に引っかかる萌恵。そんな人と巡り合ったか思考を巡らせていると、この建物全体が急に縦に揺れ始めた。



 その揺れは段々大きくなっていき、酒がたっぷり入った樽さえも転倒させた。



 泥酔者達はその揺れのせいで気分が悪くなったのか、口からキラキラを吐き出した。見た感じ神殿っぽいのだが、そんな神聖な場所を嘔吐物で汚していいのか……。



 ということさえも大神官は忘れていた。その目線はキラキラを出している泥酔者ではなく、



 『グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』



 神殿の天井を引きはがし、萌恵達を見下ろしていた巨大なドラゴンだった。



 パラパラと降ってくるコンクリートの欠片を遮るために、萌恵は頭を腕で覆った。その隣では、大神官が目を見開いていた。



 「地面龍(アースドラゴン)……生息域はこの場所よりずっと遠くなのだが……」

 「な、何!? アースって!? お菓子の名前!?」



 パニックに陥っている萌恵の前に大神官が反り返った刃が付いた薙刀を虚空から取り出し、凛々しい顔つきで萌恵を守るように立ち塞がる。



 「全兵武器を持て! なんとしても勇者様をお守りするのだ!」



 大神官は猛々しくそう言うが、誰一人とも大神官の隣に立たず、ましてや雄たけびすらも上げなかった。



 ドラゴンが双眸を光らせる中、大神官は汗を流しながらもう一度全兵に呼びかける。



 「何をしている!? 早く武器を持て!」

 「大神官! 我々樽しか持ってきていません!」



 意想外の返答に、大神官はへにゃへにゃと崩れ落ちる。が、直ぐに立ち上がった。



 「幾つもの馬車を連れてきたであろう!? 一つぐらいはあるのではないか!?」

 「全部樽です!!」



 またも大神官はへにゃへにゃと崩れ落ちる。すっかり脱力しきってしまい、立ち上がることはなかった。



 こんな茶番を見せても、ドラゴンの意志は変わらない。ただ目の前にいるものを食らいつくす。これ以外の煩悩はないだろう。



 「す……すいません勇者様……。王から極力勇者様の戦闘は控えよと申されていましたが、このままでは本末転倒です! どうか、お力を!」

 「こ……怖いけど仕方ない……」



 大神官のウルウルした目つきで見つめられ、断るに断れない萌恵は仕方なくドラゴンの前に身を乗り出して戦闘態勢に入る。そして杖を構え……構え……。



 「そいえば私杖ないじゃん!!」



 ドラゴンの前に立ってからじゃ何もかも手遅れ。確かに萌恵の魔力に少し驚いてるのか、未だに襲ってこないが時間の問題であろう。



 萌恵が辺りを隅々まで探していると、避難しようと慌てて荷物をまとめている泥酔者の一人が魚の丸焼きを取り出した。よく見ると、串の代わりに杖が魚に突き刺されていた。



 萌恵の視線に気がついた泥酔者は、頭を下げながら杖を上に掲げた。



 「ゆ、勇者様すいません! 丁度いい串があったもので……」

 「私の杖ぇぇぇぇぇ!!」



 杖と衝撃な再会を果たした萌恵はすぐさま杖を取り返しに行こうとするが、そのとき、ドラゴンが勝負を決めにきた。



 「グォォォォォォォォォォォォ!!」

 「あれ? やばい感じ?」



 萌恵の頭上に段々ドラゴンの巨爪が近づいてくる。あれほど鋭利な爪に被弾したら肉どころか骨すらも断ち切ってしまうだろう。



 大神官は必死にドラゴンの巨爪を受け止めようと萌恵の元へ走るが、大神官が間合いを詰めるよりも被弾の方が速いのは歴然。怖気ついて動けないので回避不可能。活路が全て潰えてしまい、諦めて目をつぶったとき――



 「ギャォォォォォォォォォ!!」



 と、ドラゴンは耳を切り裂くような悲鳴で悶絶しながら手を引っ込めた。目を開けてよく見ると、ドラゴンの手には萌恵の胴体ほどの長さの剣が突き刺さっていた。



 激しく鼓動を続けている心臓を萌恵は抑えていると、神殿の入り口に人影がいるのを見つけた。



 「ダメじゃないですか、我々の最後の希望を潰そうとするなんて……」

 「お、おぉ……リュミエール卿!」



 リュミエール卿と呼ばれる人物はもう一本の剣を抜き、疾風の如くドラゴンの額にまで跳躍し、脳天を剣先で突き刺した。頭蓋骨を貫通したようで、ぐしゃりと思わず耳を塞いでしまいそうな不快な音が鳴る。



 屈強なドラゴンの頭からバラのように舞い散る返り血が頬を濡らしたとしても、彼は顔色一つ変えない。



 そのままドラゴンは叫ぶこともなく、後ろへと倒れていった。そのあまりにも呆気ないドラゴンの最期に、萌恵は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。



 そしてリュミエール卿は優雅に萌恵の前に着地し、こちらに振り向いた。



 「……貴方が勇者様ですね。私はレグノル聖騎士団副団長のリュミエール。貴方の剣となり、盾となり、血肉になる覚悟でお守り致します」



 突如として現れたいぶし銀の甲冑をまとい、瞳が飲み込まれてしまいそうなほど綺麗なくり色をした髪の、聖騎士団副団長と名乗るリュミエールは萌恵の手を取ってひざまつき、忠誠を誓った。



 ステンドグラスを通った爛漫たる光は、邂逅を祝うかのように二人を照らした。



 



 



 

 



 



 



 



 



 

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