転生?
――んんん……? 私……なんで寝ていたんだろう……? 寝不足かなぁ……昨日雑誌見てたら夜更かししたんだよね……。
当然の報いだよね……。また先生に怒られちゃうなぁ。これ以上成績を下げたらヤバイのに……。
でも、今日は今までと比べ物にならないくらいに眠い……。もう少し、もう少しだけ……。
『起きてください!!』
「はい!!」
夢の底に足を着こうとした瞬間、耳元でいきなり怒号が鳴り響く。驚いた萌恵は耳を押さえながら即刻立ち上がった。
(今までこんな乱雑な起こされ方はされなかったのに……今日の先生機嫌悪いな。どうせまた生理痛でしょ)
ごめんなさいと淡々と言って席に着こうとするが、おしりの先には椅子などなく、思いっきり尻餅をついた。
床は大理石で造られているからか、おしりに走った衝撃は計り知れない。
「痛っっっ!? あれ? 椅子は?」
「小芝居している暇はないのですが……」
おしりを押さえながら立ち上がると、萌恵は声がした方に目を向ける。そこには、小さな白い羽織を着ている少女がいた。
顔立ちは幼く、身長も萌恵の胸部辺りしかなかったが、どことなく威厳に満ちた雰囲気を醸し出していた。
「あれ? 学校じゃない?」
「学校ではないです。その寝ぼけまなこを擦って辺りをちゃんと見てください」
言われるがままにまなこを擦り、辺りを見回す。
その少女が言った通りに、辺りにはいつも通りの教室の風景はなく、日の出前のような霞みがかった空間が広がっていた。
「……ここ、どこ?」
「案外冷静なんですね……先客は凄い警戒していましたよ?」
「え? 先客? それと……あなたは……?」
少女は溜め息を吐き、この空間の雰囲気と全くマッチしていないコタツの中に入り、座布団に腰を下ろす。
そして置いてあったミカンを剥き始め、ちぎった一粒を萌恵の方に投げる。寝起きで反射神経は鈍っていたが、顔に当たるギリギリのところでキャッチする。
「おおっと!?」
「一先ず、それを食べてください。話はそれからです」
「で、でも……瑠璃ちゃんが人から貰った食べ物は軽々しく食うなって……」
「愛媛のおいしいミカンです」
「やったーミカンだー」
瑠璃の掟を躊躇いもなく破り、ミカンを口の中に入れる。噛んだ瞬間、酸味が口の中に散布された。
ゴクリとミカンを飲み込む。すると、少女は隣に置いてある座布団に猫を誘い込むかのようにトントンと叩く。
「隣へ」
少し不安だったので萌恵は少女と視線を衝突させながら、警戒心持って座布団に腰掛ける。
一応正座の方がいいと思った萌恵は、無理して正座をした。
「……じゃあ、説明に入ります。結論から申し上げますと、貴方は元の世界に帰れません」
「……はい?」
どうせ冗談だろと苦笑いを浮かべていると、少女は表情一つ変えずにお茶をすする。その様子から、冗談ではないと薄々気がつき始める。
「え? ガチなの?」
「えぇ、いくら面白みのない私でも、人を笑わすならもう少し面白い事を言いますよ?」
「じゃあ、言ってみて?」
「仕方ないですね。では一つ……『モノレールにも乗れ―る』!」
迫真の表情でダジャレを言ったが、笑いは起こらずに、風は全く吹かない空間なのだが、どこからか寒風が吹いた気がした。
清々しいドヤ顔をしていたが、恥ずかしくなったのか耳の先まで真っ赤にしてコタツの中に潜り込んだ。
しばらくコタツの中で火照った顔を冷ましてから、不満をプクーっと頬に溜めて顔を出した。
「むぅぅ……私の滑稽さなどはどうでもいいです……。本題から脱線しています……詳細を説明すると、貴方はこれから『異世界』へ行ってもらいます」
「い……せかい?」
未知の単語を聞いた萌恵の脳みそは、脳内の重要器官の力をフル活用して、その単語の意味を理解しようと試みた。
議論の末、導き出された単語の意味は外国だった。
呆然としていると少女はコタツの中から体を出し、顔ではなく火照った体を手で仰ぐ。
「嫌だよ! 私まだパスポート作ってないし、アメリカ怖いし!」
「アメリカはともかく、パスポートは必要ありません。私がちょちょいのちょいで送ってあげるので」
「そんなことできるって……もしかしてお偉いさん!?」
「お偉いさん……ええ、そう言っておくのが妥当でしょう」
(そうか……だから綺麗な羽織を着ているのか! まさかそんな凄い人と出会えるなんて……私ったら超超超ラッキー!)
すると、萌恵はあることに気がつく。
「そいえば、陽炎ちゃんや瑠璃ちゃんは?」
「……あぁ、その方達なら先に異世界へ行きましたよ」
食べ終わったミカンの皮を、新聞紙で作ったゴミ箱の中へと捨て、籠に入っている大きめのミカンを手に取る。
しかし下部にカビが生えていたので、無言でゴミ箱の中に入れる。
「先に行ったって……四人全員?」
「……はいそうです」
「えええええ!? じゃあ、皆先にアメリカに行っちゃったの!? どうしよ……瑠璃ちゃんと護先輩以外英語喋れないのに……」
勿論萌恵も喋れないが、この場にはつっこみ役が存在しないので話を続行する。
「……先に旅立った四人は、こう伝えたら抵抗なく行きました」
『異世界を、救ってほしい』
その声音は今までの大人しい声音ではなかった。
「イセカイを……救う……? その国にも悪い奴がいるっていうこと……?」
「これだけじゃ納得いきませんよね。詳らかに言うと、異世界は深潭から蘇った魔王によって、世界の崩落の危機を迎えています」
「あっ! そんな感じで始まるゲームやったことある! 確かドラグニハント! あれ凄い面白かったな~! そろそろ新作出るみたいなんだけど、全く情報がないんだよね……」
「それは知りませんが……ゴホン。軌条を逸する貴方達の力があれば、世界の崩落を免れることができると思ったのです。どうか、私達にお力を!」
必死に懇願して頭を下げる少女。そして、萌恵は気がついた。魔王のことでも、ドラグニハントの情報でもない。
(これは……『カリウムさんの試練』なんだね!! 私の力を試すための!!)
だからいつもと違う魔法陣を出したなど、完全に間違った解釈をしてしまう。
次々に点と点が結ばっていき、カリウムさんの親切心に喜んで、満面の笑みを浮かべている萌恵に少女は恐る恐る話しかける。
「あ、あのー……」
「勿論だとも! この私が、イセカイに救済と泰平を授けましょう!」
(この試練を突破すれば、皆を救えるような力もつくはず! そして、イセカイも救える! 正にウィーンウィーン!)
ウィンウィンと言いたいのだろうか。それじゃ、ロボットが動くときの擬音みたいなるよと、つっこむ人はいない。
「あ、ありがとうございます! では、異世界に行く準備は宜しいですか?」
「勿論だとも! 今すぐにで……あれ?」
自信満々に胸を張ると視界が酔ったようにぼやけ、歪み始める。
パタリと倒れた萌恵に、少女は顔を覗かせる。
「……行ってらっしゃい、貴方のいた世界とは違う。可笑しくて新しい世界……『Fニューワールド』へ……」
そう、細々とした声で少女は呟いた。その言葉を辛うじて聞いた萌恵は、深く、果ての無い眠りへとついた。