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Fニューワールド  作者: 太鼓隊
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波乱万丈な人生

 ジリリ! と耳を突き刺すような音を古ぼけた目覚まし時計が鳴らす。使い始めて六年目の目覚まし時計は綺麗な鐘の音は鳴らず、鈍い音で持ち主を起こそうとする。



 畳にふすま、生け花に武将が描かれた掛け軸といういかにも古風な内装をしており、老人が住んでいると勘違いしてもおかしくないが、ハンガーラックスタンドにセーラー服がかかっている。



 その横には木製の勉強机が置いてあり、机の上にはファッション誌やコスメポーチなど女子高生の私物が置かれていた。少なくとも老人ではないと見受けられる。



 「……うーん……」



 その近くで所々生地が破けているぼろ布が、唸りながら目覚まし時計の近くに移動し始めた。



 千里眼を持っているわけでもないので、当然前は見えていない。のっそのっそと動いていると、布団に当たって目覚まし時計はコテッと倒れた。



 倒れても鳴り続ける音を頼りに、布団から腕を出して目覚まし時計の上部にあるスイッチを押し、アラームを止める。



 布団の中から顔を出し、窓から差し込んでくる光に顔をしかめながら目覚まし時計を鷲掴みにして、目の前に持ってくる。



 「……もう朝の七時……三十五分!?」



 眠たそうにしていた目は、小さい針が七の数字を指し示していることによって、完全に目が覚めた。



 覚醒した脳は、連日過労を強いられた筋肉痛の体でもお構いなしに動くことを命令する。



 「流石に三日連続遅刻はヤバイ! 早く準備しなきゃ!」



 全身を包み込んでいたぼろ布をガバッと宙に放り投げ、大慌てでハンガーラックスタンドから制服を取った。



 現役JKの貴重なお着換えシーン。しかし、着替えにかかった時間は僅か十秒ちょっと。堪能する時間は無かった。



 「うう……温かいお布団君……」



 着替え中に冷えた体が、本能的に乱雑に投げ捨てられた布団を求める。キラキラと輝いているように見える布団に、ウルウルと涙で目をにじませつつも準備を進める。



 と言っても、ほとんどの教材は置き勉しているので準備は必要ない。バックを手に取って、ドアを開けてリビングに行こうとしたが、クルリと一回転をして机に向かっていった。



 机の上にあったのは、ガラスで構成された小さなハート型の髪飾り。飲食店のガチャガチャの商品レベルのクオリティーだが、真ん中には値が張りそうな宝石が埋め込まれており、朝日が反射して煌々と輝いていた。



 「もう忘れないようにって言われてたからね……」



 独り言を呟いてバックを下に置き、姿見の前でしっかりとハート型の髪飾りで側頭部の片側に結んで、サイドテールをつくりあげる。



 気合を入れるために頬を軽く叩いて、バックを持って部屋を出て行き、突き当たりを曲がってふすまを開けてリビングへ出る。



 「お母さん! 七時に起きなかったら起こしに来てって言ったじゃん!」



 お母さんに愚痴を吐きながら、テーブルに置かれた朝食を掴もうとする。しかしそこにはパンは無く、白米、焼き魚、味噌汁という、ザ・日本な朝食だった。



 そのまま手はアツアツのご飯にイン。



 「あっつぅぅぅぅい!!」

 「朝から騒がしいわね……」



 真っ赤になった手をフーフーと息を吹きかけて冷ましていると、キッチンから母が溜め息をつきながら現れた。



 「あー! お母さん、私の約束破ったぁ!」

 「昨日、自分で起きるって言ったこともう忘れたの?」

 「あ……」



 昨日言った自分の台詞を思い出す。



 そうやそんなこと言ったな……と思い出しながら汗をだらだらと流していると、母は湯気が出ているホカホカのトーストを突き出してきた。



 「その朝食はお姉ちゃんの。あんたはトーストでしょ?」

 「お母さんナイスプレー! それでは、行ってまいります!」



 ビシッと敬礼をして、受け取ったトーストを口いっぱいに頬張りながら玄関に向かっていった。



 「ちゃんと噛んでから飲み込むのよー?」

 「わはってる! ひっふぇふるー!」



 靴を履き終え、ダッシュで家を出ていった。



 ドアを開ければいつもの風景が広がる。電線にとまっているスズメがチュンチュンと可愛らしい鳴き声をあげながら、彼女の登校を見送った。



 ――なんて、青春学園漫画みたいな始まり方で私の一日が始まったわけだけど……。青春なんてしてないし、彼氏もいません! 自分で言ってて悲しくなったけど……それ以外は本当に普通の女子高生。も、勿論これから彼氏作るよ!?



 通学路の住宅街を走っていると、目の前に見覚えのある猫のストラップをつけた、青髪の女の子が歩いていた。



 トーストをくわえたままでは声を出しずらいので、一旦トーストを手に移す。



 「瑠璃ちゃーん!」

 「……? あ! 萌恵ちゃん!」



 彼女の名前は『五十鈴萌恵(いすずもえ)』。それで萌恵が呼びかけた子が、萌恵の大大大親友『蒼井瑠璃(あおいるり)』だ。 



 ニッコリと笑いながら手を振ってくれている瑠璃に、萌恵はあたふたしながら話しかける。



 「瑠璃ちゃん! 後五分くらいしなないよ!? 私が家を出たの七時四十分くらいだもん!」

 「……もしかして、日直当番の登校時間と間違えてる?」



 萌恵の周章ぶりにも全く動じず、冷静な対応をする。



 その言葉にしばらく沈黙。この学校は日直当番の生徒だけ、他の生徒より三十分早く行くという決まりがある。そのことを今思い出した萌恵だった。



 鳩が鳴きながら頭上を通過すると、萌恵の意識は空から帰還した。



 「バ……バカしたぁ……!」



 実はこの五十鈴萌恵。『超』が付くほどの馬鹿なのである! どのくらい馬鹿かと言うと、病院と間違えて美容院に膝を大出血しながら通院してしまうほどである!



 萌恵は頭を抱えながら、下にうずくまった。



 「そ、そう落ち込まないで! 今日は私が日直だから朝のホームルームが始まるまでお話できるし!」



 必死に萌恵の元気を取り戻そうと声をかけてくれた瑠璃のおかげか、萌恵はなんとか立ち上がった。



 そして、手に持っているトーストを口の中にねじ込む。



 「ほれもほうひゃへ! ひゃあいひょう!」

 「ちゃんど噛んでからね……」



 同じ注意をほんの十秒の間で二回も言われ、赤面する萌恵だった。



 


 萌恵の家から高校は近いので、少し話していただけで直ぐに到着する。今この高校にいるのは萌恵達のみ……と、思ったが部活の朝練習に来ている人が沢山いた。



 靴を脱いで下駄箱の下の段に入れ、上の段から上履きを取り出す。壁に寄りかからず履こうとしたため、萌恵の体は少しふらついてしまった。



 気が置けない瑠璃は、萌恵の一挙手一投足を見ていたので慌てて手を貸そうとする。



 「おっとっと……セーフ!」



 新体操の選手が教示を終える際の、ワイの字ポーズで体勢を立て直す。それを見た瑠璃は安堵の息を吐いた。



 「――もう……。危ないから気をつけてね?」

 「分かってる!」

 「またそう言って……一昨日もそう言って転んだばっかりじゃん?」

 「昔から瑠璃は心配性だなぁ。私の力を低く見過ぎ! ほれ! 片足だけでも立てるぐらいバランス力あるのに! ……あれ? 体勢が……」



 形の整ったワイの字は次第に崩れてゆき、へにゃへにゃしたへの字になりながら顔面から倒れた。



 『ビターン!!』



 芸人顔負けの盛大な転び方。顔を地面に叩きつけられた音が廊下のあちこちで反響する。



 こうなることを分かっていたのか、瑠璃は「言わんこっちゃない……」と片手で額を押さえた。



 「ちゃ、ちゃんと忠告を聞いておけばよかった……ガクッ……」

 「……萌恵ちゃん? 立てる?」



 呆けながらも、瑠璃は萌恵の手を取って立ち上がらせた。



 「……肩を貸して……ください……」



 瑠璃はピクピクと手足を痙攣させている萌恵へ肩を貸す。



 叩きつけられて赤くなったのか、恥ずかしさのあまり赤くなったのか分からない顔を、萌恵は片手で覆い隠す。



 「すまんのぅ……瑠璃さんや……」

 「おばあちゃんみたいなこと言って……血とか出てない?」

 「うん……見た感じ出てない」



 幸い強く膝を打っただけで出血はしていなかった。それを聞いた瑠璃は頬を緩ませる。



 「教室まで連れて行くから、少し待ってて。保健室で氷持ってくるから」



 泣きべそをかきながら、萌恵達は二階へと続く階段を上っていく。



 瑠璃の負担を軽減しようと萌恵は自力で登ろうとするが、瑠璃は「大丈夫だから、力抜いて」と優しく微笑む。



 おぼつかない足取りでなんとか教室に着き、瑠璃は保健室に氷を取りにいった。



 「ハァ……」



 溜め息を吐き、自席に座りながら外を眺める。外には野球部が大声を出しながら守備練習をしていた。



 「……私もキャッチャーみたいに全員を守れる存在になれないかな……」



 キャッチャーがピッチャーの剛速球を見事にキャッチし、すかさず二塁手にボールを投げる。見事ランナーをアウトにできた。



 その姿を見ていると、後ろから肩を打ち据えられた。



 「よお! 萌恵、こんな時間にどうしたんだ?」

 「つ、遂に萌恵も早朝から勉強するようになったのか!?」

 「流石萌恵先輩! 私の憧れの人だけあります!」



 振り返った先には、萌恵の先輩の『飛鳥陽炎(あすかかげろう)』と『亀鶴護(きかくもり)』。そして、後輩の『雷久保神楽(らいくぼかぐら)』がそれぞれ別々の反応をしていた。



 皆、萌恵の『仲間』だ。



 三人は萌恵が学校にいる理由を誤解しているので、萌恵は首を大きく横に振る。



 「ち、違うよ! ただ単に時間を間違えちゃって……」

 「なーんだ、そんなことか……」

 「ドジな先輩もカッコイイです!」

 「いやいや、そこはリスペクトしたらダメだろ……」



 ワイワイガヤガヤとしていると、瑠璃が荒い息遣いで教室の中に入ってきた。



 教室と保健室はかなり距離が離れているので、ただ単に息切れを起こしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。



 「も、萌恵ちゃん! この先に……あれ? 皆もいたの?」



 膝に手をつきながら、瑠璃は不思議そうに皆を眺めた。そして、陽炎は頬をポリポリと掻く。



 「委員会の仕事があってな……それはさておき……『あいつら』だな? さっきから変な感じはしていたんだ……」



 ヘラヘラと笑っていた陽炎の目つきが豹変した。同時に、隣にいた護と神楽の目つきも険しくなる。



 「……ならさっさと行くよ。萌恵、できるか?」



 護から差し伸べられた手を、答えるかのように力強く握る。



 「はい、なんとか!」



 萌恵の容態を聞くと、その場にいる五人は互いに目を合わせて教室の窓辺に立った。そして、五人はそれぞれの髪飾りを指で触れ、窓から身を投げた。



 このまま地面まで真っ逆さま……と思いきや、突然彼女らの体から謎の光球が溢れ始めた。



 しばらく光が輝き続けると、次第に彼女達の姿が見えてきた。



 そこにいたのは、今まで身を包み込んでいたセーラー服姿の五人ではなく、メルヘンチックな衣装へと変身を遂げた五人だった。



 光が完全に消えると、急降下していた五人の体は大きく空へと急上昇を始めた。



 「それで瑠璃、場所は?」

 「この先の『東公園』! そこで観測されました!」



 ――突然すぎて頭がごちゃごちゃになっている人はいるはずだから、簡単に説明するね!



 女子高生は世を忍ぶ仮の姿。本当はユーン・ジューン・ソーシィエールっていうよく分からないヒーローなんだ!



 でも、これじゃ馴染みが無いから、私達は『魔法少女』って呼んでいる。



 



 



 


 


 



 



 



 



 



 



 



 



 

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