表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

2-1 おもらし少年は自意識過剰?

「ごめん、トイレ借りる」


ソソグはバイトに来るなり

真っ先にトイレに駆け込んだ。

ナミは腰に手をあてて、

呆れたように口を尖らせる。


「も~、また漏らしそうになったの?

 学校で行ってこなかったの?」


「『また』って言うな!

 あと学校出る前に行ってきてるし」


ナミの質問に返事をしながら、

バックヤードに荷物を置いていった。


それから今日もナミの家のトイレを借りる。

なんとか間に合ったことに安心しながら用を足す。

水音とため息が同時にした。


今日もなんとかなったと思いながらトイレを出て、

手を洗って、お店のエプロンをつける。

すっきりした表情でお店へと戻った。


「あれ、店主は?」


「お父さんいないよ。

 今日は買い出しとかででかけてる~」


「店主が近くにいないって、

 不安なんだが。

 子供だけに店を任せていいのか?」


ソソグは不安で眉をひそめた。

それでもナミはいつもどおりニコニコとしている。


「大丈夫だって。

 常連さんだってくるし」


「ハロー、きたっすよー」


ナミが言うなりやってきたのはリイだった。

大学の帰りだからか、

いつもより荷物が多い。


「やっぱ不安だわ」


「なんっすかー。

 あーしの顔を見るなりそんな顔をして」


「おじさんがいなくて、

 店にはゲーム機持った不審者が現れたら不安にもなるわ」


「心配には及ばないさ。

 僕もいる」


すると今度はテラダがやってきた。

持ってきてるのはノートパソコン。

趣味用なのか仕事用なのかは分からない。


「テラダさんなら、大丈夫か?」


「はっはっは、

 疑問符はいらないよ。

 店主不在は聞いてる。

 だから、今日はサーフィンせずに

 ここで仕事をしてるさ」


そう言いながら席に座り

ノートパソコンを開いた。

お店のパソコンとは違い

変なシールなどは貼られていない。


「本当に仕事っすか?

 『推し事』の間違いでは?」


「本当に仕事さ。副業だけどね」


「じゃあ、本業はなんです?」


「アイドルの使うステージとか

 施設の支配人兼ねプロデューサー」


ソソグの質問にテラダは

カッコつけた表情で答えた。

思わず口を丸くする。


「すごっ」


「ゲームの中の話っすよ。

 本当にそんな仕事してたら、

 副業のプログラマーなんてやってる暇ないっすよ」


対してリイはバカにするように

目を細めて言った。

それを聞いてソソグはハッとする。


「それもそうか」


「リイさん、カッコつけさせてくれよ」

事実を指摘されてかテラダが困った顔をした。


「イヤっすよ。

 オタクはオタクらしくするっす」


「ま、今日はプログラマーなので

 オタクらしくしてますよーだ」


テラダは子供のような口ぶりで言い返した。

それからパソコンに向かう。

と思ったが、少し画面を睨みつけてから

ソソグの方を見る。


「ソソグくん、

 コーヒーもらえるかな?」

「あーしも」


「はい」

ソソグは常連ふたりに言われて

早速コーヒーづくりに取り掛かった。


「はい、できたぜ」


ソソグはテキパキとコーヒーを淹れた。

ナミはすでに用意していたお盆を持ってくる。


「ナミちゃん運ぶよー」

「おう、頼むぜ」

ソソグは素直にうなずいた。

それをいつの間にかリイがニヤニヤと見ていた。


「ふたりともコンビネーションいいっすねー」

「これくらい普通だろ」


「えへへー、

 ソソグくんとは仲良しだもんねー。

 どうぞ」


「ありがとーっす」

「いや、まだ出会って数日なのに仲良しかよ」


「確かに、

 こういう言い合いをできるというのは、

 仲がいい証拠だ」


「テラダさんありがとー。どうぞ」


テラダのパソコンの横にコーヒーを置くと、

ナミは飼い主のそばに戻る犬のようにカウンターに戻った。


「前触れもなく現れたソソグっち。

 そしてこんなにも仲がいい。

 ふたりとも、どういう出会い方をしたっすか?」


「えっと、俺が海に落っこちて、

 そこを通りかかったナミさんが助けてくれた。

 だったっけ?」


ソソグはやや迷いながら答えた。

『そういうことになっている』

という内容が間違ってないかとヒヤヒヤするが、

ナミは笑顔を崩していない。


「だいたいあってるよ~」

ナミの返事を聞いてソソグは

見えないようにホッとした。


だがリイはアニメの謎を考察するような顔で

ソソグとナミを見ている。


「ふたりともあーしに

 隠し事してないっすか~?」


「してないしてない」

「してないよ」


「揃った答えが怪しいっすね~」


「仲良しだからね~」


ナミは不自然な様子のない笑顔のままだ。

ソソグはそれにならないなんとか自然な顔を繕う。

それでもリイはふたりを見続けている。

丸いメガネを直してから、

「分かった、やっぱりふたりは付き合ってるっすね」

刑事が犯人を指差すような仕草とともに言った。


「はぁ!?」

「うん~、よく分かったね~」


「ナミさんも適当なこと言うな!」

ソソグが思わずツッコミを入れると、

ナミが急に隣に立った。


(でもでも、

 ここでリイちゃんをごまかすことができれば、

 秘密が守れるんだよ?)


(だからって、

 俺達が付き合ってることにしたら……)


小声で言い合っていると

またナミは距離を置いた。

それから上目遣いになって口を開く。


「ナミちゃんはいいと思ってるけどね~」


「それって――」

どういうことだろうか?

あまりに言葉足らずな発言だ。

ソソグは息を止めてナミの顔を見つめて考える。


「ん~、ナミっちの反応を見るに違うみたいっすね」


すると先にリイのほうが仮設を否定した。

答えが外れたことが不服そうな顔をする。


「え~、あってるよ~。

 ソソグくんのは照れ隠しだよ」


「なるほどー。

 かわいいっすねー」


「照れ隠しでもねーよ。

 ナミさんに色目使ったら

 相模湾に沈められるし」


「え~? だったらどうして、

 今日の店番をソソグくんとナミちゃんのふたりに任せたの?

 ソソグくんが手を出すのがイヤだったら、

 こんなことしないでしょ~」


「た、たしかに」


「つまり、ソソグっちは店主公認。

 それもソソグっちが

 ナミちゃんを好きにできるっすね~。

 これなんてエロゲ?」


「いや、未成年がそういうことを

 するなら止めるべきだろ」


「そ、そうだそうだ」


テラダの言葉にソソグは乗っかることができた。

店主も認めているまともな大人がいるのはありがたい。


「だが、それ以外のことはいいだろう。

 学生なんだから初々しく、

 手探りでスキンシップしてほしいと思っている」


「テラダさんはどっちの味方なんですか!?」


「味方なんてないさ。

 僕はみんなが幸せならいいと思っているだけさ」


「じゃあ、ナミちゃんとソソグくんが

 付き合ってたほうが幸せだよねー」


ナミが目に星を灯しながら寄ってきた。

わざとらしくエプロンをはだけさせている。

下はちゃんと水着を着ているのでえっちではないが、

ナミの表情がいやらしい。


「あーしもふたりが

 イチャイチャしてるのを見ていたいっす」


そしてリイが入り口を塞ぐように移動した。

どれだけ恥ずかしくても

店の外に逃げることは許されないのだろう。


さらにテラダはまたパソコンに向かっていた。

まるでこの騒動が作業用BGMになっているような澄まし顔。

カタカタとキーボードを素早く叩いているので、

捗っているのもなんとなく分かる。


逃げ場なしかと思ったが、

ここで体の方から作戦を提案された。

その部位は膀胱。


「ごめんトイレ行ってくる」


ソソグは脱兎のごとく

ナミの家への入り口に駆け出した。

素早く靴を脱ぎ、

お手洗いの個室に向かう。


「も~、お手洗いに逃げようなんて

なかなかすごい手を使うっすね~」


リイの不服そうな、

ニヤニヤしたような声が遠くから聞こえた。

わざとらしく大声だ。


「ソソグくんは

 コーヒー飲むから許してあげて~」


ナミもソソグに聞こえるような大声だ。

個室に入ったのに聞こえる。


「おー、ナミっちがフォローいれるとは、

ここはからかうところじゃないっすか~?」


「この歳でおもらししたら大変でしょ~」


「なるほど~」

「煽ってるんじゃねーよ!」

ソソグはドア越しに大声で怒った。



「じゃあまた来るっすよー」

「店主はもうすぐ帰ってくるだろうし、

 これで失礼するよ」


閉店時間になったからか、

リイとテラダはおとなしく店を出た。


「またねー」


ナミが友達にするように手を振った。

それからリイとテラダの座っていたテーブルにあるコーヒーカップを下げ始める。


「コーヒー一杯で粘るんじゃなくて、

 お替りするなんてマナーいいな」


お盆の上にはカップは二個以上あった。

どれもちゃんと空になっている。


「常連さんはみんなマナーいいよ。

 変なひとはお父さんの顔見て来なくなっちゃうし」


「なるほど」


まだ帰ってきていない店主の顔を思い出した。

ソソグも怯んだように、

悪いことをしようとする相手も寄せ付けないのだろう。

だからいいお客さんだけが残るというわけだ。


「でもソソグくんもいっぱいするじゃん」


ナミは洗い場にカップを置いてお盆を片付けた。


「俺はあまり飲みすぎないようにしてるぜ。

自分のじゃなくて、

お店の豆使ってるし、

使いすぎたらお店の売上にならないし」


「ううん。

 お・ト・イ・レ」


姿勢を下げて、上目遣いで、

お尻を振るような動きで、

ソソグに近寄ってきた。


「いやらしい言い方をするな」


「だってそうじゃん~。

 コーヒー飲んでる量より出してる気がするよ」


「出すとか言うな。

 だが体質ってのもあるんだよなぁ。

 幼い頃からそうだったし」


「あまりしそうになるなら、

 万が一のために大人用おむつしたらどう?」


「いやに決まってんだろ」


「大人だってそういうの苦労してるんだよ。

 お父さんもつけてるし」


「まじかよ」


「歳を取ると尿もれが起こるんだって。

 やっぱり大人は大変だね」


「俺はまだ子供だって」


「それに高校生なんて

 大人の体も当然じゃん~」


言いながらナミは

ソソグの顔ではなく体を見つめた。

足からだんだんと目線を上げていく。


「ナミさんがいうと

 いやらしく聞こえるな」


「それってナミちゃんが

 いやらしいってこと?」


「なんで嬉しそうに言うんだよ」


ソソグは少し顔をしかめながら言った。

だがナミはソソグの疑問を無視して続ける。


「ナミちゃんの方が年上なんだから、

アドバイスは素直に聞いたほうがいいじゃないの~」


「年上ったって学年ひとつしか違わないだろう?」


ソソグが言い返したところで

店のドアが開く音がした。

店主のショウが戻ってくる。


「戻ったぞ」


「お父さんおかえりー」

「おかえりなさい」


「なんの話をしてたんだ?」


「ナミさんが、

 年上の話は聞くもんだっとかなんとか」


「おめえらひとつしか違わねーじゃねーか。

 大人になったら年齢の一桁なんて気にしないぞ」


「ほらな」


自分の意見に、

ショウの考えを乗せてソソグは言った。

だがナミはそれでも納得していないように、

手足をバタバタさせる。


「えー、ナミちゃんお姉ちゃんがいい~」


駄々っ子のようなナミを見て、

ショウは心臓に杭を刺されたような顔をした。

それから、ソソグの方をゆっくり見て、

申し訳無さそうな顔をする。


「ナミも一人っ子だからな。

 ナミを生んで少ししてからナギコ

……母親を失っちまったんだ。

 だからソソグ、弟になってくれや」


「いえ、俺も幼いとき父親なくしてるんで。

 でもナミさんのことお姉ちゃんとか妹とかって

 考えられないから、

 その理屈は通じません」


ソソグは細くて冷たい目を向けた。

親ばかを感じるショウと、

駄々っ子の演技をしたナミは、

同時に残念そうな顔をする。


「ダメかー」

「ダメかー」


「ふたり揃って言ってもダメです」

バッサリと言った。


「仕方がない。

 ソソグくんをナミちゃんのトリコにするには、

 サーフィンでカッコいいところ見せるしかないかも」


「どういうふうに考えたらそうなるんだ?」


「ナミちゃんの練習を見ている間は、

 ソソグくんを独り占めできるからね」


ソソグは冷たい顔をしたままだが首を引いた。

顔の温度が上がって冷たい顔がとける。


(なんで俺の視線なんか集めて嬉しいんだ?

 俺を弟にしたいのか?

 それとも――)


「それじゃナミちゃん練習いってくるね」


ナミがそう言って店を出ていこうとした。

ソソグも慌てて考えるのをやめて声を上げる。


「お、俺も見に行く?」

「うん。おむつはいる?」


「いらねぇよ」

先程までのドキドキした気分はその一言で吹き飛んだ。

お読みくださいましてありがとうございます。

良ければこのページの下側にある(☆☆☆☆☆)でご評価を、

続きが気になりましたらブックマーク、

誤字脱字が気になりましたら誤字脱字報告、

とても良いと思いましたら一言でも感想をいただけると

嬉しいです。


雨竜三斗ツイッター:https://twitter.com/ryu3to

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ