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1-7 バイトのあとのナミの習慣

ソソグが洗い物を終えた。

一区切りついたところで、

トイレを借りようと思うと、


「お疲れ様ー。

 バイトの時間終わりだよ」


ナミにそんな声をかけられた。

ソソグは拍子抜けしたように眉をひそませる。


「こんなかんたんでいいのか?

 大した仕事してない気がするんだが」


「ソソグくんコーヒー淹れる仕事してくれたじゃん」


ナミは笑顔で言ってくれた。


あれからも何杯かコーヒーを淹れている。

リイたちのおかわり、

ショウやナミの分、

さらに他の来客用にも用意した。


それでもソソグはまったく苦だと思ってない。

作業は楽しいし、

皆からは求められていることも嬉しかった。

なので仕事をしたと言われても疑問が浮かぶ。


「そうだが――」


「あれだけ真面目にコーヒー淹れてたんだ。

 あれを仕事と呼ばなかったら失礼だろう?」


店主であるショウからも笑顔で言われた。

ナミだけでなく大の大人からもお墨付きをもらい、

ソソグは恥ずかしいような嬉しいような、

不安気も混じった声をあげる。


「そ、そんな」

「照れてるかわいい~」

「からかうなって!」


ニヤニヤとした表情のナミに言われて、

ソソグは思わず上ずった声を上げた。

ナミはいたずらに成功したようにぺろっと舌をだす。

それから微笑ましい笑顔に戻って、


「でもコーヒーに真剣なソソグくん、かっこよかったよ」


「なっ……!?」


素直に褒められて、

今までにない表情で褒められてソソグは声を出せなくなった。

同時に顔は赤くなり、

体が火照っていくのを感じる。


「そうだな。

 いいバイトを見つけられてよかったぜ」


「あ、ありがとございます」

ソソグは照れ隠しに頭を下げるしかなかった。


「ところで、どうしてそんなに上手なの~?

 どこかで習った?」


ナミはからかうでもない

素直な疑問を口にした。

ソソグは顔を上げて答える。


「えっと、母さん――母の仕事先で教えてもらったんです。

 俺母子家庭で、

 母の仕事先の世話になることが多かったんです。

 そこでコーヒー淹れるのを見てたらやりたくなっちゃって。

 コーヒーミルとかドリッパーって

 おもちゃみたいに見えたんだと思います」


聞かれたことも嬉しかったのか、

やや早口になって答えた。


「英才教育だねー」


「いや、ナミさんだってずっと店主の仕事とか

 サーフィン見てきただろ」


「そだねー。

 サーフィンできないけど」


「あ、いや、バカにしてるわけじゃなくって」


「分かってるよー。

 続けて続けて」


「最初はコーヒーミルを

 回して挽くだけだったんですけど、

 だんだんと他のこともするようになって覚えたんです。

 それから次はどうしたらうまくできるか気になって。

 図書館で調べたり、

 スマホでも調べたりして」


「すごいじゃ~ん、努力家だ~」


「いやいや、

 子供心でやりたいことだけやってたんだぜ。

 そんなにすごいもんじゃないって」


「大したもんだな。

 子供でそんなにできるヤツはなかなかいねぇ。

 もっと自信もてって」


ショウはそう言ってソソグの背中をバシバシ叩いた。

やや痛いが、背中をまっすぐして胸を張れということは伝わる。

それでもソソグの背中は自信なさげに丸まったままだ。


「いえ、他のお店のほうがおいしく淹れられてるし、俺なんてまだまだ」


「これだけできて、

 自分のことを『まだまだ』なんていえるのは職人だ。

 がんばってくれよ」


最後にもう一度背中を叩かれた。

ソソグの体は少しふらついて前にでる。


「は、はい……」


「でもどうしてうまくなろうって思ったの?

 子供ならコーヒーミルをぐるぐる~

 ってするだけで満足するんじゃない?」


「多分、母さんの仕事を手伝いたかったのかもな。

 母さんはパンを焼くのが仕事で、

 必死に生地をこねるのを見てた。

 だからコーヒーくらいは俺がって思ったのかも。

 その時の記憶なんてうろ覚えだから分からんが」


ソソグは子供の頃の自分をバカにするように言った。

それでいて恥ずかしく頬をポリポリと爪でかく。


だがナミもショウも関心したように口を丸くした。

それからナミがソソグの前にやってくる。


「ソソグくん」


それから、ソソグよりも大きい存在ですよ

と言いたげに小さな体を背伸びさせた。


「うん?」

「いいこいいこ」


頭を撫でられた。とても優しく、

愛情がこもったていねいな手付きだ。

思わずソソグの頭は下を向き、

偉いひとに頭を下げているようになる。


そいえば母にそういうことされた覚えがない。

多分ソソグの物心ついたときには、

母は忙しくしていたからだろう。

そして世の中が変わり、

母が忙しくなくなったときには

ソソグは十六になっていた。

それにこの歳では

もうそんなことをされることはないと思っていた。


素直に嬉しかった。

だからどうしていいか分からない。


だがひとつ分かるやらないといけないことがある。


「あの、バイト終わったなら。

 トイレ行ってきていいです?」


ソソグは上目遣いで、

さらにナミに使わなくてもいい敬語で聞いた。


「こんなにいい雰囲気なのに!?

 もしかして我慢してたの?

 いつからいつから?」


「洗い物終わったあたりからだよ。

 えっと、どこにあるんだっけ?

 更衣室の奥だっけ?」


ソソグは落ち着かないように体を揺らし始めた。

あからさまに決壊が近いのが自分だけでなく周囲にも伝わる。


「家のトイレのほうが近いからそっち使え」


「お邪魔します!」

ソソグは遠慮なく駆け出した。



「さっぱりした?」


今度はもらさずに無事に帰ってくる。

 するとナミがニヨニヨとした笑みで声をかけてきた。

 先程の優しい存在はどこかに言ったようだ。


「いちいちそういうことを聞くな」


ソソグはそっぽを向いて返した。

ナミの愛らしい声からいやらしい言葉が聞こえると、

なんだか照れくさいような感覚になる。


「お仕事も終わったし、

 ナミちゃんサーフィン行ってくる」


そんなソソグを見て『いしし』と笑ってからナミは言った。


「こんな時間から始めるのか?」


外を見れば日は

だいぶ傾いているのが店内からでも分かった。


「そうだよ。秘密にしてることを、

 見られるとちょっと恥ずかしいじゃん」


ナミは少し頬を赤くして言った。

それについてはソソグもうなずくしかない。

おそらくソソグは、

ナミよりも遥かに恥ずかしい秘密を持っているのだから。


「ソソグくんはどうする?

 初バイトで疲れたし帰る?」


聞かれてソソグは迷った。

実際はそんなに疲れていないし、

コーヒーを淹れるのならまだまだできる。


だからだろうか、

ナミの練習に興味が湧いていた。

やや恐る恐る聞く。


「……ナミさんのこと見てていいか?」


「ナミちゃんのこときになっちゃった~?」


「なったけど、

 いやらしい意味じゃないからな!」


「いいよー、見に来てー」


ニッコリと笑いながらナミは駆け出して手招きした。


「言っておいてなんだけど、

 恥ずかしくないのか?」


「ソソグくんならね」


穏やかな表情でナミに言われた。

まるで『キミは特別』と言いたげだ。


ソソグはそう受け取った。


すると心臓が締め付けられるような感じを覚える。

思わず首を引いてナミを見つめた。

ソソグの反応が小さかったからか、

ナミは穏やかな笑顔を向けたまま。


「俺からも頼む。ナミについてやってほしい」


「お、おじさんまで」


思わぬところからも言われてソソグはうろたえた声をだした。


(そんなに俺のこと信用してるのか?)


そう思ってソソグは

ショウの表情を見つめた。

少し潜んだ眉に気がつく。


(いや、ナミさんが心配なのか)


おそらく店主であるショウにはまだ仕事があるのだろう。

だからナミについていくことはできない。

それにもしかしたらナミは、

父親のショウにも練習を見られるのが

恥ずかしいのでは?とも思える。


「分かりました」

「じゃあ、行こっ」


ナミがエプロンを脱ぎ捨てて駆け出した。

夕焼けに照らされる小麦色の肌がなんだかあいらしく見える。



そんないい雰囲気で海に繰り出したのはよかった。

だが、ナミはあまりにもかっこ悪くサーフボードから転げ落ちる。

何度やってもサーフボードに足裏を乗せたところで、

バランスは崩れた。

『うまくいくか?』と思う間もない。


ひっくり返って波打ち際に座り込むナミにソソグは歩み寄る。


「ホントにできないんだな……」

「えへへ……。かっこ悪いでしょ」


砂まみれになりながらナミは

ペロッと舌を出した。

まるで苦いコーヒーを口にしたような表情でもある。


「いや、簡単そうに見えて多分難しいんだなって思う。

自転車とかもそうだけど、

感覚を掴むまで何度もコケるのと同じだ」


「そう言ってくれるとうれしいなー」


「なんでだよ。

 俺は当たり前の事言ってるだけだろ」


「だって、海を見たらみんな乗れてるでしょ。

 それにナミちゃんは小学生の頃からやってるのに乗れないんだよ」


「小学生……そんなに?」


ソソグは驚きを隠せなかった。

目をパチクリさせて、

座り込んだナミを見つめる。


自転車だって一年も練習すれば乗れるだろう。

サーフィンと比較するのはちょっと違うかもしれないが、

年単位の練習を重ねればそれなりの成果はあるはずだ。


「そんなにだよ」


ナミはソソグの反応を見て苦笑いを見せた。

だがその顔には『呆れ』はあっても『諦め』はない。


ソソグにはそれが不思議に見える。

しゃがみ込み、

ナミと目線の高さを合わせた。


「なぁ、なんで諦めないんだ?」


「サーフィンの練習?」


「そう。人間向き不向きあるだろう?

 こういう目に見えなかったり、

 数字化するのが難しい才能って、

 なおさらそういうのあるじゃん」


「そうだね~。

 ひとによっては諦めちゃったほうが、

 時間を無駄にしないとか、

 他のことができるとか考えちゃいそうだね」


ナミは悟った口ぶりで他人事のように語った。

それから力強く立ち上がり続ける。


「でもナミちゃんは諦めないよ。

 できなくなるまで続けるつもり」


「大人になってからもか?」


「もちろんだよ。

 だって大人になって、

 お店引き継ぐ前にはできるようになりたいもん」


ナミの笑顔はとても眩しかった。

もちろん夕日に照らされているからというのもある。

だがナミから感じられる眩しさは

太陽なんかよりもずっと強くて熱を感じる。


「将来の目標があるのか」


「そうだよー。

 ソソグくんは目標とか夢とかある?」


強い意思を感じる笑顔を向けてナミは聞いてきた。

ソソグは首を傾げて考えるも、

「……考えたことないな」


答えは見つからなかった。

最近そんなことを考えた気がしたが、

あれは尿意をごまかすために考えていただけ。

それから今聞かれるまで、

考えていたことも忘れていた。


ナミがこちらを興味深そうな目で覗き込んでくる。


「ホントに~?

子供の頃、学校の先生に聞かれて、

野球やサッカーの選手、

芸能人や声優とか超有名ユーチュバーとか答えなかった」


「いや、本当になかった」


(あのときは

『お母さんが大変じゃなくなってほしい』

とか書いた気がする。

将来の夢じゃねーな)


それを思い出して

ひとりコーヒーを淹れるのに失敗したように、

苦笑いした。

それから眩しくて、

自分よりも目線の高いところにいるナミをもう一度見上げる。


「だから目標持って進学とか就職とか考えて勉強したり、

 バイトしたりしてるのを見るとすげーなって素直に思うよ」


「ありがと。

 ソソグくんに言われて自信ついたよ」


ナミはさらに眩しい笑顔を見せた。

よいよ直視できなくなるかもしれない。


「えへへ~。

 ナミちゃんのほうがお姉ちゃんなのに、

 教えられちゃった」


するとソソグをからかうような笑顔になった。

眩しさはなくなり、

尊敬の気持ちも消えていくのを感じる。


「別にそうは見えないけどな、

 ひとつしか違わんし、見た目も小さいし」


ソソグは背くらべするために立ち上がった。

だいたい頭一つ分違う。


「見た目は関係ないよー。

大切なのは心構えと行動」


「なるほどなぁ……」


(そう思うと俺もなにかしたくなってくるというか、

 なにかしなきゃって感じになるというか)


そんな気がしてくる。

だが、それとは別の感覚が体を震えさせた。


「だがちょっとトイレ行ってくる」

「もームード台無しだよー」


「ムードなんてねーよ」

ソソグは大声で返しながら店へと戻っていった。

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雨竜三斗ツイッター:https://twitter.com/ryu3to

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