1-6 サーフィンショップで淹れるコーヒー
そうして何人かの常連と顔を合わせていると、
ショウとミチオが店に戻ってきた。
店に入ってくるなりミチオは声をかけてくる。
「コーヒー頼む」
ソソグは自分が声をかけられたのではないと思って
ぼーっとしていると、
「ほら、ソソグくん、
コーヒー入れるんだよ」
「お、おう。じゃなくて、はい」
ナミに言われて慌てて返事をした。
すぐにカウンターにある道具を用意する。
「やっぱりいい豆だ」
コーヒー豆のパッケージを見てから開いた。
程よい酸味が漂い、
ソソグの鼻を撫でる。
「分かるの?」
その様子にナミも顔を近づけてきた。
ナミも鼻をくんくんと動かす。
するとソソグの心臓がビクリと跳ねて、
体中に力が入った。
(べ、別に俺の匂い嗅がれてるわけじゃないだろ。
なに緊張してるんだ俺)
不自然だと思われないように、
なんとか口を開く。
「エメラルドマウンテンだな。
よく見る種類の豆だ」
自然な動きでナミから離れて、
新品同様のコーヒーミルに手をのばす。
「そして手動のコーヒーミル、キレイだ。
手入れとかもちゃんとしてるんだな」
「実は、使ったことなくて。
だからキレイなんだ~」
「そいえば、使い方が分からないって言ってたな……」
「これはアニメで使ってたのと同じのを、
ファンのひとからもらっただけなんだよ。
アニメ見てるひとってすごいよね。
登場したのと同じ機械とかすぐに調べちゃうんだから」
「つまり、ファンサービスに置いてあっただけと。
だがどうやって豆挽いてたんだ?」
ソソグが疑問を口にすると
ショウもカウンターに入ってきた。
頭をかきながら口を開く。
「あとで自動で惹くやつを買ったんだが、
壊れちまってな。
そこにソソグがやってきたってわけだ」
「助かったよね~」
理由を説明するとナミとショウは顔を合わせた。
「……いや、俺がコーヒー詳しくなかったら
どうするつもりだったんです」
「まあなんとかなるって思ってたさ」
気軽な声で答えてショウは高笑いしだした。
ソソグは見えないようにそっぽを向いて一息つく。
それから電気ケトルを手にとった。
「とりあえずお湯沸かしますね。
温度計ってあります?」
「温度計?
沸騰させればいいんじゃねーのか?」
「適温は九十五度くらいなんで、
だいたいあってますけど、まあなくてもいいか」
自分を納得させるようにソソグは言った。
それから電気ケトルに水を入れてスイッチオン。
その間にもう一度ミルに目を向ける。
「だけど、アニメに出てきたから選んだって割には、
手入れが楽なミルだな」
「これのことも分かるの?」
「丸洗いできるタイプだからな。
使ってないってことは洗ってからがいいな」
言いながらコーヒーミルをバラして、
さらっと水洗いした。
乾拭きで拭いてカチャカチャと素早く組み立てる。
「すげーな、
まるで軍人が銃を組み立てるような手さばきだぜ」
「どういうたとえですかそれ」
(やっぱり店主とミチオさんって元軍人なんじゃねーの?)
と思ってしまうが、
口に出さずにミルの組み立て完了。
「説明書を探して持ってこようと思ったけど、
いらないね」
「こういうのはみんな似たような構造だろう?
すぐに分かるよ」
ソソグは逆に不思議に思いながらナミの質問に答えた。
それから店内を見渡して、
「えっと、三人分でいいです?」
「俺のも頼む」
「ナミちゃんも~。
ソソグくんも自分の分淹れていいよ」
「あーしもほしいっすー。
単純作業は眠くなるっすよ」
「ってもそんなに大人数は作れないのでお客さんの分から」
コーヒーミルに豆を入れると
カラカラカラと軽い乾いた音がした。
そんな音が聞こえるということは
店内がとても静かだということ。
いつの間にか店内に居た皆がソソグの動きに注目している。
気がつかない間にテラダも戻ってきていた。
メガネを掛け直しソソグの動きをまじまじと見ている。
(なんでみんな俺の方見てるんだ?
そんなに珍しいことしてるのか?)
そう思いながらも自分の仕事に集中。
初めて使うコーヒーミルではあるが、
使い方は手が分かっている。
やや緊張してもキョドった動きにはならなかった。
豆を入れ終わると蓋をして
ゴリゴリと回し始める。
豆が挽かれていく乾いた音が、
店内の湿気を吸っていくような感じがした。
「いい音~」
ナミはまるでクラッシクかジャズでも聞いているような口ぶりで、
感想をつぶやいた。
カウンターに頬杖をついて、
穏やかな表情をしている。
「そうやって使うのか」
ショウは目を丸くしてコーヒーミルを見つめていた。
こちらは初めて動かす機械を見ているような顔だ。
最初にコーヒーを頼んだミチオは
腕を組んでただただ見ていた。
ソソグを試しているような顔にも感じる。
さっきは騒がしかったリイやテラダも
黙ってこちらを見ていた。
アニメの重要なシーンを見ているような顔になっている。
全員の様子を見てから、
ソソグはコーヒーミルを回す動きに集中した。
目をつぶって、
音が一定になるように動く。
(俺もこの音好きなんだよな)
ゴリゴリゴリという音に集中していると、
だんだんと口元が緩んでいくのを感じた。
(なんだか、みんなで同じものを共有してるっていいな)
そう思ったところで、
電気ケトルのスイッチが戻る音が聞こえた。
ソソグはまだ一旦コーヒーミルから手を話して、
電気ケトルを手に取る。
「もうお湯淹れるの?
まだ挽き終わってないんじゃない?」
ナミが物足りないような口ぶりで言った。
そのとおりでソソグはナミの方を見て説明する。
「カップを先にお湯で温めて置くんだ。
紅茶もそうだけど、
カップが冷たいとコーヒーの味に影響するからな」
「はー、そんなことあったのか」
「今まで気にせずに入れてたよね」
ナミもショウも意外そうな声を上げた。
ソソグは思ったとおりだと思ってうなずく。
「普通はめんどくさいから、
気にしないひとも多いです」
「じゃあなんで気にするんだ?」
「お客さんに出すから、
いい加減にはできないって思ってるんです。
だから自分の知識全部使って今コーヒー淹れてます。
カップはこれでいいです?」
「あ、ああ」
少し驚いたような声でショウは返事をした。
ソソグはカップを並べてお湯を注ぐ。
「カップにアニメのキャラクター。
これもアニメファンのプレゼントです?」
お湯を注ぎ終わってから、
ソソグは不思議に思ってカップを眺めた。
アニメのキャラクターがカップを持ってにっこりと微笑んでいる。
「いいや、これは関係者から送られてきたもんだ」
「もう生産してない代物なんで大事に使ってほしいっすよー」
「こら、ソソグくんにプレッシャーかけるな」
リイとテラダの言葉に苦笑いで返した。
もう一度コーヒーミルをゴリゴリと回し始める。
するとまた皆が黙ってその様子を見ている。
(こうすると、
みんな静かになるのおもしろいな)
ソソグは口元を緩ませた。
コーヒー豆が細挽きになったところで、
今度はドリッパーに手を伸ばす。
「ドリッパーはこれでいいです?」
「おう。これもアニメ好きなやつが店で使ってくれってくれたんだ」
「なんでももらえるんですね……」
「聖地っすから。
オタクはみんな現実を、
アニメの風景に合わせたいっすよ」
その行動力を褒めてよいのか、
オタクという人種に疑問を持ってよいのか
ソソグは分からなかった。
ただただ苦笑いでおしゃれなドリッパーを見つめる。
「っと、カップも温まったし、
よいよコーヒーいれるぞ」
カップに入ったお湯を捨てて、
ドリッパーをカップに置いた。
フィルターをセットして、
ていねいにケトルのお湯を注ぐ。
水の音とともにコーヒーの香りが漂い始めた。
フルーティと表現できるような、
リラックスできる香り。
「いいなぁ……。
見慣れたお店なのに、
いいお茶屋さんに来たみたい」
ナミはまたうっとりとした表情になって、
お湯で湿った豆を見つめていた。
「あ、ボッーっとしてられない。
コーヒー運ぶね」
ハッと我に返った声を上げて、
ナミはお盆を持ってきた。
珍しく肩に力が入っているような動きで
コーヒーをお盆に載せて運ぶ。
「近くだとよりいい香りがするっすね。
あーしみたいな貧乏舌にはもったいないかもしれないっす」
「貧乏舌だと思うなら、
なおさら味わったほうがいいだろう」
「そうっすね」
またリイとテラダが言い合いになるかと思った。
だが、ふたりは穏やかな声で話をしてから
ゆっくりとコーヒーに口をつける。
「うん、いいな……。
戦友ショウ、おめぇ、いいバイトを見つけたな」
「ああ。ソソグ、俺達にも入れてくれ」
「はい」
ソソグは元気な返事をして次の一杯の準備を始めた。
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