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1-3 サーフィンショップで、コーヒーをそそぐバイトに誘われる

学校が終わって、

ソソグはすぐに昨日のサーフィンショップへ向かった。


今日は学校でトイレを済ませてから出て、

道中どこにも寄っていない。

当然、尿意はまったくない。

なので先日の道を焦ることなく走ることができた。


あのときは余裕がなかったが、

こうして海沿いを走るととても気持ちがいい。


程よく体を冷やしてくれるアイスコーヒーのような海風、

コーヒーミルを回すような一定のリズムの波の音、

缶コーヒーのパッケージのように遠くに見える江ノ島や富士山。


様々なドラマやアニメのロケ地に使われる理由がなんとなく分かってくる。


なんの問題もなく、

海沿いにある派手な外見の建物についた。

昨日と同じ駐輪場に自転車を止めて、

やや恐る恐るドアを開ける。


「いらっしゃーい!

 あっ、ソソグくーん」


ドアに付いた鈴の音とともに、

ナミの大きな声も聞こえてきた。

ぴょんぴょんと跳ねながらソソグに近づいてくる。


短い白髪やお店の名前が入ったエプロンが揺れた。

するとめくれたエプロンから、

ピンクのしましまが見えてしまう。


「って!? なんつー格好で店出てるんだ!?」

挨拶もせずにソソグは大声を上げた。


「かわいいでしょ~」


ナミはそんなツッコミもポジティブに捉えたようだ。

エプロンをめくってわざとその下のしましまを見せる。

ビキニだろう。

下着であれば色々な問題がある。

それに父親が表に出ることを許さないはずだ。


「一見すると裸エプロンにも見えるんだが?」


ソソグは目をそらしながら強めの声で言う。

エプロンからはかろうじて紐が見える程度だ。


小麦色の肩や、二の腕、

太ももがちらちらと見える。


身長と同じで胸も小さいようで、

谷間や山は目に入らなかった。


だが頭の中で言い聞かせなければ、

えっちな動画のシチュエーションに変換してしまう。


「やだ~、そんなふうにナミちゃんのこと見てるの~? えっち~」


体をくねくねさせながらナミは言った。

少し目を細め、上目遣いでソソグを見てくる。


「だったら水着じゃなくて普段着でいろよ」

「なんだ、水着だって分かってるじゃん」


ナミはケロッとした声で言った。

急に姿勢を正して堂々と手を腰にやる。


「裸か下着だったら

ツッコむ前にレジの奥に押し込んでる」


「お姉ちゃんのこと心配してるんだ~。嬉しいな~」


するとまた上目遣いで見てきた。

ソソグは目をそらす。

その目線の先にはカウンター。

だが昨日あったコーヒーミルが置いていない。


「そうじゃね~って」

「じゃあじゃあ、どうなの?」


「これを返しに来たんだ」


ソソグは紙袋を目の前に突きつけた。

袋には昨日借りた服が入っている。

それでも目はそらしたまま。


「急がなくてもよかったのにー」


ナミは紙袋を受け取った。

中身をチラ見しただけで、

カウンターの奥に持っていく。


振り向いたときに、

ナミの小さな背中が見えた。

少し骨が浮き出ており細身なのがよく分かる。

お尻も小さくて愛らしい。


だがあまりに無防備に見えた。

サーフィンのような激しい動きをしなくても、

水着が脱げてしまうのではないかと思うほどだ。


「お、おじさんは?」


そんな無防備なナミを守っているのは父親のショウだろう。

だがその姿が見当たらない。

ソソグはごまかすように聞いた。


「お父さんは奥で作業中。

 呼べばすぐに来ると思うよ」


「そ、そうか」


「あ、ごめんね、

 今日はコーヒー出せないんだ。

 欲しかったら外の自動販売機で買って?」


「いや、いいけど――」

「おもてなしできないけど、座って座って」


ナミに言われて

昨日と同じテーブルの前に座った。


ナミも正面に座り、

頬杖をついてソソグを見てくる。


これならば首から下の素肌もあまり見えない。

ソソグはようやく顔を向けられた。


「ねえねえ、ここでバイトしない?」

「きゅ、急だな……」


「知っての通りコーヒーもだしてるんだ。

 でもお父さんもナミちゃんも詳しくないから、

 知ってそうなひとを探してて。

 だからソソグくんならどうかなって」


「俺飲んでばかりだから、

 作ったことあまりないぞ」


「『あまり』ってことは

 家で作ってることもあるんだよね?


 あるいはどこかで経験ある?

 昨日からコーヒーの機械気にしてたもんね」


「そ、そんなこと……

 あるかもしれないけど。

 っていうかよく見てるな」


ソソグはまた恥ずかしくなって目をそらした。


「ナミちゃんは、ソソグくんのお姉ちゃんだもん」


「弟になったつもりはないって」


「いいじゃんいいじゃん。

 ナミちゃん、一人っ子だから弟ほしいんだ~。

 だからバイトして~?」


「でも俺、バイトなんて考えたことなくて。

 真面目な理由なんてないし」


「バイトなんて『遊ぶお金欲しい』で始めるもんだよ。

 ナミちゃんの友達だってみんなそう」


「ってかこういうのは、

 おじさんが言うもんじゃないのか?」


「ナミちゃんから頼んだほうが

 いいってお父さん言うんだもん。

 多分、ソソグくんもお父さんから言われたらちょっと怖がるでしょ」


「それは……」


否定できなかった。

怖い存在ではないというのは

帰り際になんとなく分かってはいる。


それでも真面目な話をするために

怖い顔を向けられたら、

目を見れる自信はない。

今もナミから目をそらしているのでなおさらだと感じる。


「それにそれに、

ナミちゃんといっしょに仕事することになるからね」


(ナミさんといっしょに仕事)


その言葉には引っ掛かりを思えた。

理由は分からないが考えている間にもナミは口を開く。


「どうかな?

 昨日のおいしいコーヒー飲み放題にしちゃうし、

 難しい仕事はさせないし、

 ちゃんとお給料も出すよ。


 サーフィンのことはナミちゃんが、

 コーヒーのことはソソグくんが。


 そんな役割分担だよ?

 お休みだって自由にしていいし、

 不自由な思いはさせないから」


「そんなにバイトの扱いがよくていいのかよ?」


「お父さんがいいって言うんだもん。

 それにナミちゃんの

 水着エプロン見放題だよ?


 ソソグくんがリクエストしてくれれば

 水着だって着替えるし、

 ボーナスとして月1くらいなら裸エプロンも――」


「それはいい。

 目のやり場に困るし、客も困るだろ」


「うちの常連さん喜ぶよ」

「それはそれでダメだろ」


「ソソグくんが迷ってるから、

 ナミちゃんからもおいしい条件だそうかなって」


「行き過ぎるとセクハラじゃねーのそれ?」


「男の子は逆セク好きそうだし」

「ひとによるだろ」


そうツッコミを入れて

わざとらしくため息をついた。


すると考える時間をくれるのだろう、

ナミはニコニコしながらこちらを見つめるだけになる。


(昨日と同じコーヒー、

 また飲めるならいいかもしれない……。

 それに学校終わってもやることなんてあまりないし、

 やらない理由にはならない)


ソソグはテーブルの木目を見つめて考え始めた。


(それに先日の事件で

 ナミさんと店主には大きな恩がある)


ちらりとナミを見つめた。

今もニコニコしながらソソグの返事を待っている。


(もしかしたら、

 俺の好きなことを仕事にできるかもしれない)


と考えたところで口を開く。


「服借りたお礼もしたい。

 あれこれといい条件を出されたし、

 いいかな」


「やった」


ナミは嬉しそうに笑った。

まるで合コンにイケメンが来ることが決まったような表情だ。


「俺の秘密を言いふらすって言えば、

 脅せたんじゃないのか?」


「そんなことしないよー。

 ナミちゃんの秘密も知られちゃってるんだから、

 そこは平等だし」


「サーフィンショップの娘が サーフィンできないのって、

 そんなに恥ずかしいか?」


「ナミちゃんにとってはね」


ちらりと下着でも見られたような、

ナミはそんな恥ずかしい顔をした。

ソソグは細い目でナミの赤い頬を見つめる。


(どう考えてもその格好の方が恥ずかしいだろ)


そう思っているとすぐにナミはまた明るい顔を向ける。


「バイトについてなにか気になることある?

 遠慮なく言って?

 ナミちゃんのスリーサイズ以外なら答えるよ?」


ナミは椅子から立ち上がり偉そうに胸を張った。

ソソグは細い目のまま、


「ここサーフィンショップなのに、

 なんでコーヒーなんかやる必要あるんだ?」


「あれ見て」

ナミがソソグの後ろを指差した。

体を捻らせて自分の真後ろを見る。


「アニメ?」


ソソグの知識ではそう表すしかない物が置かれていた。

アニメのブルーレイ、グッズ、フィギュア、

それに混じって手回しのコーヒーミルやカップなども置かれている。


「そうそう。

ああやってグッズを並べて飾るの

『祭壇』っていうらしいよ」


「祭壇って、

 すげー言葉出てきたな。

 古代文明の遺跡かよ。

 どう見たって最近の文明だろ」


「うん、オタクのひとって物知りだよねー。

 このお店、あのアニメの舞台に使われたの。


 だから今でもアニメ好きなひととか、

 あのアニメでサーフィン始めたひとが来るんだよ」


「だがコーヒー関係なくね?」


「あのアニメだと、

 このお店はカフェもくっついたおかしなお店だったの。

 だからうちもそれに合わせちゃおうって。


 そしたらそしたら大繁盛~。


 今でこそ落ち着いたけど、

 毎日いろんなひとが来たんだよ」


「現実が、アニメにあわせたのか」


「うんうん。

 だから今でもコーヒー出してるんだ。

 でもコーヒーのこと詳しくないし、

 こっちやってると肝心なサーフィンに手が回らないからって、

 ずっと悩んでたところに!」


ナミがずいっと近づいてきてソソグを指差した。

人差し指はそのままソソグの鼻をつんつんする。


「ソソグくんが来てくれたんだ」


まるで『好きなひとはキミだよ』と言われた気がした。

ソソグは心臓がスピードを上げて動き始めるのを感じる。


突かれた鼻には

ナミのぬくもりが残っているような気がした。

当然そんなわけはないのだが、

あのときつないだ手と同じ。

温めてないコーヒーカップのようにひんやりとして柔らかい。


(いやいや、また俺をからかってクサいことを言ってるだけだ)


ソソグは首を振って考えや思っていることを振り払った。


「じゃあ、早速明日からお願いしていいかな?

 契約書みたいな小難しいものはまた後日ね」


ナミはなにごともなかったように話を進めた。


(ほらやっぱりからかってたんだ)


そう思ってからソソグも話に乗る。


「俺はなにか用意したほうがいいのか?

 服とかそういうの」


「制服みたいなのもないから、

 ラフな格好に上にお店のエプロンでいいからね」


「だからって水着でいいのかよ」


「涼しいからねー。

 ソソグくんも海パンにエプロンでいいよ。

 喜ぶひともいるし」


「遠慮しておく。

ってか男の水着で喜ぶやつなんていねーだろ」


「それが世界は広くて、

 いるんだよねー。

 店に来たら紹介するね」


「はぁ……」


ソソグは曖昧な返事をした。


サーフィンに、アニメに、コーヒーに。

ここがなんのお店なのか分からないのならば、

来る客も分からない不思議なひとが多いのかもしれない。

そう思って納得することにする。


すると裏から店主のショウが

だるそうな足取りでやってきた。

ナミが早速声をかける。


「あ、お父さんどうだった」


「こっちはダメだ。

 修理に出そうにもメーカーが潰れてるらしい。

 そっちはどうだ?」


「ソソグくん、受けてくれるって」


ナミが親指を立ててミッションコンプリートを宣言した。

それを見てソソグは慌てて椅子から立ち上がり、


「よ、よろしくおねがいします」


とていねいな礼をした。

これからはバイト先の上司にあたる。

失礼なことはできないと感じての行動だ。


「おう。こちらこそ頼む」


ショウはぎこちなさそうな明るい声で答えてくれた。

ソソグはそこでようやく顔を上げる。


「そう気構えなくていいさ。

 ナミと同じくらいのノリでいい。

 誰も怒らねぇし、

 怒るやつがいたら俺が追い返す。

 絶対に悪いようにはさせないからな」


「ナミちゃんもソソグくんのこと守ってあげるからね」


「守ってあげるって……」


意味が分からずソソグは眉を潜ませた。

それでもナミはニコニコしている。


「ただ、残念ながら

 自動でコーヒー豆を挽いてくれる機械が壊れちまった。

 どうするか……」


「挽く道具ありますよ?」


ソソグは『祭壇』にあったコーヒーミルを持ってきた。

丸みを帯びた愛らしいデザインに、

セラミックの手触りが心地良い。

コーヒー豆が入っていないのにグルグル回したくなる。


ふたりは首を傾げたままそれを見ている。


「俺たちもらったのはいいが、

 使い方が分からねーんだ」


「おかげでアニメグッズ扱いだよねー」


「俺が分かるんで大丈夫です。

 っても豆を入れてグルグル回すだけですが」


「ほー、それはありがたい」


ショウは意外そうな、

関心したような、

ありがたいと思ったような声を出した。


(知らないひとからすれば、

 魔法の道具とか、

 職人の道具みたいなもんなのか?)


ソソグは少し不思議に思ってから、

バイトの話を続ける。


「他に条件とか、

 準備したほうがいいものとかあります?

 バイト用の制服とか」


「ソソグくんも水着でいいって言ったじゃんー」


「エプロンを貸すぞ。

 下はまあ動きやすい格好ならなんでも。

 見ての通り店主がアロハシャツだからな。

 堅苦しい格好はしなくていいぞ」


「ソソグくんがなに着てても、

 ナミちゃんは水着だからね~。

 参考にしてね~」


「いや、水着は参考にしないって。

 男の場合裸エプロン当然になるだろ。

 っていうか店主は娘さんが

 こんな格好してていいんですか?」


「本人がいいならいい。

 色目使うやつは俺が相模湾に沈める」


「そうですか」


肝心のナミの父親にもそう言われてしまい、

ソソグは納得するしかなかった。


「でもでも、

 ソソグくんはナミちゃんをいやらしい目で見るのはいいからね」


「見ねーよ。

 バイト先でそんなことできるか」


「真面目で結構だ。

 だがもう少し気を抜いてくれてもいいぞ」


「は、はぁ」


普通ならばナミに、

あるいはソソグに注意するところだ。

そう思っていたソソグの予想はハズレてしまう。

やっぱり曖昧な返事をするしかなかった。


「だから、お父さんの顔が怖いからできないんだって」


「だったら安心しろ。

 ソソグにバイトを頼んでる間、俺は違うことをするからな」


「そっかー、よかったねソソグくん」


 本当にそれでいいのだろうかとソソグは首を傾げた。

お読みくださいましてありがとうございます。

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