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4-6 ナミ、波に乗る。ソソグはトイレに行く

閉店時間になると、

店にはソソグとナミだけが残った。

ショウは奥で事務仕事をしている。


「なんであんなこと言ったんだ?」


コーヒーミルの手入れをしながら、

ソソグは何気なく聞いた。


確かにナミのおかげで事件(?)は

解決(?)した。

のだが、ナミの行動が突然だったように思える。


「ソソグくんの言ったとおりだよ。

 ソソグくんに元気になってもらいたいくて。

 ソソグくんが恥ずかしいなら、

 ナミちゃんも恥ずかしい思いをしたらいいかなって」


ナミは世間話をするような口ぶりで答えた。


「なんだそれ……。

 そんなんで恥が減るわけでもないし」


「でもソソグくん元気になったからオッケーだよ。

 それにみんなおもらしのこと

 気にしてなかったでしょ」


「リイさんに変なこと

 吹き込んだ気がしてならないけどな」


「変態だけど迷惑かけないから大丈夫だよ」


「飽きるまではからかわれそうだな」


「言い返しちゃえ。

 リイちゃん喜ぶよ」


「あのひとは本当に分からんな」


そう言ってソソグは

コーヒーミルの手入れを終えた。

改めてナミに向き合い、


「ありがとうな」


「ううん、波に乗れないこと、

 いつかは言わないとって。


 でもバカにされるんじゃないかって

 ずっと思ってた。

 だからいい機会だったよ」


「バカにされなかったってことは、

 俺といっしょで怖がってただけかもな」


「そうなんだよねー。

 やっぱりナミちゃんとソソグくん、

 似た者同士だ」


楽しそうなナミに言われて、

ソソグも笑顔で返した。

いつもなら照れくささも感じるところだが、

今は素直になれた気がする。


「ソソグくん、付き合っちゃう?」

「なっ!?」


思わぬことを言われて

ソソグは言葉に詰まった。

目を見開き、

ドラマで見るような表情のナミを見つめる。


「ナミちゃん、ソソグくんに

 いっしょにいてほしいの」


うっとりとした表情と、

少し潤んだ瞳で、

ナミはソソグに近づいてきた。

ソソグは少し後ずさりしながらも、

逃げる場所もなく足は止まる。


(こ、この流れで言われるとマジっぽいぞ。

『雨降って地固まる』って状態で、

 それでいて告白大会の勢いがある。


 もし俺が逆に、ナミさんのこと好きで、

 助けた側だったら同じことする。


 いやいや、それじゃまるで俺がナミさんのこと好き――)


「――えっと、俺」


目をそらして考えを繰り広げ、

言葉を探すが見つからなかった。

助け舟も見つからない。

ナミは構わずさらに距離を近づけてくる。


「サーフィンできないこと、

 みんなに堂々と伝えることができたのは

 ソソグくんのおかげ。

 だからソソグくんとなら

 サーフィンもうまくいく気がする」


「あ、うん、いや俺はなにもしてない」


「ソソグくんが見てるから

 うまくいったんだよ。

 ソソグくんが見てないと

 ぜんぜんうまくいかなかったんだよ」


「そ、そんなことあったのか」


(それじゃまるで、

 本当に俺のおかげで

 ナミさんのサーフィンが

 うまくいってるみたいじゃねーか。


 確かに一度うまくいきかけたのは見てる。

 今までもそんなことがあって、

 ギリギリうまくいかなかったなら、

 あんなリアクションはないはず。


 めっちゃ喜んでてかわいかったし。

 だったら俺たち本当に)


そこまで思考が行き着いたとき、

ナミの色っぽい唇が開く。


「だから今日の練習。付き合って」


「あ、そういう」


ようやくナミの言いたいことが分かって、

体中の力が一気に抜けた。


ソソグのリアクションを見て満足したのか、

ナミはニヤニヤとしている。


「なんのことだと思ったの~?」

「……知らねーよ」


ソソグはぶっきらぼうに返した。

ナミがそういうことをするのだから、

自分もそれなりの対応をする。


「えー、ソソグくん明らかに

 えっちなこと考えてたでしょ」


「考えてねー。

 ってか、力抜けたらトイレ行きたくなってきた」


「うん、じゃあナミちゃんも練習の準備してるね」


そうして日課も戻ってきた。



「俺将来、喫茶店ひらこうかなって、思い始めてきた」


ソソグは最近そう思っていた。

コーヒーミルを回しながら母に話す。


「わたしでも思ったことないことを考えるのね。

 どうして?」


母ネルコはそれを聞いて、

意外そうに首を傾けた。

「実は……」


恥ずかしいがソソグは

バイトを始める経緯からすべて話し始めた。


ナミと出会った本当のできごと、

ナミの仲良くなった理由、

ナミに恥を欠かせてしまったこと、

それをフォローしてもらったこと、

今日のこと。

全部包み隠さずに話せた。


もちろんものすごく恥ずかしいので、

話し終えた後のソソグの顔は真っ赤だ。


「あらあら、大変だったわね」


母も怒るでもなく、

穏やかな表情で感想を言ってくれた。

ソソグはやっぱり意外そうに口を丸くする。

続けて詳細は聞かずに、


「それで、同じようなお店が欲しくなったのね?」


とソソグの将来のことについて話を進めてきた。

ソソグは『ありがたい』と思いながらも話を続ける。


「母さんはずっとパン作りしてきたけど、

 思ったことなかったのか?」


「ないわね。

 わたしはこねることだけが好きだったから。

 ソソグみたいに『こういう場所が作りたい』

 って思ったことないもの」


「そっか」

「今のバイトが随分気に入ったのね」


「まあな」

ソソグは答えながらコーヒーを差し出した。

自分で選んだ豆、

自分で選んだ道具で淹れたコーヒー。

もちろん自分のお金で買ったもの。

まるでバイトで得たものを母に報告しているようだった。


「いい香りね。

 パンに合いそう」

それを見て母は

嬉しさと香りを味わうように目をつむった。


「そういう豆を選んだんだ。

 本当は朝食のときのほうがいいかもな」

「毎朝淹れてほしいわね」


「母さん朝早いから難しいな」

「休みのときだけでいいわ」


「分かった」

ソソグがうなずくと、

母はゆっくりとカップを口に運んだ。

「うん、おいしいわ……」



今日もバイトが終わり、

ソソグはナミのサーフィン練習を見に来る。


ナミがサーフィン練習中だということは

みんなに話したが、それでもナミは

バイト終わりのこの時間にだけ練習をしていた。

お店から海までに向かいながら、

母に話したことと同じことを話す。


「そっかー。

 夢が見つかってよかったね」


「夢って言う割には現実的だけどな」


ナミは笑ってうなずいてくれたが、

ソソグは『夢』という言葉に恐れ多いとへりくだった。


「じゃあ『目標』って

 言ったほうがいいのかな」


「かもな」

その言葉にしっくりきたソソグは

コクコクとうなずいた。

話を続けながら、

ゆっくりと防波堤の階段を降りる。


「将来的にバイトじゃなくて、

 本当にうちの喫茶店を継ぐ?」


「この店は喫茶店じゃなくて

 サーフィンショップだろ」


「ナミちゃんがサーフィンショップ担当で、

 ソソグくんが喫茶店担当」


「なんだそれ。

 それじゃ店主がふたりだろう?」


「いいじゃん。

 ナミちゃんたちが結婚したら

 本当にそうなるかもしれないよ?」


「なっ?!」


ソソグは思わず階段を踏み外した。

最後の一段だったので大したことはない。


それでもナミに言われたことが

過去最大のショックだったのか、

次の言葉は出てこない。


ナミはソソグの前に出て、

サーフボードと手を背中に隠し、

覗き込むようにソソグの顔を見てくる。


「ナミちゃんと結婚しちゃう?

 そうしたらソソグくんのお店持てるよ?」


「そ、そんな理由じゃ結婚できないし」


「じゃあどんな理由なら結婚できる?」


「どんな理由って……

 そもそも、結婚って好きな相手とするもんだし!

 仕事みたいな理由で結婚するのは

 平成には終わったっての!」


ソソグは首を振りながら答えた。

恥ずかしさでナミの顔は直視できない。


それでいて、こんなリアクションでは

恥ずかしいという気持ちが

見えすぎていたのが分かっていた。

こんなんだからナミにもリイにもからかわれる。


「うんうん、そうだねー」

そんなソソグを見て満足したのか、ナミは砂浜を歩き出す。


「っていうか昨日も似たようなこと言ってきただろ!」


「えー、そうだっけ?

 昨日はサーフィンの練習に付き合って、

 ナミちゃんが波に乗るところ

 見ててほしいって言っただけじゃん~」


「そ、そうだったな」

ハッとしてソソグは強がった声を出した。

このままではナミの思うつぼだ。


「そうだよー。

 なんのことだと思ってたのー、いやらしー」


「いやらしくねーだろ。

 ほら、さっさと始めないと暗くなるぞ」


「はーい。それじゃちゃんと見ててね」


「おう」

ナミは海へと駆け出した。

小麦色の肌が夕焼けに照らされ、

とてもキレイだった。



最近調子がよかったと言っていたが、

ナミは相変わらず海に落ちていた。


それでも表情は明るく、

本当のサーフィンは海に落ちるのが

成功なのではないかと疑うほどだ。


ソソグは座りながら、

そんなナミをただただ見守っていた。


日がだいぶ傾いたところ。

普段からこのくらいの時間に切り上げるのだが、

ナミはそれでも波に乗ろうとし続けていた。


そこに少し大きめのスープ。

波はこれに乗ろうとボードへ乗る。


勢いがいい気がした。

ソソグは思わず立ち上がり、

両腕を強く握る。

自分がサーフィンをしているときのように緊張してきた。


勢いに乗れたナミが片足を上げる。

いつもなら姿勢を崩しそうになるが、

バランスが取れていた。


反対の足を上げたが、

まったく倒れる気がしない。


「ナミさんが波に乗ってる……」

ソソグは思わずつぶやいた。


スープに乗っているナミのフォームは

とてもキレイだった。


細い両腕を開き、

うまくバランスも取っている。


まるで映画のワンシーンのような光景に思えた。

さらにまるでアニメ映画の演出のように

その光景が止まって見える。


(すごい。

 こんなにうまくサーフィンできたなら、

 どんな光景が見えてるんだ?)


ソソグにも少し、

本当に少しだけ見えたサーファーだけが

見える光景。


それを思い出しながら、

ナミがサーフィンをしているのを

ただただ見ていた。


それもすぐに終わる。

スープでは短すぎた。


着地もキレイにできたナミが、

呆然と立っている。


ソソグはすぐに駆け出す。

靴が濡れるのも気にせずに海に入った。


「やった、乗れた?

 乗れた? 本当に?

 乗れたよ」


ナミはどこを見るでもない目をしながら、

自分に質問をしては答えていた。

本人が信じられてないのだろう。


ソソグはナミを全力で認めるように大きな声をかける。


「前よりもちゃんとできてたぞ!」


ハッと我に返ったのかナミはこちらを見た。

潤んだ瞳、半開きの口で

ソソグの顔を見ていると、

だんだんと眩しいほどの笑顔になってくる。


「やっぱりソソグくんのおかげだよ! ありがとお」


それから文字通り飛びついてきた。

鍛えられていたからか、

すごいジャンプ力だ。

その勢いのままソソグに抱きつく。


当然そんな勢いでは受け止めきれず、

ソソグはバシャンと海に落ちた。


「ちょっとナミさん!?」


ソソグは声を上げるが、

ナミは構わず口を開く。


「すごかったよ!

 ナミに乗ってると違う世界にいるみたいだった!


 いつも見てる砂浜だったり

 江ノ島だったりするのに全然違って見えた!


 それでいてすごいちからで体を動かされたの!

 車とかバイクとかみたいな機械のちからじゃなくて、

 自然の、地球のちからで動かされた!


 これが『波に乗る』ってことだって!

 ナミちゃんの名前は

 こんなにすごいちからからもらったんだって!」


馬乗りにされた状態でまくしたてられた。

本人がまだ理解できてない感情や

情報をそのままぶつけられる。


ソソグはどうすればいいのか分からず

ただただ、聞いていた。


分かるのはナミが

過去最高に嬉しいのだと言うこと。

本気で感動したことは伝わる。


「そっか、あの光景は気のせいじゃなくて、

 うまくいったときに見えるものだったんだな」


「うん! ソソグくんが教えてくれたから、

 ナミちゃんも見ることができたんだよ!」


サーフィンをしたときに見える不思議な光景は、

ソソグも感じていた。

だがナミはアレ以上のものを

見てきたということだろう。


何年もかけてできなかったこと。

それがようやくできた。


その気持ちはソソグにも理解できる。

ソソグも嬉しく思い何度もうなずく。


今のナミは過去最高に

嬉しそうだというのと同時に、

過去最高に愛らしい。


普段から表情豊かで、

かわいいと思える。

のだが、今のナミは海のように、

光を反射させる波のように、輝いている。


ずっと見ていてもいいかもしれない。

だがナミも延々と喋っていられるわけではないようだ。

喋り疲れたのか息を上げる。


「ところで、俺はまた水浸しなんだが?」


そしてようやく

現状について聞くことができた。

いつもの軽口を叩くように、

ビショビショのシャツを見せつける。


「今ならおもらししてもばれないよ?」

「しねーよ。行ったばっかりだし」


「でもまた着替えないとね」


ナミはソソグをからかうように笑ってから開放してくれた。

細くて小麦色の腕がソソグに伸びる。

素直に手を取ると、

ひんやりとした感触。

それでいて細いのに力強さもあった。


その手をつないだまま、

ソソグとナミはお店に向かって歩き出す。


「動画回しておけばよかった」

「えー、その動画でなにするの?」


「なにって、

 店主とか常連さんたちに見せるんだよ」

「ホントにそれだけ?」


「当たり前だろ」

「でもダメー」


「なんでだ?」

「今はソソグくんにだけ見ててほしいから」


「そ、そうか」


ソソグは目をそらして短く答えた。

まるで大切な宝物を

自分だけに見せたいと言いたげだ。


それは自分のことを

特別な相手として認識している。

そんな意味にもつながる。


からかっているのだろうと心の隅では思いながらも、

ナミの言葉に頭が惑わされていった。


ナミはニヤニヤとした笑顔でこちらを見ている。


「ナミちゃんまだまだ

 恥ずかしがり屋さんだからねー。

 ソソグくんといっしょ」


「うっせ」

言い返して早足で階段を登り終えた。

ナミはおいかけることなく、

ゆっくりとついてくる。


「ソソグくん~、

 またトイレ行きたいの?」


「そうだよ」

実際は尿意なんてまったくなかった。

最後までお読みくださいましてありがとうございます。

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