1-2 サーフィンショップでシャワーと、なぜかコーヒーをいただく
ナミの店は車道を挟んで直ぐ側にあった。
目立つ黄色い建物が建っている。
ソソグは駐輪場に自転車を動かした。
潮風対策なのか、
駐輪場はお店の裏にあった。
自転車を動かすとナミは
またソソグの手を引いてお店に連れ込む。
「ただいまー。お父さんーシャワー借りるよ」
チリンチリンと鈴のついたドアを開けて店に入った。
それでもナミはソソグの手を離さない。
建物の中に入ったのに
店内も潮の香りを感じるようだった。
それでいてソソグの思っていた通りのサーフィンショップ。
それでも状況が状況なので、
周囲を見渡す余裕はない。
「おう、ナミ、そいつはどうした?」
まるで娘が子犬を拾ってきたことを確認するような、
低い声がした。
カウンターから顔を出したのは、
ナミと同じ褐色の男性だ。
顔つきは固く、
鎌倉より横須賀にいそうな雰囲気を感じさせる。
おそらくナミの父親だろう。
だがカウンターにはコーヒー豆を挽く
『コーヒーミル』と思われる機械が置いてあった。
棚にはコーヒー豆が入っているであろう袋も見える。
「海に落っこちちゃったから助けたの。
着替えとか貸して」
(こ、怖そうなおじさんだ)
思わずナミの手を強めに握ってしまった。
するとナミはなぜか握り返してくる。
「ん、おめぇ、家はどこだ?」
そんな様子を見たからか、
ナミの父親はソソグに細い目を向けた。
「ご、ごめんなさい。
家は西鎌倉の方で……」
「あやまんなくていい。名前は?」
「ソソグって言います」
「俺はナミの父のショウでここの店主だ。
ちょっと用意するからシャワー浴びて待ってろ」
そう言ってショウは奥へと引っ込んだ。
家とお店がくっついているのだろう。
「大丈夫大丈夫。
見た目は怖いけど、
むやみにひとを怒ったりしないよ」
「そ、そうか……?」
「シャワーはこっち」
ナミに手を引かれて、
改めて手をつないだままだと感じる。
引っ張られたその先にはトレーニングジムにありそうな一角。
「ここってサーフィンのお店だから、
シャワーついてるのか?」
「そだよー。だから気にせずに使ってね」
「ソソグ、持ってきたぞ」
店主のショウが畳まれた着替え一式を持ってきてくれた。
派手ながらのシャツが目立つ。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。
あとコーヒーは飲めるか?」
「はい、好きですけど」
思わぬ質問だったが、
明るい声で答えられた。
「そうか、シャワー浴びたら飲んでいけ」
そう言ってショウはまた店の方へと戻った。
カウンターには自動のコーヒーミルやドリッパーが
置いてあるのを思い出す。
(そいえばなんでサーフィンショップに
コーヒーミルとかがあるんだ?)
ソソグはそんなことを思っていると、
「えへへ、不安ならナミちゃんもいっしょに入ろっか?」
とナミがひょっこりと視界の中に入ってきた。
「えっ!? なんで……」
「そりゃ~、
ナミちゃんもサーフィンの練習してたからだよ~」
ナミはモデルみたいなポーズをとった。
自分の体がつややかに濡れていることをアピールしてくる。
口ぶりも、濡れた唇もいやらしい。
「そうじゃなくて、
なんでいっしょに入るのかってことだ」
「なんでだって?
そりゃ~ね~」
思わせぶりなことを言われた。
ソソグは思わず首を引いたまま固まる。
(もしかして、シャワーひとつしか使えないのか?
それでナミさんもサーフィンしてたから、
早くシャワー浴びたい。
でもそれは俺もいっしょだからシャワーもいっしょでいいとか?
いやいや、男女で同じシャワー使うとか、
えっちする前のムーブだろ。
それをナミさんの方から誘ってくるなんて、
どういうことだ?
俺がゴタゴタしていた間に
ナミさんとそういう関係になったとか?
いやエロい動画だってもうちょっと前置きあるだろ。
いやそもそもだな、
ナミさんが裸でシャワー入るのかってことからーー)
「おいナミ、あまりからかうなよ。
ソソグ、シャワーふたつあるから気にせずに使え」
ソソグが固まっているの察したのか、
ショウの声が聞こえてきた。
ホッとしたような、残念そうな気分になる。
「はーい」
「分かりました……」
そろって返事をするとふたりは別々のシャワー室に入った。
#
「やべ、壊れちまった」
「もーっ、なにやってるのお父さん」
「ナミだって同じ使い方してたろ」
「どうする~?」
「手でやるやつあったろ。
明日からはそれでいい」
「使い方分かるの?」
「分からん」
「取説探してこようっか」
カーテンの向こうからそんなやり取りが聞こえた。
ナミはソソグよりも早く浴び終わっていたようだ。
シャワーを浴び終わって着替えながら聞いているが、
なんの話をしているかは分からない。
その声を聞きながら、
着替えが終わると再びお店に入る。
「シャワーありがとうございました」
「いいってことよ。
ほれ、飲め。金なんて取らねぇ」
するとショウに木のテーブルの前に座るよう促される。
目の前にはコーヒー。
ショウに言われてコーヒーを見た。
とてもいい匂い。
眠気や悩みを飛ばすような酸味を感じる。
知らない場所なのにリラックスできそうだ。
「いただきます」
「ブラックで飲むんだー。大人だねー」
ナミの言葉を特に気にせずにコーヒーに口をつけた。
匂いのイメージと違わない味がする。
その酸味がサーフィンショップととてもあっているように思えた。
スーパーで売っている安いドリップコーヒーではないだろう。
ちゃんとカウンターに置いてあるコーヒーミルとドリッパーを使って作っている。
それでも道具を使い慣れてないのだろう。
このコーヒーが本来持っている風味が少し損なわれていた。
多分コーヒーを淹れる前にカップを温めてない。
だとしても思いやり、
気遣いみたいなのを感じた。
「おいしい」
ソソグは素直に感想をつぶやいた。
するとショウも満足げな顔を浮かべる。
多分このひとが淹れてくれたのだろう。
「そうか。
ところで、なんで海に落っこちたんだ?」
「えっと、その……」
(おもらししたから、
ごまかすために海に浸かったとは言えないし……)
ソソグは目をユラユラと泳がせた。
周囲にはサーフボードに、
ウェットスーツなどサーフィンの道具が並ぶ。
他にもアロハシャツ、帽子、サングラスなど
海で遊ぶのにちょうどよいものも置いてあった。
だがそこにはソソグの求める答えのヒントがない。
「海を見てたんだよね~。
引っ越してきたばかりだから珍しかったでしょ」
そこでナミの助け舟がやってきた。
ごくごく自然に、
当たり前のことを言うような口ぶりだ。
ソソグは何度もうなずく。
「あ、はい。そうです。
なんだか俺が思ってたのと雰囲気が違ってて」
「どんなふうにだ?」
「湘南ってすごいにぎやかな印象だったのに、
静かだったというか、落ち着いてて」
思わぬ深堀り質問だったが、
なんとか答えられた。
事実こういう印象を受けている。
「観光客はみんな江ノ島や大仏見に行くからな。
このへんはサーファーか写真家しかいなくて静かなもんさ。
思ってたのと違う湘南はまだまだあるから、
たくさん見ていくといい」
そんな答えでよかったのだろう。
ショウはニヤリとして答えた。
地元を自慢したいのかもしれない。
「それでおめぇ、
好きなものはあるか?」
「えっと、コーヒーです。
カフェ巡りの最中でして、
海沿いのカフェとかもあるって聞いてたんです」
「そうか」
ショウはなにかに納得したようにうなずいて立ち上がった。
「俺は仕事に戻る。また来いよ」
「えっ、はい」
ソソグはそんな返事しかできなかった。
「もう閉店時間過ぎてるから仕事なんてないのに~」
ナミはニヤニヤしながら
大きな父親の背中を見ていた。
「もしかして怒らせちゃった?」
ソソグは小声でナミに聞いた。
ナミはニコニコしたまま手を横に振る。
「逆ー。ソソグくん気に入られたんだよ」
「あれで?」
「うんうん、変なひとでしょ。
だから店の常連も変なひとばっかりなんだよ~」
バカにするような、
でも楽しいと思っているような口ぶりだ。
「それにコーヒーおいしいって言ってくれたの喜んでると思うよ」
「そうなのか?」
「そうだよー」
再確認してもナミは答えを変えなかった。
ソソグは自分を納得させるために、
コーヒーに口をつける。
まだまだおいしい。
#
「やべ、結構遅くなっちゃった。
そろそろ帰らないと」
コーヒーを飲み干してふと時計を見た。
時間は六時を回っている。
「そっか。また来てね」
「服返しに来るから、
言われなくても来るし」
「返さなくてもいいのにー」
「ナミ、俺の服だ。
だがあまり急がなくたっていいからな」
今まで奥で仕事をしていたのだろう。
店主が奥から出てきた。
ソソグはそれに気がつくと姿勢を正して、
ぺこりと礼をする。
「本当にありがとうございます。
コーヒーもおいしかったです」
「いいってことよ」
ぶっきらぼうな返事をされた。
だがナミに言われたからか、
なんとなく不器用なだけで
機嫌が悪いわけではないのだと感じ始める。
「さて、母さんにも海に落っこちたで通じるかな」
ソソグは外に出て、
着慣れない大きな服で自転車を漕ぎ始めた。
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