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4-4 オタク知識が役に立ち、ソソグはおもらしショックで今も元気なし

藤沢駅の近くにあるカラオケに

リイとテラダが向かい合って立っていた。

ふたりは文字通りばったりであったライバル。

その手には同じチラシが握られている。


「まったく、テラダっちと

 同じものにハマるとは……」


「それはこっちのセリフだ。

 リイの守備範囲には驚かされるよ」


一触触発、冷戦状態とも言える。

だがふたりは、ナミというベルリンの壁を挟んだおかげで

大きな戦争にならないでいた。

初めにリイは肩をすくめる。


「ナミっちと街で出会わなければ

 全面戦争だったっすよ」


「君は同担拒否どころか、

 同じ作品を好きになるのもダメなのかい?」


続けてテラダが肩をすくめた。

それから揃ってナミに目線を向ける。


「ナミちゃんもおふたりに会えてちょうどよかったんだ~」


「うん、こんなオタクどもに御用っすか?」


「なら、食事でもしながらどうだい?

 ナミちゃんがいてくれれば、

 リイと戦争せずに済みそうだ」


そう言って三人は同じカラオケルームへ。

またリイとテラダは同じメニューを注文し、

一曲も歌わずにいた。


「すごいなー。

 ふたりともこれが目当てなんだ~」


ずらりと並んだ料理や飲み物を見て

ナミは驚きの声を上げた。


色とりどりの料理が

まさかカラオケで出てくるとは

思っていなかったから。

これもコンテンツのちからなのかもしれない。


「遺憾ながら」

「それはこっちのセリフっす」


だがそんな宝物を取り合うようにふたりは言った。

同じものを注文したのだから、

こんなにピリピリする必要はないと思う。

のだがふたりにとってはこれも楽しいのだろう。


ナミはふたりのやりとりを、

煽り合いの大喜利をみているように見ていた。


「当然僕たちじゃ食べきれないから、

 ナミちゃんもどうぞ。僕たちのおごりだ」


「いただきまーす!」


テラダに言われて、

遠慮なくナミはストローに口をつけた。

コーヒーの苦味が、

ソソグの顔を思い出させる。


「それで、ナミちゃんは

 僕たちにどんな御用なんだい?」


「人生相談ならよろこんで答えるっすよ。

 まともな答えかどうかは保証できないっすけど」


リイの不安になる言葉が面白おかしくて

ナミは柔らかい笑みを浮かべた。

それからもう一度コーヒーに口をつけて、

相談を始める。


「ふたりはさ、なんか大恥かいたことある?」


「あるっすよ。

 ダダ滑りした自己紹介、

 オタクと一般人の意識の差、

 見せびらかしすぎた知識に、

 ドン引きされたゲームのプレイ時間。

 最近は恥とも思わなくなったっす」


リイは早速自分を笑いながら答えてくれた。

ナミは口元を緩ませながら、

テラダは目を細めながら聞いている。


「いや、リイはそれをトラウマにして恥じろ。

 どうして開き直ってるんだよ。普通逆だ」


「えー、あまりにありすぎると

 感覚麻痺しないっすか?」


「どれだけ恥をかいてきたんだ……」


テラダは魔法で感覚を共有されたように頭を抱えた。

話を聞いているだけで恥ずかしいらしい。

なのに当のリイはケロっとしている。


「だから最初から

『オタクですよ』

 って自己紹介できる格好をしてるっす」


と胸を張った。

ナミと違いとても大きい。


「頭をかかえるテラダさんも、

 やっぱり恥ずかしいことあります?」


「僕の大きな恥は体つきかな?

 最初はひょろひょろのオタクだったのは、

 ふたりも知ってると思う」


「あのときのテラダっちが

 帰ってきてほしいっす」


「お断りだね。

 アニメに影響されて

 サーフィンを始めようと思ったけど、

 周囲はガッチガチの体してるじゃん。


 当然そんな体じゃサーフィンなんてできなくて、

 周囲が笑ってるんじゃないかって思ったよ。


 オタク特有の被害妄想だね」


「それで体を鍛えたんだー」

ナミは関心したように相槌を打った。

それからテラダの体つきを見る。

とてもいい。


「そうそう。

 最近はネットで検索すれば、

 いくらでも筋トレの情報が出てきたよ。


 筋トレを題材にしたアニメもあれば、

 体を鍛えるゲームだってある。


 それに筋トレはレベル上げといっしょだから

 オタクにはそもそも向いてるのさ」


「なんであーしを見るっすか?」


「特に他意はないよ。

 そういうわけで僕はサーフィンできるようになって、

 周囲からバカにされることもなく、

 そんな気にもならない。

 むしろインテリ系サーファーとして

 名乗れるようになったわけ」


そして今度はテラダが胸を張った。

シャツの下にはひとに見せられる胸の筋肉。

だがそれにはリイが不服そうな目を向けている。


「な~にがインテリ系サーファーっすか。

 あんな派手なサーフボード使っちゃって、

 オタク丸出しじゃないっすか」


「遠征のときには人気なんだぞ。

 僕の『アヴァロン』と『プリドゥエン』は。

 宝具だしゲーム中でも大活躍なんだぞ」


「はいはい」

リイがあしらうように首を振った。

それから興味なさそうに青いジュースに口をつける。


「テラダさんは筋トレで恥を乗り越えて、

 リイちゃんは開き直っちゃった。

 じゃあ他に恥を乗り越える方法ってあると思う?」


ナミは身を乗り出してさらに聞いた。


ふたりのやりかたでは

ソソグに立ち直ってもらうのは難しい。

だからもっと違う方法、

あるいは先日父に聞いた考えを後押しするような

アイディアがほしかった。


テラダが両腕を組んで口を開く。


「そうだねぇ。

 難しい言葉を使うなら

『自己肯定感』を上げるのがいいんだよね。

筋トレも開き直りもこれだし」


「でも自己肯定感が低いオタクに、

 他の方法を思いつけるっすかね」


「なら他のひとの意見を思い出してみてくれ。

 ほら、リイは声優にユーチューバー、

 Vチューバーの配信を山のように見てるだろう?」


「そうっすね~。

 あ、そうだ、Vの委員長だ。

『友達がう○こ漏らしたのであれば自分も漏らすべきなんです』

 なんて言うんっすよ」


リイがケロッとそんなことを言った。

ナミはゲラゲラ笑うが、

テラダは再度頭を抱える。


ナミは『Vの委員長』が略されすぎてて、

誰なのかまったく想像できない。

それに、その言葉の意味もまだぼやけて分からない。

ふたりの話を笑って聞いていることにする。


「いやまずリイは

 その単語をストレートに言うことに恥を覚えろ」


「えー、男子はそれくらい言うじゃないっすかー」

「小学生か」


「つまりいっしょに恥をかけば

 怖くないってこと?」


ふたりのやりとりでゲラゲラ笑った後、

ナミは話をまとめた。

ふたりはうなずいてくれる。


「そうっすね」

「リイの表現はともかく、

 いっしょにいてあげる。

 寄り添う、共感するとかは、

 相手にとってとてもありがたいはずだ」


「なるほど。

 お父さんも同じようなこと言ってたから、

 そういうことなんだね」

とナミもうなずいた。

するとリイは人差し指を旗のように立てる。


「先日のことっすか?

 でもあーしは褐色ロリのおしっこなら飲んでみたいかも」


「ズゲズゲとその話題を掘り起こすな。

 あとシモネタはいい加減にしろ」


「ううん、ナミちゃんは大丈夫だけど。

 助けてあげられなかったって、ソソグくんが」


ナミは困った表情を見せた。

ここでソソグの名前を出すのは、

怪しまれるかもしれなかった。

だがリイもテラダも不審がらずに話を続けてくれる。


「ソソグくんは十分気を使ってくれたっすけどねー」


「あの状況なら、

 僕でもああするさ。

 ソソグくんが気に病むことはないと思うけどなぁ」


ふたりともここにはいないソソグを励ますように、

フォローするように言った。

あまり話をしすぎるとボロがでるかもしれないので、

ナミはこのくらいにして話をまとめて礼を言う。


「でもありがとうございました。

 よさそうな解決法が見つかりそう」


「それはよかったっす。

 オタクの知識が役に立って」

「役に立ったのは委員長だけどな」



「あら、今日はコーヒー飲まないのね」

夜、母ネルコにそんなことを言われて、

ソソグは体をビクリと震わせた。

恐る恐る母を見て答える。


「そういう気分じゃなくて」


とは言ったものの顔や声を

演じきれている気がしない。

もしかしたら、

なにかを怪しまれるかもしれない。

それならばもうちょっと明るい声で

答えるべきだった。


ソソグは自分の行動に後悔して目をそらした。

心配をよそに、

母は不思議そうに首を傾げる。


「ついでにわたしのも淹れてほしいって

 思ったんだけど」

「こんな時間に飲んだら寝れなくなるぞ」


「ソソグもそうでしょ。

 最近夜ふかし気味なの知ってるわよ」

「だから控えてるんだ。

 トイレ行く回数も増えるし」


ちょうどいい言い訳が

見つかったのでそう答えた。

事実でもあるので

演技の必要がないのは助かる。


「そうなのね。

 でもそれってただの体質なんだから、

 気にしなくていいのよ」


「いや、それでも最近は飲みすぎたな

 って思っただけだし」


母に言われて思わず顔をそらしてしまった。

あからさますぎたようで、

母も顔を覗き込んでくる。


「なにかあったの?」

「いや、なんも」


「本当に?

 新しい学校にバイトに

 いろいろあって大変なのね?


 わたしにできることは

 少ないかもしれないけど、

 話してくれていいんだからね」


母が優しく気を使ってくれた。

それでも顔を合わせづらいので

目線だけで母を見る。


(やけに聞いてくるな……。

 感づかれてる?

 洗濯物で気が付かれたか?


 いやそれなら

 もっと早く聞かれたっておかしくない。


 それとも実は気がついてて、

 知らないフリをしてるだけ?

 だったら違う言い方になるか)


考えるが、その間も

母はずっとソソグを見たままだった。

答えを待っているのだろうが、

「うん、ありがと」


ソソグにはこれだけしか言えなかった。

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