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4-3 おもらしの結果、コーヒー禁する。するとナミのサーフィンがうまくいかなくなる

「よかった~。

 来ないかと思っちゃった。


 昨日もすぐに帰っちゃったし、

 ちょっぴり心配だったんだよ?」


学校が終わって店にくるなり、

ナミにそんなことを言われた。

文字通り不安が晴れたような顔をしている。


「それはない。

 ちゃんとお給与もらってるわけだし」


ソソグはそっけなく返しながら

荷物をおいてエプロンをつけた。

するとナミがソソグの顔を覗き込んでくる。


「うん、真面目なのはとってもいいよ。

 でもね、自分の心に

 ウソつきすぎるのはよくないから、

 辛かったら休んでね」


「うん、ありがとうな」


ソソグは硬い顔ではあったが、

ちゃんとお礼を言うことができた。

それでもよかったのか、

ナミは噛みしめるように何度もうなずく。


「おじさんにはなんか聞かれたか?

 昨日その場にいたのに、

 だんまりだったから気になってるんだが……」


いつもどおりのナミに、

ソソグは気になっていたことを聞いた。

いつもどおりに振る舞ってくれてはいたが、

それがかえってソソグの罪悪感を煽る。


「なにも。

『男と女は体の構造が違うから、

 そういうこともあるだろう』って」


「そっか」

「心配されすぎちゃって、

 昨日はサーフィンの

 練習させてもらえなかったけどね」


残念そうに言いながら

ナミは舌をだした。

まるでイタズラに失敗したような口ぶりだ。


それを聞いてソソグは

眉をひそめた。

同時に目線も落ちる。


「ナミちゃんもそうだけど、

 本当に気にしてないからね」


するとナミは落ちた目線に

割り込むように入ってきた。

心配させまいと笑顔をみせてくれる。

もちろん作り笑顔ではなく、

いつもと同じ自然で子供らしい笑顔だ。


「だから俺が気にするって」

やや乱暴に言った。

それでもソソグは目線を合わせられない。


「よう、今日もご苦労さまだ」

奥からショウがやってきた。

ダルそうな足取りと、

凝ったのか自分の肩を叩いている。


「お疲れ様です」

ソソグはいつもどおりに

振る舞って挨拶をした。


ショウはソソグを

不思議そうに思わなかったようだ。

椅子に座って大きなため息をつく。


「頭を使う仕事は疲れる……。

 ソソグ、コーヒーもらえるか?」

「ナミちゃんもー」


「いいけど、

 俺は飲まない」

ソソグはそれだけ言ってから、

ふたり分のカップを用意し始めた。


「えっ!?」

ナミが甲高い声を上げた。

ソソグは目を細めつつ、

手を止めず、

顔を合わせずに聞く。


「そんな意外か?」


「コーヒー飲まないの?

 いつも店に来るなりすぐに淹れてたのに」


「しばらく、

 コーヒーはいいや」


「学校で飲んできたのか?」


さすがにこれは

不思議に思ったのか、

ショウも口をとがらせながら聞いた。


ソソグは表情を変えずに、

「いいえ、しばらく控えようかなって」

とコーヒーミルを回しながら答えた。


やや回すペースが早い。


「なんかあったのか?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど」


「先日買ったのが口に合わなかったのか?」

「そういうわけじゃないです」


「まあまあ、たまには

 そういう日もあるって。

 ナミちゃんだって

 日によって気分違うし。

 ほら今日は制服の上にエプロンなんだよ」


ナミはまるで

フォローするように間に入った。

エプロンをめくってスカートを見せる。


「そりゃ、俺が言ったからだろ」


「お父さんが言っても、

 ナミちゃんの気分と違ったら着なかったよ~」

そんな親子のやりとりを、

ソソグは黙って聞いていた。



バイトの時間が終わるなり、

ソソグはさっさと帰ろうとする。


「お先に失礼します」

「今日も見ていかないの?

 習慣だったのに」


ナミが不思議そうな声で呼び止めた。

立ちふさがるようにソソグの前にやってくる。


「いい。水の音聞いてると

 トイレ行きたくなるし」


「あ~、聞いたことあるよ。

 連想しちゃうんだよね?」


「そう。だからしばらくはいい」


それだけ言い残して、

ソソグはナミを

避けて店からでようとした。

ナミは呼び止めるように口を開く。


「でもナミちゃんは練習するよ。

 最近うまく行きそうだったし」


「うん、がんばって」

「気が向いたらあとで見に来てもいいからね」


「分かった」

それだけ言ってソソグは本当に家に帰った。



「キャッ!?」

ナミは黄色い声を上げて海に落ちた。

浅瀬に尻餅をついてため息とともにぼやく。


「うまくいかないなぁ」

今日はそんなぼやきに

反応してくれる男の子はいない。

砂浜を見てそれが分かるとまたため息をつく。


「見えてた『景色』が全然見えてこない」


流れていくボードを取りにいきながら考えた。

ソソグがいないことも含めて、

見えているものがぜんぜん違う。

普段見ているこの景色も、

味気ないものに感じ始める。


「やっぱりソソグくんがいないとダメみたい」


拾ったサーフボードが重たく感じた。

もう一度波に乗ろうとするが、

よいスープが見つからない。

もう一度誰もいない砂浜を見る。


「お姉ちゃんとか、

 お母さんぶってみるけど、

 ソソグくんに甘えてるのはナミちゃんかも」


そう言ってから海から離れた。


「あ~あ~、ソソグくんが

 元気になるいい方法ないかなぁ」


いつもソソグが見ている場所に立って、

海の方を見た。

一面に広がる相模湾。

左手には明かりがつき始める

鎌倉や逗子の町並み。

右手には夕焼けとシルエットになる江ノ島。


なんだか自分が中途半端なところにいる気がしてきた。


「じゃないとナミちゃんも憂鬱。

 このままだと丘サーファーになっちゃいそう」

ナミは砂浜に座りながら沈む夕日を眺めていた。


「こういうとき、男の子って

 どうしたら元気になるかなぁ……。


 映画とかだと、抱きしめたりキスしたり……。

 ソソグくんは恥ずかしがっちゃうから、

 多分違う方法がいいかな。


 男の子って難しい。

 もっとかんたんだと思ってたのに」


夕日はさらに沈み、

国道沿いに光りが見え始めた。

江ノ島の灯台も光を飛ばし始め、

今日も居場所を主張する。


「悩んでてもしょうがない!

 サーフィンうまくいかないときだって、

 ナミちゃんは足を止めなかった!

 まずは行動!」


ナミは早々に練習を切り上げて店に戻った。


「もう戻ってきたのか?」

すると父ショウが

意外そうな顔で出迎えてくれた。

ナミは苦笑いを向ける。


「うん、調子悪くて――」

「調子悪い!?

 熱でもあるのか?

 それとも体、内臓とか悪いとか?」


食い気味にショウが声を上げた。

ナミに駆け寄り、

その小さな肩を大きな手で持つ。


「そうじゃないって。

 最近うまく行きそうだったのに、

 また乗れなくなっちゃったってこと」


「そうか……」

それを聞いてショウは安心したが、

残念そうな顔になった。


ナミはバカにするような、

しょうがない父だと思っている顔を向ける。


「心配性だなーお父さん」


「そりゃ、ナミになんかあったら

 あいつにも申し訳ないし、

 昨日ちょっとしたトラブルもあったしな」


「いつも思ってくれてありがとう、お父さん」


ナミは嬉しくなって

満面の笑みを見せた。

ショウは照れくさそうに顔をそらす。

まるでソソグと同じリアクションだ。


「おう」

(そっか、お父さんは

 ソソグくんに似てるんだから、

 もしかしたら似たような経験あるかも)


そう感じるとナミは改まることなく、

世間話をするように口を開く。


「ならさ、話聞いてよ。大したことじゃないけど」


「いいぞ」

父の返事を聞いてナミは椅子に腰掛けた。拭いたばかりのテーブルに頬杖をつく。


「男の子ってさ、失敗して女の子に恥をかかせたらショック受けるのかな?」


「なんだ急に」

「ドラマの話~」


ナミはばれないように

マイペースな顔を見せて言った。

実際に自分のことではないので、

顔をつくるのもかんたん。


父は腕を組んで、

「そうだなぁ。

 女の子にというより、

 誰に恥をかかせてもショックだろうよ」

と男の子の顔になって言った。


やっぱりソソグみたいなリアクションだ。

それにナミは口元をニヨニヨと緩めながら話を続ける。


「どうしたら元気になってもらえるかな?」

「ドラマの話だよな?」


さすがに不自然に思ったのか聞き返してきた。

ナミは口ぶりを変えずに答える。


「ドラマの話だよー」


「こればかりは本人の問題だからな。

 もし当事者が『気にしてない』って

 言ってもダメだろ」


「うん、そんな展開になったところで終わった。

 解決する次の回まで待てないんだけど」


「よっぽどその役が気に入ってるのか?

 それと俳優が好きなのか?」


「どっちもー。

 すごいかわいいんだよ。

 若い頃のお父さんみたいで」


「なんだそれ……」

父は目を細めながら呆れたような口ぶりで言った。


(ほらこういうところが)

ナミは嬉しくなって笑顔を隠さずに見せる。

父はわざとらしく咳払いをして、

ナミの疑問に答える。


「荒治療だが、

 恥を上書きすると前のショックが消える」


「また違う恥をかくってこと?」


「それだとダメージが増えるだろう。

 だからいっしょに恥をかいてやるんだ。

 昔言われていた

『赤信号みんなで渡れば怖くない』みたいな」


「そんなこと言われてたの。

 昔ってすごい」


「赤信号を無視るのはダメだが、

 夜道なんかはひとりより大人数のほうが

 安心できるだろう?

 それといっしょだ」


「なるほどー。

 寄り添ってあげるってこと」


「それも相手と同じ目線でな。

 同じ高さにいることが相手に分からないと、

 ただの同情だって思われる。

 難しい話だがな」


「分かったー。

 ありがと、お父さん」

ナミはそう言ってシャワー室に駆けていった。


(同じ立場に立つ。

 いい方法がないか、

 他のひとにも聞いてみよう)

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