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3-3 欲しい物を買いに来たのはいいけど、デートではない

結局買うものが見つからず、

バイト代は手つかずのまま

口座に入って数日後。


「そうだ」

コーヒーミルを回している最中、

ソソグは手を止めて声を上げた。


「どうしたの急に」

「あった。俺のほしいもの」


「なになに聞かせて聞かせて~?」

ナミがずいずいと寄ってきた。

顔を近づけてソソグの言葉をねだってくる。


「うん? なんの話だい?」

そこにさらにテラダが興味を持ってやってきた。

さっきから仕事に集中できていないようだが、

いいのだろうかと思う。


「ソソグくんがね~、

 初めてのお給与で何買うか悩んでたんだってー」


ナミはそんなことも気にせずに勝手に答えた。

テラダも興味有りげにうなずく。


「ほうほう。

 それで今ティンと来たわけだ。

それで、ソソグくんはなにがほしいのかな?」


「これと――」

ソソグは手元にあった道具を指差した。続けて、

「これだ」

近場にあったもうひとつの道具を持ってきた。


「コーヒーミル?

 とドリッパー?

 持ってなかったの?」


「ああ。使い方は母さんのバイト先で覚えたけど、

 自分のは持ってなかった。

 だが、こうしてバイトでやってるなら、

 練習のためにも自分の買わないとって思ったんだ」


「なるほど。ソソグくんカッコいいじゃないか」


「そ、そんなすごいこと言ったわけじゃ」


テラダに褒められて、

ソソグは顔をそらした。

そんなふうに言われると照れくさく感じる。


「家でもコーヒー飲むけど、

 安っぽいドリップコーヒー

 ばっかりだったから。

 せっかくお金もあるならいいものをって思っただけ」


と照れ隠しにへりくだって続けた。

さらにコーヒーミルをゴリゴリ。

それでもテラダはうなずきながら、

褒め言葉のように続ける。


「うんうん、

 だんだんといいものに興味を持っていく。

 そうして造詣は深まっていくものだ。

 って僕は思うけどリイは

『オタク知識は造詣なんて偉そうな言葉使えないっす』

 っていいそうだな」


そう言ってからちらりと空いた席を見た。

今日はリイはいない。バイトらしい。


「それで~、どこで買うの?

 やっぱり通販?」


「できれば現物を見たいんだよなぁ。

 すぐに使いたいっていうのもあるし」


「明日僕がお店まで連れて行こうか?

 そのコーヒーミルを買ったお店を知ってるからね」


「いいんですか!?」

「ナミちゃんもついて行っていいですかー?」


「もちろんだよ。ナミちゃんもついておいで」

テラダは笑顔で答えてくれた。



後日、テラダの車で

買い物をすることになった。

もちろん待ち合わせ場所はこのお店だ。


「テラダさんの車初めて乗るかもー」

「そんなにいいものじゃないけどね」


駐車場に向かうと車が数台。

それぞれショウ、ミチオ、テラダのものだ。


テラダの車はあまり見ない車種だった。

もしかしたら外車なのだろう。

屋根にはサーフボードをつけるための

パーツがついてる。

今日は乗っていない。


「どうぞ」

車の中は意外とオタクグッズがあった。

バックミラーには

小さなぬいぐるみが吊り下がり、

後部座席には大きなぬいぐるみ。

変な顔をしているが、

こういうものなのだろうと思う。


「ああ、武蔵ちゃんが

 じゃまだったら助手席においていいよ」

「武蔵なのに女の子なんですね」

そうつぶやきながら『武蔵ちゃん』をテラダに渡した。


「僕の知ってる武蔵は女の子が多いのさ」

テラダは『武蔵ちゃん』の頭をなでてから

助手席に座らせた。

それからていねいにシートベルトをつける。


(武蔵ちゃんって、そんなにたくさんいるのか?

 ミチオさんの中では戦艦だし、

 テラダさんにとっては女の子だし。

 どうなって――)


「な、ナミさんっ!?

 こういうときはひとりは助手席じゃないのか?」


考えているといつの間にかナミが、

ソソグの隣に座っているのに気がついた。

ナミはとぼけたような顔で、

白々しい声を上げる。


「だって、助手席には

 武蔵ちゃんが座ってるでしょ~。

 だからナミちゃんはこっちかな~って」


テラダに気を使ったというより、

自分がソソグの隣がいい

と思っているような言い方だ。

どうしてか分からず、

いい切り返しも思いつかず困ってしまう。


「はっはっは、

 こうなったら僕は

 車を運転する機械だと思ってくれていい。


 僕のことは気にせずに

 ふたりでいちゃいちゃしなよ」


その様子にテラダは

面白そうに笑いながら

車のエンジンをかけた。


「よろしくおねがいします」

「よろしくおねがいしまーす」


「はいよ。安全運転で行くからね」


ソソグとナミの息のあったあいさつを聞いて、

テラダも意気揚々と車を動かし始めた。

車内に陽気なジャズがかかり始めた。

車は江ノ島方面へと走り出す。


「ごめんなさいテラダさーん。

 リイちゃんも呼べばよかったかなぁ?」


するとさっそく、

ナミがテラダを煽るように言った。

テラダは機嫌のいい表情のまま、


「それはダメだよ。

 そもそもあのひとはついてこないさ」


と本気で思ってそうな口ぶりで言った。

どちらかといえば、

ここにいないリイを

煽るような言い方かもしれない。


「そうかなぁ。

 ナミちゃんとソソグくんが

 いっしょにおでかけなんて聞いたら、

 ついてきそうなんだけど」


「なんでそう思うんだい?」


「リイさんって、

 人間観察好きなタイプだと思ったから」


「それはあたってるねー。

 でも僕がいるとノイズになるから

 って言うと思うよ」


「昨日もそうでしたけど

 本人がいなくても、

 そういうこと言うんですね」


「そういう仲だからねー。

 それに似た者同士だから思考も分かるし」


しばらくすると

道がだんだん混んでくるのが見えた。

この先には鎌倉高校前駅と踏切がある。


そこは右折や

写真を撮ろうとする観光客で混み合うのを

ソソグも知っていた。


今日もそんな感じで混んでいるのが

車の進み具合で分かる。


「ところで、

 お店ってどこにあるんです?」


「川崎だよ。

 電車で行けないこともないけど、

 ドライブがしたかったからね。

 ついでさ」


「ありがとうございます」

ソソグは素直にお礼をした。

テラダは大げさに手を振りながら言う。


「いやいや、

 僕もリイさんのこと言えなくてね。

 ふたりを観察していたいのさ」


「きゃーいやらしー。

 ソソグくんほどじゃないけど」


「なんだそれ」


「はっはっは、

 だから僕のことは気にせずイチャイチャして」

テラダが笑うとまた車が進みだした。



店を出て、

有料道路を走り一時間ほど。

川崎の街までやってきた。

テラダはなれたように、

駅の近くの駐車場に停める。


「キレイな場所~。

 ヨーロッパに来たみたい」


駅の南口、

商店街の真向かいに入っていくと、

そんな通りがあった。


足元はキレイに石畳が敷かれ、

様々な飲食店、喫茶店、コンビニなどが並ぶ。

さらに進んでいくと

噴水のある広場に出た。

ゲームセンターの入り口に商業施設、

映画の広告が見える。


「この辺は映画館にライブハウス、

 ゲーセンにアパレルショップと

 いろいろあるよ」


ソソグもナミも

口を丸くしながら周囲を見渡した。


「オタクなのによく知ってるなぁって思ったね」


「いえ、でも、リイさんなら言いそう」


ソソグは目を細めて、

リイの顔を思い浮かべた。

声やセリフまで想像できる。


「絶対言うね。

 ネタバラシをすると、

 好きなバンドがここを拠点にライブをしていたから、

 知っていただけさ。


 それと今ソソグくんが

 お店で使っているコーヒーミルは、

 僕がお店に寄贈したものだからね」


「そうだったんですね!

 ナミちゃんは、

 アニメファンから貰ったとしか聞いてなかった~」


「加えて言うと、

 対抗したリイさんが

 ドリッパーを寄贈したのさ。

 お店はここだよ」


テラダが商業施設の方へと足を動かした。

ナミは興味ありげにトテトテとついていく。


(なんかナミさんとテラダさんが

 デートしてるみたいだ)

 そう思ったソソグは顔をムスっとさせてついていった。


入ってすぐは美容室や

アクセサリーショップなどがある。


掃除の行き届いたキレイなフロアを歩くと、

コーヒーの匂いが漂ってきた。

古い映画で見たことがあるサイフォン式の道具が見える。


「おしゃれ~。

 使わなくてもインテリアにできそう」


ナミはそれを見るなり早速飛びついた。

サイフォン式コーヒーメーカー意外にも、

レトロなコーヒーミルや、

骨董品のようなカップも並ぶ。


「見ての通り、

 ここのお店だよ。

 ソソグくんはどういうのがほしいんだい?」


「うちのお店にあるのといっしょで、

 できれば手入れがかんたんなのがいいですね。

 俺ってけっこうめんどくさがるので」


「でもソソグくん、

 お店の道具、

 ちゃんと洗ったりしてるじゃん。

 めんどくさがってるようには見えないけどな~」


「丸洗いは何も考えずにできるから。

 それにバイトをいい加減にしたらダメだろ」


「まっじめー。

 いいこいいこー」


ナミはごきげんな声で言いながら背伸びをして、

ソソグの頭に手を伸ばした。


優しく頭を撫でられる。

そのせいでシャンプーの匂いが分かるほど

ナミとの距離も近い。


「そんなんじゃねーって。

 ていうかテラダさんもいる前でやめろよ」


「テラダさんがいなかったら、

 いいのかな~?」


「よくない」

ソソグはぶっきらぼうにナミの手を払った。


「も~、素直じゃないんだから~」

一瞬怒るかと思ったが、

ナミはソソグをからかうような笑顔のまま。

まるで息子の反抗期を喜ぶ母親のようだ。


そんな様子をテラダは腕を組んで見ていた。

さらに満足げにうなずいている。


「ったく……」

ソソグはそれだけ言って

コーヒーミルの並ぶコーナーに向き合った。


(さて、思った以上に種類がある。

 どれにするか)

考えながらひとつひとつコーヒーミルを見つめる。


(インテリアとして

見た目も考えるならレトロな感じなのがいい。

でもこれは丸洗いできないんだよなぁ。


母さんの仕事場にあったのも、

ナミさんの店にあったのも、

丸洗いできるやつ。


だったら同じようにできるのがいい。

手入れが楽だし、

いろいろな豆を試すならそれがいいか)


「これにしようかな」

ソソグが手にとったのは

黒いプラスチック製のコーヒーミルだ。

箱には丸洗いOKともかかれている。


「かっこいいー。

 ソソグくん職人さんみたい」


「そんなかっこいいもんじゃねーって。

 次はドリッパー探すぞ」


ナミの黄色い声に

ソソグはそっぽを向いた。

表情を隠すために箱を持ったまま、

次に行こうとする。


するとナミが隣に駆け寄ってきた。

デートみたいに自分の腕にしがみつきに来たのかと思ったが、

「持つよ」


そう言ってソソグの手からコーヒーミルの箱を取った。

「ありがとな」


重くはないしいいかなと思って、

素直に任せて礼を言った。

「ってなんで抱きかかえてるんだ?」


「ソソグくんとの子供なんだ」

頬を赤くしてそんなことを言い出した。

こころなしかコーヒーミルの箱を持つ腕も優しい。


「なに言ってるんだ?」

あまりに突拍子もない冗談にソソグは首を傾げた。


「あ、ソソグくんが

 赤ちゃんになりたかった?

 ごめんね気づかなくって」


「なに言ってるんだ?」

ソソグはわざと同じ言い方をして聞いた?


それでもなおナミはうっとりとしている。

さらに箱をなで始めた。

それを見たテラダは興味ありげに聞く。


「ドリッパーもあるから、年子かな?」

「うん、ソソグくんは子供何人ほしい?」


「少子高齢化も歯止めがきいてきたとはいえ、

 まだまだだからね。

 子供がいっぱいいるのはいいと思うよ」


「テラダさんも変なこと言わないでください」


ソソグは出る限りのでかいため息をついた。

それからドリッパーへと目を向ける。

こちらも様々な種類があった。

それでもソソグはパッと決められる。


「よしこれだ」

手にとったのはコーヒーミルと同じ、

黒くシックな印象を受けるドリッパー。


「おお、ミルとあったデザインしてるね」

「ソソグくんセンスあるー」


ナミもテラダもストレートに褒め言葉を口にしてくた。

ソソグは少しうつむきつつも口元を緩ませる。


「そんなに褒めるなって」


照れ隠しにそう言った。

それでも段々と素直に

嬉しさを見せられるようになってくる。

それでも落ち着かないので、

そそくさと会計に向かった。

ふたりともクスクスと笑いながらついてくる。


来る前におろしておいたお金で会計を済ませた。

コーヒーミルとドリッパー、

あとコーヒー豆を買っても

バイト代はまだまだ残っている。


それでもソソグにとっては

大きな買い物だった。

荷物がそこまで重くないこともあって、

ソソグの足取りは軽くなっていく。



「なんだかソソグくん嬉しそう」

「そ、そうか?」


「だって、おもちゃを

 買ってもらった子供みたいな目をしてるよ」


「男の子はみんなこんな感じさ。

 女の子が服とかアクセサリーとか買って喜ぶのと同じ」


「なるほどー」

ソソグが言い訳をする前に、

テラダに説明されてしまった。

それが違っていれば

言い返しもできたかもしれない。


だが、テラダの言っていることは正しかった。

ソソグはそっぽを向いてごまかす。


「でももうこんな時間だね」

「げっ!?

 俺ってそんなに迷ってたのか」


ナミが見ていた時計にソソグも目をやった。


今から帰ったら到着は

ナミたちの店の閉店時間。

思った以上に時間を食ったことに

驚きと申し訳無さを感じる。

「うん、すごい真剣だったよ」


「もしかしたら

 一生モノの買い物になるかもしれないんだ。

 じゃますることはできないさ」


それでもふたりは怒ったりすることはなかった。

許してくれるというより当然のように言ってくれる。


「お父さんに連絡するねー」


「ま、かっ飛ばすほどじゃないよ。

 コーヒーでも買ってから帰ろうか」

テラダはそう言って、コーヒーチェーン店を親指で指した。

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