3-1 常連のオタクに誘われて、大量の飯をごちそうされたりする
今日はお店が休みなので、
ソソグはカフェ巡りをすることにした。
午前中からやってきたのは藤沢の街。
鎌倉と違い観光地ではなく普通の街に見える。
何本もの電車が通っており人通りも多い気がした。
となればカフェの数も期待できる。
なのでソソグはごきげんに街を歩いていた。
すると正面から
秋葉原から迷い込んできたような人物がやってくる。
青いジーンズのオーバーオールに長袖シャツ。
トートバッグには魔法陣と呼ぶにふさわしい謎の模様。
靴も歩きやすいスニーカーでおしゃれっぽさはない。
そんな人物の心当たりはひとりしかない。
「おー、ソソグっちじゃないっすかー」
「リイさん、どうしてこんなところに?」
「オタクも『たまには』外にでるっすよー」
「めっちゃ強調するな」
「引きこもるのはオタクの特技っすから。
アイデンティティは守っていかないと」
そう言ってリイはなかなか大きな胸を張った。
「はぁ。それでそんな引きこもりが
わざわざ外に出るってことは、
なにかあるんだな」
「よくぞ聞いてくれました!
ここであったのも運命の女神モイラの思し召し!
ちょっと付き合ってほしいっす。
あ、恋愛的に『付き合って』じゃなくて
あーしの行きたい場所に、
ついてきてほしいってことっす。
カフェとお昼代わりに
食べ物飲み物ごちそうするっす」
「そんな間抜けな勘違いはしないって。
おごってもらえるなら、いいぜ」
「ありがとーっす。
こっちっすよ」
リイの後についていくと、
すぐに足が止まった。
目の前には雑居ビル。
一回は飲み屋で今は準備中なので
ここではないだろう。
飲み屋の隣の立て看板で目的地がすぐに分かる。
「なんでカラオケ?
リイさんのオタク仲間も来るとか?」
「いいえ、あーしひとりで
行くつもりだったっすよ」
そう言いながらエレベーターへ入った。
リイは調べるまでもなく
カラオケのある階のボタンを押す。
「ヒトカラか?
だがごちそうしてくれるって言ってたし」
「ソソグくん知らないっすかー?
カラオケって結構食べ物充実してるっすよー」
「だがそういうのって、
インドア派のリイさんみたいなひとと相性悪いんじゃ」
「残念ながらカラオケの会社の方から
エサが撒かれてしまったっす」
「エサって」
妙な言い方に首を傾げた。
そこでエレベーターは目的の回に着く。
「これを見るっす」
「コラボメニュー」
エレベーターを出てすぐそば。
ソソグは張ってあったポスターの文字を読んだ。
色とりどり、
キャラクターのイメージや
劇中にでてきたと想像できる
食べ物や飲み物が描かれている。
メニューといっしょに
小さくデフォルメ化された男の子や女の子が置かれてて、
とてもにぎやかな印象だ。
同時にリイが好きそうなものだというのが感じられた。
「そういうことっす。
ドリンクひとつでコースターランダム一枚、
料理一品でポストカードランダム一枚。
目標はもちろん全種コンプリートっすよ!」
「つまり、俺に食べ物飲み物の消化を手伝えと」
「高校生男子の胃袋当てにしてるっす!
あ、もちろんお金は全部あーしが出すっす。
その代わりグッズは全部あーしがもらうっすよ」
「どうぞ」
ソソグは呆れた声で答えると、
リイは早速受付に向かった。
指定された部屋に行くと、
リイは早速店内電話をかけだす。
まるでいい慣れたようにメニューの名前を読み上げ、
店員のいい間違えすらも訂正してるようだ。
「呪文かよ」
受話器をおいたリイにそんなことを言った。
バカにするような、
呆れたような口ぶりだったのだが、
「高速詠唱っすよ」
返ってきた言葉は意味が分からない言葉だった。
#
しばらくして部屋がノックされる。
店員が三人がかりで持ってきたのは大量の食べ物や飲み物。
テーブルに置かれるなりリイは、
メガネの奥の丸い目を秋葉原の町並みのように輝かせていた。
「ホントに全品頼んだとは」
ソソグはその光景を唖然として見ていた。
店員が部屋から出た後つぶやいた言葉はそれだけ。
それ以外に言葉が浮かばない。
「ん~、全種キレイにコンプリート、
かぶりなしとはいいっすね~」
さらにリイは
テーブルの隅に置かれた品に手を伸ばした。
手品に使うトランプのように
ポストカードとコースターを広げて、
嬉しそうに口を開いている。
興味が移ったと思ったソソグは箸を取る。
「んじゃいただき――」
「待って!
写真撮らせてほしいっす」
リイがマイク無しでも響く大声を上げた。
ソソグは割り箸を割った姿勢で固まる。
その間にリイが取り出したのは一眼レフカメラ。
「カメラまで持ってきてる。
カラオケの準備じゃねーな」
「いい感じっすね~。
こうして並べると圧巻の一言っす」
リイはテーブルの皿やコップを動かした。
さらに先程のポストカードやコースターを並べて写真を取り始める。
聞こえるのはカラオケ機械の声や音楽、
リイの興奮した声、
カメラのシャッター音ばかりだ。
さらにリイはバックから小さなフィギュアまで出して並べ始めた。
「まるで店の『祭壇』だな」
「おお、ソソグっちいい言葉を知ってるっすねー」
リイがカメラのファインダーから目を離さずに言う。
「ナミさんに教えられた。
オタクはそういう言葉を使うってな」
「うんうん、
ナミっちはやっぱり
『オタクに優しいギャル』っすね。
ネットだとそんなの幻想だっていうけど、
実在したんっすよ。
あ、飲み物は撮り終わったんでどうぞ。
青いのはあーしの推しなんで、それ以外で」
「はぁ……。
とりあえず黒いのコーヒーだな。
これもらうわ」
ソソグはため息をついてコップを手にとった。
缶コーヒーと同じ味がする。
#
「リイさんすげー幸せそう」
写真を取り終えて、
料理に手を付けるリイを
見てソソグはそう思った。
笑顔のリイの周囲には、
花が咲き乱れるような雰囲気が漂っている。
ソソグも思わず
口元が緩みそうだと感じるほどだ。
「そりゃそうっすよ。
あーしはオタク活動のために生きてるっすから」
そう答えて青いカレーを口に運んだ。
見た目はちょっとアレそうだが、
ちゃんとしたカレーのようだ。
スパイシーな匂いが漂う。
「強いなオタクって。
自分の生き様をそんなにはっきり言えるんだからな」
「いやいや、
趣味を取られると
もれなく餓死する儚い存在っすよ」
「でもこれだけ幸せで、
楽しそうならまったく死ぬ気がしないし。
羨ましいわ」
「ソソグっちは
楽しくないっすか?」
リイの何気ない言葉に、
ソソグは腕を組んで考え出した。
「楽しいと言っていいのか分からないな。
でも最近はバイトを始めたからか、
張り合いがでてきた」
「それはいいっすね。
あーしはバイトする前のソソグっちは
分からないっすけど、
今は楽しそうっていうのは感じるっすよ。
それってナミっちのおかげじゃないっすか?」
「いや、バイトのおかげだって」
「ホントっすかぁ?」
リイが目を細めて、
覗き込むように見てきた。
ソソグも目を細める。
「ナミさんは関係ないだろ」
「あんなに仲良くしてるのに~?
やっぱりナミっちと付き合ってるのではー?」
「付き合ってない」
「ホントでござるかぁ?」
「変な口調で聞いても答えは変わらないって」
「じゃあ、おふたりは
どういうふうに知り合ったっすか?」
リイが不思議そうに聞いてきた。
これも何気なく聞いてきたのだろう。
だがソソグとしては、
自身とナミの秘密につながる質問だ。
下手な答えをすればナミの秘密もバレる。
一旦冷静に、
コーヒーを口にして、
心を落ち着かせてから口を開く。
「えっと……。
俺が海に落っこちて、
ナミさんがそれを助けてくれた」
「なんで海なんかに?
聞こえないはずの声が聞こえてしまったとか?
例えば『あなたはそこにいますか』とか
『ソソグくん、どこ?』とか」
「そういうんじゃなくて、その……。
俺鎌倉に引っ越してきたばっかりで、
海が珍しかったというか」
ナミ以外のひとにはこう説明して納得されていた。
なのでイケると思ったが、リイの目は細いままだ。
「ホントぉ?」
「本当だって。
嘘ついてどうなるんだよ」
「他に隠したいことがあるから、
嘘をついてる場合もあるっすよ~」
ソソグの心臓が大きな音を立てた。
リイのメガネからビームでも出たのかと思うほどの衝撃。
ソソグはそれをなんとか体に力を入れてこらえる。
「あ、アニメだとそうなのかよ」
なんとか切り返そうと口を開いた。
リイはさらにメガネをかけ直し、
ソソグを見つめてくる。
メガネのレンズが光の反射で真っ白だ。
そして口元はにやり。
「そうっすよ~。
ソソグっちって、
素直になれなくて
ツンツンするタイプじゃないかって、
あーしは思ってるっす」
「どういう分析だよ」
「言ったままっすよ。
あーし、人間観察は好きっすから」
ソソグは体を固めたまま動けずにいた。
ここでヘタな動きを見せれば
また変なことを言われてしまいそうでうごけない。
悔しいがだいたいあっている。
ここはどう逃げたものかと考えていると、
下半身から緊急離脱サインが脳に伝わった。
普段は困っている体質がここでは役に立つ。
「と、トイレ行ってくる」
「戦略的撤退っすねー」
さすがにお手洗いに行くのは止めなかった。
#
部屋に戻ってくるなり、
リイがニヤニヤとした表情で見てくる。
「おかえりー。
すっきりしたっすか?」
「ナミさんと同じこというな」
そうツッコミを入れながら再度スプーンを手に取った。
食べ物飲み物はまだまだある。
「じゃあ、あーしは言うのやめるっす。
おふたりのじゃましちゃいけないっすからね」
「なんだそれ。
ってかリイさんこそ、
テラダさんと付き合ってるとかねーの?」
「ないっすよ」
「あっさり答えたな」
ソソグは残念そうに顔をしかめた。
自分のようにキョドったり、
テンパったりするのを期待していたのに、
思ったようにはいかない。
「そりゃ~、
ソソグっちと違って嘘はついてないし、
隠し事もないっすから。
オープンオタクっすよあーしは」
「そんなオタク同士で、
あんなに仲いいのにか?」
「仲良しだからって、
恋人関係になれるかは別っすよ」
「それはたしかにな」
学校でそういう話はたくさん聞いていた。
男女では思考回路が違いすぎるのをソソグも理解している。
それでもリイの考えはまったく分からないが。
「多分あーしとテラダっちが付き合っても、
お互いがお互い自分のことばかりですぐ分かれちゃうっす。
それが分かってるから付き合ったりしないし、
今のプロレスがちょうどいいんっす」
悟ったような言い方をして、
リイはひとつ皿を空にした。
「そういうもんなのか」
「そういうもんなんっす」
「オタクって分からねー」
ソソグは顔をしかめながらお手上げのポーズをした。
リイは自虐するような笑みを浮かべる。
「大丈夫っす。
オタク自身も分かってないっすから」
「じゃあリイさんは、
他に良さそうな男がいたら付き合いたいって思うか?」
「ん~、それも考えるかもしれないっすね。
今は焦って相手を探す必要もないし、
縁があれば勝手に近づいていくって思ってるっす」
リイはそう言って、
すまし顔で黒胡椒のかかるポテトに手を伸ばした。
ソソグはその動きや表情を見ながら考える。
(くやしい。なんかねーか?
悟ったオタクだからと言って無敵ってわけじゃないはずだ。
スターを取っても崖に落ちればミスだってことは、
俺でも知ってる。
リイさんも同じはず……)
「ソソグっち、
あーしからボロを出そうとしてるっすか?」
視線に気がついたのか、
リイは口元を緩ませながら聞いてきた。
「そ、そういうわけじゃ」
「それとも、
ナミっちとうまくいくような方法でも
探してるっすか?」
「それはない。
なんというか、
向こうからかまってくる」
「おお、見せつけてくれるっすね」
「お、俺のことはいいから!」
「よくないっすよ~。
ナミっちとどんなこと話してるか、
聞かせてほしいっすよ~」
「どうって、ナミさんとサーフィンの話とか」
「ほうほう」
(しまった地雷踏んだか?)
またも口元をニヤリとさせたリイが
こちらを見てきた。
ソソグは光るメガネを見つめながら、
ミスったことを感じ首を引く。
「それでソソグっちはどう感じたっすか?」
「えっと、ナミさん、
俺といっこしか違わないのにすごくって。
初めてサーフィンのウェットスーツだったかな?を
買いに来たお客さんに分かりやすくて、
ていねいな接客してて。
それがすげーなって思ったんだ」
ソソグが変なことを話さないよう、
言葉を探しながら言った。
リイはそれをただただ見ているだけ。
「なんだよ?」
「続けるっす」
「ナミさんの話を聞いてると
やっぱり将来は店を継ぐって言ってるんだ。
歳の近い女の子が
もう将来のこと考えてるって思うと、
俺もちょっと考えないとなって、感じた」
「いい子っすね~。
ソソグっちも、ナミっちも」
リイは微笑ましいものを見ている口ぶりで言った。
まるで社会人経験が豊富な大人が、
将来のことに悩んでいる学生を見ているような目だ。
ソソグはその目を不思議に思いながらも、
アドバイスや考えるネタを求める。
「リイさんは今大学生だろう?
目標とか、将来のこととか考えてるのか?」
「なにもないっす」
「は?」
ソソグの口があんぐりと開いたままになった。
リイは当たり前のことを話すように続ける。
「何も考えてないっす。
将来どうしたいとか、
なんの仕事就きたいとか」
「じゃあ、なんで大学行ったんだ?
目的とかあるんだろう?」
「そうっすね。
強いて言えば目的を探すのが
目的かもしれないっす。
このまま社会人になっても
しょうがないって思ったっすから」
ソソグは半開きの口を動かせずにいた。
リイは特に気にせずにポテトをつまむ。
自分も将来のことはなにも考えてなかったが、
それ以上に考えてないひとがいたとは思わなかった。
進学する前だってみんな、
あれこれと考えていたはず。
ソソグはそのときのことを思い出しながらリイを見つめる。
「あーしのことを活かせる仕事とか
あればいいんっすけどねー」
リイはソファーに寄りかかって、
だるそうな声で言った。
文字にすると、
大してほしくない彼氏をねだっている女子高生みたいな
セリフだ。
だが口ぶりは
『自分にはできることがない』
と言いたげな自虐を感じる。
ソソグはなんだか、
同情するような、
かわいそうだと思ったような気分になった。
少し言葉を探してからフォローする。
「あるんじゃないか?
こんな俺が働けるバイトがあったんだから」
「そうっすね。
やっぱり将来有望な少年は
言うことが違うっすね」
リイは嬉しそうに笑ってくれた。
同時にその目は羨ましいものを見ているようだ。
続けて、
「だけど、将来有望な若者が
『こんな俺』なんて言うもんじゃないっす。
そういうのはあーしたちオタクだけで十分っすよ」
まるで諭すような口ぶりで言った。
#
たくさんの皿とコップを空にすると
時間は十三時を過ぎていた。
それでいてとてもお腹が膨れている。
このあとカフェ巡りは難しいかもしれない。
ソソグがどうしようかと考えると、
「それじゃあーしは別の用事があるのでこれで」
リイが駅とは逆方向を向いた。
「今日はごちそうさまでした」
ソソグはそれなりに礼儀正しいお礼をした。
見た目やコンセプトはどうあれ、
おいしいものをもらったからだ。
ソソグの気持ちも胃袋もかなり満足している。
「いえいえ、あーしは
ただの『推し事』をしただけっすから」
「多分その言葉も俺の知ってる
『お仕事』と意味が違うんだろうな」
ニュアンスからそんなことを思い苦笑いした。
察してくれたことが嬉しかったのか
リイもにっこりと笑ってくれる。
「今からなにするんだ?」
「バイトっすよ」
「どこでバイトしてるんだ?」
「アニメショップっす」
ソソグは目を細めた。
「……それさ、
リイさんの知識活かせる仕事できてるじゃねーか」
「そんなことないっすよー。
ではまたー」
リイはあれだけ食べたのに
スキップするような足取りで歩き出した。
ソソグは上機嫌な後ろ姿を呆然と見つめる。
「『餅は餅屋』って言うんだっけ?
詳しいひとが専門職についたほうががいいっていうの」
いつの間にかリイが
ひとに紛れて見えなくなったところで
そうつぶやいた。
「ナミさんはサーフィンできなくても詳しいし、
リイさんもなんだかんだ知識を活かせる仕事してる。
俺もいくらコーヒー淹れられるからって、
仕事にするには詳しくないからなぁ」
そう考えながら、
リイの歩いた方向とは逆に歩き始めた。
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