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2-3 ソソグの母、襲来

「ソソグ、バイトはどう?」

食事中に母にそんなことを聞かれた。

ソソグは少しどきりとしたが、

素直に話す。


仕事の内容、

どういう雰囲気か、

どんなひとがいるのかなど。


困っていることは特にないとこれも素直に話した。


だが、ここでバイトをする

本当のきっかけと、

ナミの練習については話していない。

バイトのあとは

ただナミと話をしているだけだと説明する。


「そう、うまくいってるのね」


母は穏やかな笑みを浮かべてうなずいた。

安心したような、

嬉しそうな様子だ。

ソソグも母のリアクションにうなずく。

「ああ」


「でもいきなりバイトを

 始めることになったなんて、

 びっくりしちゃったわ。

 そのきっかけが海に落ちて

 女の子に助けられたからなんて、

 ドラマみたい」


「そ、そうだな」

そこを指摘されて、

少し戸惑った返事をしてしまった。

ごまかすために白米を口にかき込む。


(海水に浸ったとはいえ、

 おしっこの匂いが残ってるかも

 しれないなんて思ったけど、

 大丈夫だったし――)


確認のために母の表情を見た。

ソソグの出来事をドラマと表現したからか、

息抜きにドラマを見ているのと同じ表情をしている。


(母さんにも怪しまれてないな、うん)


それを確認してから

もう一度向き合った。

すると母はそのままの表情で口を開く。


「わたし、

 バイト先見てみたいわ」


「サーフィンショップだぜ?

 母さんの思ってるような

 きっちりした場所じゃないし」


「そうよ。

 せっかく鎌倉に引っ越してきたんだし、

 らしいものも見てみたいわ。

 それになによりもソソグのバイト先だもの。

 興味あるわ」


『興味がある』と言われて、

ソソグはなんだか照れくさく感じた。

そっぽを向いて、

左手で頬を掻く。


「分かった」

嬉しかったからか、

店主たちに確認もせずにOKをだしてしまった。

すると母も嬉しそうな穏やかな笑みになる。


「明日はちょうど仕事が早く終わるの。

 だからソソグが学校終わって、

 そのちょっとあとくらいかしら。

 お店のお伺いするわ」


「店主たちに伝えておく」

「よろしくね」



学校が終わって

今日もバイトにやってきた。

さっそく昨晩のことをショウに話す。


「というわけで、

 母が今日来るって言ったんですけど」


「マジか!?」

するとショウは聞いたことがない

大声を上げた。


「なんで店主が驚くんです?」


「いやだって、

 そんな急に言われても、

 準備しないと」


そう言いながら慌てた様子を見せ始めてバタバタと動き出した。


「ただいまー」

そこにナミが学校から帰ってきた。

まじまじと見てしまう。


(そいえばナミさんの制服姿初めて見た。

 違う学校だから新鮮だ)


ナミの通う高校は一般的なセーラー服のようだ。

襟は水色でとても爽やかな印象を受ける。

スカートも同じ水色。

夏は着てても見てても涼しいだろう。


さらに明るい色のセーラー服は

ナミの褐色肌をより強調させる。

それがとてもまぶしい。


そんなセーラー服を

ナミは少し着崩していた。

スカートはギリギリまで短く、

えりもなんだか短い。

そのせいか、

下着の色が少し見えてしまう。


だがジロジロと見てたことが視線でバレた。

不思議そうな顔のナミが、

ソソグのいるカウンターに目を向ける。

ソソグはすぐに目をそらして言い訳を考えていると、


「ナミ、俺のスーツどこやったっけ?」


ショウが大きな声を出しながら

今度は家の方へと入っていった。

ソソグの視線以上に不思議な動きをする父親に、

ナミがついていく。


「なんでスーツ?

 『アロハシャツがサーフィンショップのビジネススーツだ!』

 なんて前に言ってたじゃない?

 そんなにすごいお客さん来るの?」


「誰って、ソソグのお母様が

 いらっしゃるっていうんだ!

 アロハシャツはこの業界だから通じるんだよ!

 ここでスーツを着てなかったら、

 ただのちゃらんぽらんなヤツだと

 思われるかもしれないだろ!」


「そうかなぁ」

「別に母はそんなこと気にしないと思いますけどー」


ソソグも奥に入っていったショウに大声で言った。

だがショウは戻ってこない。

奥でバタバタとなにかをしている。


「いやいや、

 ソソグの印象にも関わる。

 もしここでかっこ悪いところ見せたら、

 やっぱソソグここでバイトするなとか

 言われそうな気がするんだって」


あっという間にスーツに着替えたかと思うと、

今度はカウンターの整頓を始めた。


「本当にそうなったら困りますけど、

 母は見た目でひとを判断しませんよ」


「それでも俺は

『服装の乱れは心の乱れ』

 なんて言われてた時代に生まれたんだ。

 もしかしたらお母様も

 そのお考えを持っているかもしれない。

 それでいて

『部屋の乱れは心の乱れ』

 なんて言葉が生まれちまったんだ。

 ここらへんも良くしないと」


「ソソグくんが来てから

 洗い場とかコーヒーの道具はキレイだよ?」


「そうだな。さすがだぜ。

 だがナミ、おめぇも水着じゃなくて

 違うの着ろ。

 布がちゃんとついてるやつ」


「はいはい。

 暑いから水着がいいんだけど」


ナミはそう言いながら

だるそうにカウンターへ。

わざとらしく手をパタパタさせる。


「暑いって、まだ四月じゃん」


「十分暑いって~。

 ソソグくんは、

 おしっこ行きたくて震えてるから

 大丈夫なんじゃないの?」


「なんだそれ。

 それとトイレは学校で行ってきてるからな」


ソソグは生意気な口ぶりで言い返した。

それでもナミはじーっとソソグを見ながら、

少し崩れた制服を直す。

それからその上にエプロンをつけた。

いつもより露出が少ない。

それでいて雰囲気も違う。

まさに学生のアルバイト感がとても伝わった。


「よし、いいな」

「こんにちは」

ショウがカウンターをキレイに

整えて満足したところで、

ちょうど鈴がなった。


今日の母は少しビッチシとした格好だった。

制服のような白いワイシャツに、

赤いブレザーを羽織る。

下はシワが見えないタイトスカート。

靴もヒール。

このまま東京のオフィスに放り込んでも

違和感がなさそうだ。


唯一遊びを感じるのはネクタイ。

パンの柄が母親ながらかわいらしいと思う。


「ソソグの母、ネルコです」

「店主のショウです」


そんな母に対してショウは、

背中にサーフボードを巻きつけたように

背筋を伸ばしていた。

例えような方法で、

強引に伸ばしていると言ったほうが

正しいかもしれない。

それでいて堅苦しい動きをしている。


「娘のナミです。

 いらっしゃいませ」


ナミはというと初来店のお客さんに対するのと

同じような様子だ。

ソソグの母親と知ってるから、

お客よりかはリラックスしているように見える。


「いつも息子がお世話になっております」


母はこねているパン生地のような柔らかさで、

とてもていねいな礼をした。


「別に来なくたっていいのに……」


ソソグはなんだか照れくさくなって、

そんなことを言ってしまった。

カウンターに頬杖をついて横目で母を見る。


「まーまー、

 おばさんはソソグくんのことが心配なんだよ」


なにか言われるかと思ったが

それよりさきにナミが口を出した。

母もそれがあたってたようでクスクスと笑う。


「ソソグ――くんが来てくれて助かってます、

 はい。どうぞ、座ってください」


そう言ってショウは、

昔のSF映画のロボットのような動きで椅子を引いた。


(店主ガチガチじゃねーか!)

とは思ったがここは店主の名誉のため。

口に出さないでおく。


「こ、コーヒー淹れましょうか」


「いえいえ、おかまいな

――いえ、ソソグにお願いしたいです」


「俺にか?」

ソソグは頬杖から顎を上げて声を上げた。

ネルコは気にせず穏やかな笑みを見せる。


「ええ、ソソグの仕事ぶりを見てみたいの」


「がんばって。

 かっこいいところ見せるチャンスだよ」


「おい、ナミ」

「いいですよ。明るい娘さんですね」


「えへへ、ありがとうございます」

ナミはいつもどおりの口ぶりとともに

ペコリと頭を下げた。


「分かった。

 まず母と店主の分ですね」

ため息交じりに言いながら、

ソソグはコーヒーの準備を始めた。


まずは電気ケトルに水を入れてお湯を用意する。

そばに用意してもらった温度計を起き、

さらにカップを並べる。


それから少なくなってきた豆をコーヒーミルに入れて、

ゴリゴリと回し始めた。

常に同じスピードになるように、

ゴリゴリゴリと。


回している間にお湯が沸くと、

まずは用意したカップに入れる。

カップを温めて置くためだ。


それから最近用意してもらったドリップポットにお湯を注ぐ。

入れるだけでだいたい九十度近くになるが温度計で確認。

九十七度。もう少し冷ましたほうがいい。


待っている間にコーヒーミルを

回して豆が挽き終わる。

カップも温まった。

さらにドリップポットに指した温度計も九十度だ。


カップのお湯を捨てて、

その上にドリッパーを置いた。

フィルターを置いてその上に挽いた豆を入れる。


ドリップポットからお湯を注いた。

店内にコーヒーの香りが漂い始める。


「真剣な表情ね」

「はい。とてもいいと思います」


その匂いで、

ようやくショウも

肩の力を抜いて話すことができたようだ。


ソソグは自然とお盆をとり、

コーヒーをふたりのもとに運ぶ。

ナミはなぜか見てるだけだった。

表情もなぜかソソグを見守るような、

自分が親か姉だと言いたげな笑みを浮かべてる。


それ以上にどうして自分が

自然にここまでしたのか分からない。

ナミに声をかければよかったのに、

運ぶまですべて自分でやった。


疑問に気がついたのは

ふたりのもとにコーヒーを置いて、

カウンターに戻ったとき。


(まあ、いいか)

そう思ってふたりがコーヒーを

味わうのを黙って見ていた。


母は見たこともないような

うっとりとした表情を見せる。


「おいしい……。

 ソソグって、こんなに上手に

 コーヒー淹れられたのね」


「ま、まあ、このお店に

 いい道具と良い豆があるからな」


ソソグはなんだか照れくさくなり、

そっぽを向いて言い訳。

その先にはニヤニヤしたナミの笑み。


「ソソグくん、うれしそうー。かわいいー」

「からかうなって」


それから反対方向に顔を向けながら言った。

見えるのはナミの家の入口。

いつもお手洗いに駆け込んでる方向だ。


ソソグとナミのやりとりを見て、

母もクスクスと笑う。


「仲良さそうね。

 引っ越してすぐに

 仲のいい友達ができてよかったわ」

「あ、うん」


「女手一つで育てて、

 仕事のせいで高校から鎌倉へ。

 それでバイトを始めるなんていい出して。

 ソソグがちゃんと新しい生活に馴染めるかと

 心配でしたが、

 大丈夫そうですね」


それから母はなにも言わず、

何も聞かず、

目をつぶってコーヒーを味わった。

店内を見ているのではなく、

雰囲気を楽しんでいるような表情。


「ごちそうさまでした。

 お店のこと、よくわかりました」


コーヒーを飲み終えると

母は満足したように席を立った。


「も、もうよろしいので?

 バイトのこととか契約の話とか聞かないんですか?」


ソソグが聞く前に、

ショウが驚いた口ぶりで聞いた。

そういうことを聞かれると思っていたのだろう。


母は微笑ましいものを見ているような表情で答える。


「ええ。このコーヒーを頂いただけで、

 よくわかりましたから。

 あと店主さん、

 サーフィンのお店なんですから、

 そんなかしこまった格好で

 ご対応してくださらなくてもよかったんですよ」


「あ、そうですかね」

言われてショウは乾いた笑みを浮かべた。

困ったように手で後頭をボリボリかく。


「ソソグのことをよろしくおねがいします」


お読みくださいましてありがとうございます。

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雨竜三斗ツイッター:https://twitter.com/ryu3to

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