野獣の眼
バトル継続です。
雨の公園でずぶ濡れになりながら結月は思った。
リアルに死ぬ。
今まで生きてきて考えたこともない。
そりゃあ、幼稚園の頃に好きになった男の子に酷い事言われて、死にたくなった事はあるけどさ。そんな事を考えている間も、トカゲは執拗に私を見据えている。
結月は、目の前のクリーチャーを倒さないと死ぬとイブに言われ、背筋が凍り付いたように寒くなり武者震いをする。文句を唱えながらも置かれている状況を理解した優月は、瞬き一つでクリーチャーの攻撃をもらうと考えていた。逃げて背中を見せても同じく終わりだと。
――こんな、非現実的状況なのに結月はなぜ冷静にいられるのだろう? 彼女の握る剣の意志か、それとも彼女自身がもって生まれた心を鍛えた結果なのか。それとも別の何かか、この時の結月はまだ解っていない。
――どうすればいいの。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
手詰まりの中、必死に唱える結月。
冷静だ。冷静だ。冷静だ。冷静だ。――私は、冷静だ!
――『 You can do it 』
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びを上げて結月は走り出した。
ぬかるんだ地面を蹴り飛ばして、前傾姿勢で敵に一気に駆け出した。
結月は雨に濡れた白い制服が張り裂けんばかりに、しなやかな体を躍動させる。
クリーチャーも様子を察して、その身をよじりながら走り出す。
『 Bite to kill 』
結月の動作をすでに把握していたクリチャーのA/AIが思考している。
結月は、その若い体のパワーを思い存分に解き放つ。
走るスピードが加速する。
20m以上あった敵との距離が一気に縮まる。
その早さは、尋常なものではなかった。
肉食獣が、獲物を捉えるそれだ。
肩に担いでいる星剣が、冷たい金属の色から赤黒く発光。
「 死いいいねえぇぇぇぇぇぇぇ――――――!」
ユズキが叫び、クリーチャーは大口を開け、両者が至近距離で接敵。
――結月が走り出してからこの間、僅か3秒。
結月は半歩左に飛び、肩に担いだ星剣を無表情にクリーチャーの口元へ一閃。
その時の結月の目は、暗闇で瞳孔が開いた獲物を仕留める野獣の眼だった。
結月の後ろにいたイブが、ニヤリと口元をゆがめて笑う。
シャ――――ア――――――――ン!
大した手ごたえはない。
でも斬り裂いた。
――感覚が手に伝わる。
ザサッ ドサッ ドサッ
後ろを振り返ると、クリチャーが口から水平に真っ二つに裂けて横たわっていた。
バチッ! ジジジッ! パチパチッ!
生物の臓器以外にメタリックに光るものが見え隠れし、それが電気的なショートを起こしているようだ。また切断された切り口は、鋭く、そして赤く焼け焦げている。
――自分でも目を見張る光景だった。
さっきまで、あんなに苦戦したクリチャーが動作を停止した。先ほどのバトルが嘘のように静まり、ザーザーと雨の降る音だけが私の耳に入ってくる。
「うっ・はあはあはあはあはあ」私は大きく肩で呼吸を再開した。
「痛っ!」無意識に体を酷使したためか、あちらこちらが痛み膝をつく。
「生きてる私。斬った」
――どうやったのか、よく解んないけど勝手に体が動いた。私は、ほっと安堵しながら地面に落とした星剣を拾い、サイバーパンクを睨みつける。雨水が顔にしたたっているが、目は閉じない。
――私を勝手にこんな事に巻き込んだ、イブは何者なの。クリエイターなんて絶対に嘘だ。
「ねえ、あなたは一体何者なの……」
「僕の事。君、神野結月は知らないんだ」
イブの言葉はこの時意味不明に思えて、私は全く理解できなかった。
返す言葉も見当たらず視線を遠くに向けてみると、ここは私の知らない公園で、見下ろした遠くには火の手が上がる街並みと港が見えている。湾岸一帯に黒煙を上げながら燃え盛る景色が陽炎の様にも思えて、次第と張り詰めていた気持ちが途切れていく。
疲れた……。
手元にあったはずのあの剣も、いつの間にか消えていた。もっとイブから聞き出さないといけない事が山ほどあるのに……。
私は気持ちも体も疲れてへとへとだった。助かった安心感からか緊張もとけて、再び膝をつき、そのまま倒れこんでしまう。思考がだんだんできなくなって、雨で濡れた地面は冷たいけど、ひんやりとして火照った私の体には心地よく感じられる。そして自分の意識が、次第と遠のいて行く事を感じていた。
……ああ、こんな時に……また。
子供の頃から、深く寝入る際に同じ夢を見る事が多かった。今もそうだ、意識を失いながら、またかと思う。
夢で私は、空を飛ぶ、自由に羽ばたき飛び交う。
空はいつも自由になれる。
よく見る夢の内容はいつもこんな感じ……だ。
降り続く雨の中、気を失い倒れた結月にそっと近づいたイブの顔は微笑んでいた。
何とか、クリーチャーを葬った結月。気を失い、倒れた彼女が目を覚ました場所は。
次回;「揺れるカーテン}




