Intentional mitochondrial breaks
私、神野結月の体内に定着したナノマシン、いえ住むと言った方が正しいニュアンスなのかも知れません。このナノマシン、意志あるミトコンドリア改〝Intentional mitochondrial breaks〟略称IMB。
ミトコンドリア、あまり聞きなれない名称でした。動物が進化の過程においてエネルギー代謝の為に取り込んだ真核生物。自分の細胞内のおよそ4割を占め、総重量は体重の10%に及ぶそうです。身長162cm、体重49,3kgの私だと5kgぐらいか。
このIMBは、ひとつの体細胞内でエネルギーの放出や貯蔵、必要な物質の代謝を行うや生命活動を支える元となる平均300個(脳内細胞は数千個)ほどのミトコンドリアと同様に細胞内で共生関係を体内で築き、主としてミトコンドリア内のマトリックス空間でアデノシン三リン酸(略称ATP)エネルギー物質作成や電子伝達、筋肉への関与を行っているとのことでした。
まず、脳細胞内のナノマシンがネットワークを形成しMotherと連動する事でカリズムアイを起動し、さらに私の脳神経へと様々な画像や音声情報をフィードッバック。これらの様々な情報は体内ネットワークにも送られ、先ほどの火野さんとの対決時や初めて星剣を用いてクリーチャーと戦った際に私の体の各細胞組織を活性化して、筋肉の反射速度やパワー増加などを実行して身体能力を向上。
また先日、病院で襲撃を受けた際に他のナノマシンが私の体内に混入され、その殲滅に白血球内のIMBが司令塔としてあり、外部制御の元に免疫細胞の白血球数をおよそ10倍の1000億個まで増やして処理に当たったとの事。
さらに通常のナノマシンとの大きな違いはDNAを持つため、ミトコンドリアとの共生関係によりエネルギーを得る事ができ、その動作を停止する前に何世代かは自己増殖をする事も可能だとの事。このナノマシン、IMBのサイズは直径は0.5 μm、体内での数は約37兆2000億個、総重量およそ12,5gと驚異の数字。
私が初めてイブに会った際に車で飲んだ紅茶。これにミルクカップ一つ程の液体に含まれていたIMB。これで十分だったらしい。しかも正式運用は私が最初で、遺伝子学的にこの新型ナノマシンと適合できる者は、ごくごく稀だとも言われた。
レアメタルを材料とした、メカマイクロナノ工学、遺伝子工学の融合、極小バイオメタルと呼ぶにふさわしい産物。それがIMBの正体。日本の秘匿技術の粋を集めたものだと。
正直、こんな説明は信じたくはなかったし、なぜ私なんだと思った。それにこんな事に巻き込まれている自分は本当に何なんだろう。
「火野さん、いえ海佐……。わたしは……、私は……モルモットみたいですね」
「そうだな。そうかも知れんな。……これを聞いた今、どうする結月」
「まだ、Motherの事を聞けていませんし、それにどうするって……。そんなの……わからないです。直ぐに答えなんて出る訳ないですよ」
「あっ、そうだったなMotherを紹介するとだな、最新鋭の重量子コンピューターで、ここのメインAIだよ。ここの全てを管理統括している私達にとって母親的存在さ。それで私としては、君の意志で色々と協力して欲しいんだが」
「何にですか? 何に協力ですか? 国ですか? よく判らない脅威への対抗手段としてですか? 異能力を得てナノマシンまで与えられた私は、もう普通の人間じゃないからですか!?」
なんとなく判ってはいたけど、あまりに非日常な現実を突きつけられて、ショックだったし憤りでイライラもする。そんな私に三枝さんが話しかけて来た。
「神野さん、あなたは普通の女の子、女子高校生でしょ。看護師の私が専属ナースとして保証するわ」
「三枝さん、専属だなんて。……あなたも私を監視していたんじゃないんですか?」
三枝さんの物言いになんか腹が立って、私はついに言い返してしまった。
「あらら、その気持ちは判るけど、監視はちょっと酷いわね。いいこと病院でもちゃんと見守っていたのよ。敵からあなたの事をね」
「ふん、なんとでも言えますよ。どうせ仕事、それに上からの命令でしょ!」
いつの間にか売り言葉に買い言葉になっちゃたし、そこへ火野さんの言葉が。
「あ~、二人とも待て待て。邪険になるな、まったくもう。これだから女は嫌いだぞ」
火野さんの言葉にも、なんか棘があるわ!
「「あなたも女でしょ!」」 うっ、三枝さんとはもった。しかもMotherまで割り込んで来たよ。
『イエス。火野海佐は生物学的には女性』
「そうだったな。ははははは」
Motherの突っ込みに笑うこの人、まったく何を考えているんだろう。火野さん……本当に不思議な人だよ。
「あ~、いいか結月君。イブに聞いただろ、君は選ばれたってな。イブと同じように君を選んだのはMotherだ。これからの人類の未来への希望となるかもしれん君らは希少だし、その能力を個人的に使用されても困るんだよ。逆に我々は君らの事を脅威から守られねばならない。そういう意味では持ちつ持たれつの関係だぞ」
「海佐、はっきりと教えてください。脅威とは何ですか。パラレルワールドの別の地球にいたクリーチャーらのことですか? もしかして彼らがここに来るとでも……」
「そうだな、そんな事も起こるかもしれんなあ。未来は常に不確定だからな」
さらっと、とんでもない事をこの人は言った。あんな化け物みたいなのがここへ!? そんな事があるのか? いや、私とイブはあそこへ行った。ならば、逆もしかりなのかもしれない。
「それと、脅威は既にある。昔からなずっとこの世界に潜んでいるんだよ結月君。だから、我々があるんだよ。この日本、いやこの世界を様々なモノから守るための機関。それが、UNの下部組織、国連国際テロ防止委員会だ。ここはその日本支部さ。まあ、運用母体は日本国防軍の一部だがね」
「聞いたことが無いですよそんな国際組織……」
「ああ、30年前のバイオテロ後に新しく出来た西側中心の機関さ。名前だけで実態は伏せられているし相変わらず協調は少ないがね。だから独自性が高く、日本政府は生き残るために、この機関に裏金で投資を続けているのさ。テロやその他もろもろの脅威と対する力を得るためにね。もちろん核ミサイルやレーザー衛星の配備もその一環だぞ」
「その脅威ですよ! 海佐それは一体何なんですか!?」
「う~ん、やっぱり聞きたい?」
「もちろんですよ!」
「では場所を変えるか。ここで口頭のみって訳にはいかんし、丁度解析も終わった頃かな、どうだいMother?」
『YES. 解析完了済み。予想通りの結果』
「そりゃまた結構で厄介な事だ。Motherと三枝はアンノン解析室のスタッフと合流して準備をしておけ。ではシャワーで汗を流すか。……おっそうだ、結月君もおいで。なに恥ずかしがることはないぞ、私も女だからな」
火野さんがじろっと私を睨んだが、目がやっぱり怖い。とって食べられそうにさえ感じるよ。
「ええ~、いいですいいです! 一人で出来ますから~!」
「いいから早く来い。命令だぞ、ふふっ」
ひ~、やっぱり断れないのね。誰か助けてほしいかも、とほほ。
ナノマシンの説明を受けた結月だったが、更に驚くべき事実が告げられた。




