激闘の末
「あっ、なにこれは……」
自分の目の異常に驚きを飛び越こして動揺していた。
そりゃそうでしょ。突然目に見えるモノ全てが大きく変化したんだ。肉眼ではなく何かデジタル加工をされたモノを見ているようだったし、脇腹の痛みまでがすっと消えていった。意味が解らない。でもこれもカリズムアイなの?
「ねえ、これはどうい事なの?」
周りを見渡しながら見えない声の主、Motherに問いかけてみた。
『レベル2へ移行したカリズムアイにより、高速電算処理された視覚データをリバック。敵攻撃予測可能。さらにIMB活性化により身体反射速度向上、筋力ブースト実施及び痛覚の軽減制御を実施しました。患部の治癒速度も上昇中』
「ええっ? 何言ってるの。ねえ、レベル2ってなによ……」
回答が上手く理解できないけど体の中で何かが起きている、その事実だけはなんとなく実感ができて、本当に気味が悪くなってきた。
「ほお、レベル2か。なら手加減はいらんな」
「はい!?」
不意な火野さんからの声に振り返って彼女を視た。すでに駆け寄ってきている。同時にカリズムアイに表示とMotherの声が聞こえた。
『距離3.51m。攻撃軌道、回避コース計算終了』
あれっ!? なぜか海佐がさっきよりスローに見えているような気がする。しかもこれから起きる動作や振り上げた木刀の軌道予想コースが、私の眼内にはっきりと示されていた。うそ!
驚きはしたが、海佐が私の頭上に狙いを定めているのだと解って、私の体は無意識に一歩後方へ体重移動をしながら体のバランスをとり、打ち込んでくるコースへ自分の木刀を振り上げて防いでいた。
ガガッ! ギリギリ! 再び、私達はつばぜり合いになった。交わる木刀越しに火野さんがニヤッと笑っている。
「ほう、今度は上手く防いだな」
「よく判んないけど、動けましたね」
「ふっ、反応速度はまあまあだな。……!」
次になにが来るのか確信があった。手の木刀を通じて圧を感じたわけじゃないけど、火野さんは木刀を強く押し込み私を強引に押し倒すつもりだと解っていた。
なぜなら火野さんが話す前に、彼女が自分の右足へ体重移動をする予測ができていたんだよ。つばぜり合いでは相手の上半身が見るのがやっとのはずなのに、カリズムアイには上から見下ろす私と彼女の全身俯瞰図までが表示され、次の動作予測がなされているからだった。
「ふん!」
「んぎぎぎぎ!」
「ちっ、耐えるか」
火野さんが一瞬に込めた木刀を押し出す力は強力だが、事前に分かった私は一歩足を引きそれに備えることが出来て何とか耐えたが、また次が来る!
Motherが私にこの先の予測を伝えて来た。
『Attention! 引き技95%、離脱5%』
火野さんの下がり際からの、振り上げられる木刀の軌道予測が映し出されている。しかも下がりながらの引き面打ちの確率までが数値化されているなんて、なんだこれは。
来た! 下がりながらの引き面だ!
見える、木刀の軌道が先読みできる。摺り上げて防ぐんだ。
「はあ!」
ガッカッ!
「ははは、見えてるな結月。おい、Mother。私の癖まで計算しているだろう?」
『もちろん』
Motherの声が聞こえる。そうか、そういう事か。何らかの計算処理をした情報をカリズムアイに返してきているんだ。
でもどうして、この速さに私はついていけるんだ? いや、そんなのは後。今は集中を切らしちゃだめだ。
私が火野さんの引き技をかわすと、お互いに後方へ下がり距離をとり構え直した。
「はあはあ」汗もかいて来たし、なんか、すっごい疲れるんだけど……。
私は息が上がって来たけど、火野さんは全く息も切らさず、汗もかかずに平気そうに見えた。やっぱりこの人は違う。まったくゴリラですか、ほんと。
「さて、わたしも忙しい身でな。もう少し本気をだしてみるかな」
「まだ、本気じゃなかったんですか?」
「さあ行くぞ。反撃してみせろ!」
ダッ!
来た、滑るように火野さんは距離を詰めてきた。木刀はやや下段。その位置からの狙いは……。見える、カリズムアイに微妙に動く彼女の剣筋が映し出されて軌道の予測が見える。
『「下段からの小手に見せかけての突き!」』Motherの声と私の心の声が一致した瞬間だった。右手が柄を離そうとするのが読める、片手突きだ!
ズッシュ!
間合いに入った火野さんの左腕から一直線に伸びる剣先を半歩左に体をずらして首をひねって避ける。紙一重、流れた自分の髪を剣先がかきわけるように突き抜けていた。
「ほう! やるな。ならば連撃」
火野さんは瞬時に木刀引き、上段に振り上げると左、右と、切替して私の左右面の位置を狙って振り下ろしてきたが反応ができる。カリズムアイの情報と私の体がリンクしているかのように無意識に動き、彼女の左右から連撃に合わせて全てを受ける事が出来ていた。
いける、もしかしたら打ち返せるかもしれないと、そう考えた矢先だった。
「そこまで!!!」突如、道場に大きな声が響き渡った。
「ここまでかな」
「あっ、この声は!?」
打ち合いを止めて声の方をふり向くと、そこには三枝さんがいる。そうだ、すっかり忘れていたよ。そして同時にカリズムアイが停止したのか通常の視界に戻った。道場の隅に正座してた彼女は立ち上がると、私達の元へやって来て、火野さんにキュレットを手渡して呆れた顔をしている。
「ボス、最初にしてはやり過ぎじゃないですか? ねえMother?」
「ああ三枝か、悪い悪い、つい楽しくなってな」
『データ保存とタスク解析終了。IMB is in good condition.』
もう、三枝さんに火野さん、それに輪をかけるようにMotherの声が聞こえた。なんの事を話しているんだろう。まるで実験かテストか何かのような……そうか。
「ちょっと皆んで何を話してるんですか!? はっきりと教えてください」
私の声に火野さんが振り向いた。
「そうだな、じゃあ皆ここに座れ。説明してやってくれMother。許可する」
ふう、やっと稽古……いや、なんらかのテストをされたに違いない。
熱が冷めて冷静になって考えると実際にはとんでもない事をしていたわけだしね。
カリズムアイにIMBか……私の体に起きている事の真実か。
それについて説明を聞かなければと思うけど、正直とても複雑な気分だった。
「さて結月君、説明をするぞ。いいかこれは最高機密にあたり、この基地内で知っている者はごく少数だからな。よく聞いてから質問があれば聞こうか」
火野一等海佐の言葉で始まったIMBについての説明。マザーからの解説はこんな内容でした……。
私の体には、既におよそ37兆2000億個のナノマシンが、細胞の一つひとつに定着している。そんなバカげた話だった。
次回は、IMBの詳細についてと……。




