カリズムアイ
この威圧感は半端ない。まだ、間合いにも入っていないけど、火野さんの全身から伝わるものは強烈だ。
そしてやっとわかったよ。彼女の剣からの伝わっていたモノ。圧倒的強者が無慈悲に敵を斬り捨てる、情け容赦のない暴君のそれだ。どうりで熱くて冷たいと感じたわけだよ。
この人は、本物の武人に違いないし、もしかしたら人を斬っているんじゃないかとさえ思う。剣道って相手を生かす為に打つって習ったけど、この人は違う。ただただ圧倒的に打ち滅ぼす気概と能力を持つ機械のよう。
倒したいよ。対峙するにあたって勿論そう思っていたよ。でも、木刀で乱取りなんてやった事もないし、さっきは、なんら手の施しようもなく火野さんに打たれいるんだ。
下手に動けばまた確実にやられる。どう攻めればいい? 先か後か? 後の先か?
いや、そんなの考えちゃだめだ。怖いけど、実力差を考えれば先に行くしかない。先手必勝しか多分選択肢はないはず……。それにこれはもう剣の道とは違う気がする。殺るか殺やられるか、そんな命のやり取りに近いはず。
「ふう、……火野さん行きますよ」
「ああ、かかってこい。私を楽しませてみろ」
「その余裕に腹が立ちますけど」
「ほう、なら黙らせてみるんだな」
彼女の言葉が終わるのを合図に、私は気合をいれて全身を動かした。基本通りのすり足や足さばきなんてやってられない。体のバランスを崩さずに一瞬でも相手より早く打ち出すんだ。手にしているのは木刀だし、人体のどこでも当たればそのダメージは大きいはずだ。
相手の中段の構えからの隙を狙う。
それだけだ! 飛び込め!
「はああああ――――!」
気合の声を上げて一気に距離を詰めた。構えたまま動かない火野さんの左半身を狙う。小手でもいい、肩口でもいい、ただ剣先が届く範囲に踏み込んで振り切るしかない!
ガッガッ!
「くっ!」
「甘い甘い」
火野さんは私の動きをさらっと読んで木刀を受止めている。勢いの止まらない私と彼女の体がぶつかり、つばぜり合いとなった。が。
「ほら! 下ががら空きだ!」
ドコン!
火野さんは言葉と同時に、私を押し返すと体を沈めて私のみぞおちを蹴り飛ばしてきた。お腹をえぐられるようで声が出せない。もんどりを打ってそのまま私は後方へ転がるように床に倒れてしまった。
「はくっ……」
「いいかい、近接戦はなんでもありだ。一瞬の隙が命取りだ、よく覚えておけ。さあ立て! 来ないならこちらから行くぞ」
本当にこれは剣道じゃないよ、五体全てを駆使する戦いだよ。
骨身に染みる蹴りだったけど、まだやれる。
「まだまだ!」
「よし、いい根性だ」
何とか立ち上がれたけどお腹は痛いし、早めにけりをつけたい。とは言えどうしよう。押されっぱなしには変わりないし。もっと早く見切って、もっと速く動かなきゃ埒が明かないよね。火野さんの速さに追いつけるぐらいに……。
「ほらいつまで考えてる!」
「あっ!」
速い! 油断した訳じゃないのにもう目の前だった。かわさないとまずいと思ったが、すでに彼女の木刀が頭上に迫っている。
受けだ。それしかない!
反射的に頭を守るように木刀を振り上げたが、火野さんは空で手返しをして軌道を変えている。
やば! がら空きの胴を打つつもりだ!
腕を下げろ!
いや、敵の剣を打ち落とすんだ!
ガガッ! ドフッ! ミシッ!
「ぐっ!」
火野さんの左胴を狙う剣筋に合わせて、上から弾くように打ち下ろしたが、少し遅かった。私の振り下ろしは間に合わず、わずかに擦れ合い少し軌道を変えただけで横腹に彼女の木刀がめり込んでいた。
うっ、肋骨が嫌な音を立てている。
なんだこれ……そう息ができないんだ。
「……ゲホゲホ!」
呼吸が上手く出来ずにその場にしゃがみ込んでしまったし、次第とわき腹に痛みが出始めた。
「安心しろ、振り切ってはいないからな。ひびは入っていないだろ。結月、さあ立て、そして構えろ! こんな無様な姿で本当に選ばれた者か!」
苦しむ私を火野さんは見下ろしてそう言った。蔑むようなその目に、ひたすら痛みを堪えている私の脳裏に浮かんだのはこうだ。
悔しい。情けない……。糞!
屈辱的な言葉と強くなった痛みが交じり合って、我を忘れて切れそうだよ。
選ばれた者だって? 誰に?
知るか! そんなモノ!
勝手にそっちが選んだんじゃないのかよ!
私に何を求めてんだよ!
ふざけんな! ちくしょう!
うう痛い、マジ痛くなって来た。
そして一瞬目の前が暗くなった気がしたんだけど、自分に訪れたものは暗転なんかじゃななくて予想もしない例のあれだった。
……またなの。
この時、また目の隅に表示が現れて頭にあの声が聞こえてきたんだ。
『Calculat ism Eye open……敵攻撃軌道予測開始・身体強化開始』
「はっ!? 誰? あの声ね、あなた誰なの!?」
『ハロー結月。私はMother……』
変な声が突然聞こえるのは、慣れっこになって来ていたけど、あの声はMotherだった? イブの言っていたMother。そして私を選んだMother。
声の主を知ってあっけにとられていると火野さんが、話しかけて来た。
「おい結月。もしかしてMotherと話してるのか。こっちはキュレットを掛けてないからな聞こえやしないぞ。……でも、これで楽しめそうだな」
火野さんの言葉の意味がわからない。なんの事だと思って思わず返事してしまった。
「ど、どういう意味ですか、それ?」
「なに、君の中の〝IMB〟が鼓動を始めたって事だよ。こいつは気をつけないとな。ふふふ」
「私の中のIMB……もしかしてそれは……」
「そうだな、お察しの通りだ。これが終わったら詳しく説明しようか。結月君に定着させてもらった、ナノマシンIMBの事をね。そうだろMother?」
『了、火野海佐』
「ちょっと待って? 勝手に頭の中でしゃべらなんでよ、どういうことなの?」
『結月。あなたをサポートして、海佐に勝利させる』
「えっ!?」
チ――――――ッ、チチチチチッ
Motherの声とともに、私の視覚が変化していく。思わず目頭を押さえてみたが特に痛くはなかった。私は恐る恐る瞼を開いて目の前を視た。
目に映っていた火野さんの姿が、なぜかデジタル化した鮮明なグラフィック画像のように浮かんでいる。目に入る範囲すべて、そう武道場全体もそうだった。なんだこれは、頭が気持ち悪い。普通じゃないよこれは……。
『敵攻撃軌道予測、身体強化解放』
困惑して違和感がいっぱいの私に、Motherはお構いなくそう告げたんだ。
……それに脇腹の痛みも消えていく。
結月に話しかけたMotherとナノマシンIMBが持たらしたものは……。




