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海佐の思惑

 イブがいなくなってから私はロッカーから着替えを取り出した。


「う~、なにこれ。やっぱりミリタリーっぽいけど、私がこれを着たらかもめの水兵さんだよ」


 手にした服は、海軍特製のホワイトセーラー服。

 えっ! 下はズボンじゃなくてスカートなの! しかも丈短くない?

 誰の趣味だよ、帽子から靴に至るまで真っ白じゃない。海兵らしいって事かな?


「まあ、仕方ないか。はあ」


 諦めて着替えを始めているとドアからのコールが鳴り、壁のモニターを見ると三枝看護師さんだった。ドアロック解除はどうすればと思う前に勝手にドアが開いていく。


 ちょっと待ってよ! まだ上着をかぶっただけなのに! そう思う暇もなく、三枝さんが入室してきた。


「おはよう神野さん。よく眠れたかしら? あら、あらあら、制服可愛いじゃない。それに、へ~、生身で見ると思った以上に引き締まった筋肉ね」


「もう、じろじろ見ないでください」


「そうはいかないわよ。今日の検査は、私が担当だからね。うんうん、お尻のラインもきれいだし、足もすらっとして長いわね。今日は楽しめそうだわ」


「ええ~何するんですか!? もしや変な事をされちゃうとかないですよね」


「あら、希望する? だったらお姉さんが隅々までいじちゃうわよ」


「やめて~!」


 その後も、三枝さんに散々からかわれた私でした。



 それから昨夜の食事を頂いた場所へ再び案内されて、朝食を頂くことになりました。ちょっと驚いたのは、なんと火野海佐まで現れた事です。昨日の深紅のスーツとは違う黒の制服を身に付けた海佐は、別人のように見えて将校さんとしての貫禄があります。


 私を見つけて、きりっと笑うその笑顔になんとも不思議な魅力を感じていた。


「やあ、おはよう。結月君、今日はすっきりとした顔をしてるな。何か良い事でもあったのかい」


「いえ、別に。はい、え~よく眠れましたから」


「ほう、ならそういうことにしておこうか。ははは」


 もう、ちょっと褒めたけど、私の事を見透かしたような態度をとるこの人はやっぱり苦手かもしれない。


「じゃあ、後程な」


 海佐はそう言い残して部屋を出て行ったが、いったい何の事だろう? 検査にでも立ち会うのかな? まあいいか。早くご飯たべちゃうしかないよね。


 私はそう思って箸に手を付けたのでした。あっ、野菜サラダのトマトが美味しそう。


 食事を終えてから通路にでると基地内で働く人が行きかっていた。時間は8時半ぐらいか。皆が私の事をチラチラと見ていたが、多分、服装のせいだけじゃないのを感じる。私が場違いなせいだけではなくこの視線はモノを検分するような冷静な目だ。そんな気がした。


 三枝さんに連れられていったのは、多分、医療関係のブロックだろうか。廊下の壁も灰色から清潔感を感じる白に変化した。しばらく歩くと、〝多層解析検査室〟の文字が見える。見るからに禍々しい名だと思った。体をバラバラにされそうな気がするよ。


 再びエアロック付きのドアをくぐり、様々のコンソールと私が見たこともない大型の検査ポッドに入れられ羽目になったが、エコーや透過スキャニングの精度を上げるためだとアニメもどきの水潤性検査ポッド。しかも今回はなんと丸裸で中に入る事に……。三枝さんしか目には入らないけど恥ずかしさが爆発しそうです。


 せっかく着たかもめの水兵さんを恐る恐る脱ぐと、隣で三枝さんが私の体をじーっと視ている。お姉さん系の人の視線がこんなにも威力があるとは今日初めて知りました。はあ。


 説明の後に口元に酸素マスクを当てられて中に入った。前面のハッチが閉まると足元から生暖かい液体に満たされていくのが見えるこの恐怖が解ります? 透明なハッチの向こう側の三枝さんの姿が歪んだかなと思うと頭までずっぽしと液体に満たされると、全身の皮膚に軽く響くパルス振動や超音波エコーが開始され、レーザー光線らの明かりが入り混じるように視界にも入って来た。息苦しくはないけど、恥ずかしいのも忘れてもう泣きそうだよ。


 しばらくそのままでいると、慣れて来たのか温かさと浮遊する感覚があって意外と悪くない印象だった。ハッチの向こうで作業する三枝さんが手を振るのが判った。


 後で聞いたんだけど、同じタイプの滅菌型もあって、公園で倒れた後に戻って来た私やイブもそれに入れられたんだって。バイ菌扱いにも泣けたけど、誰が私の服を脱がしたのか考えるだけでも嫌になった。脱がした服は解析後に、すぐに処分して新しい制服を3Dソーイングプリンターで精密複製したと聞いて更にあきれた。


 その後は、ポッド内でシャワーを浴びた後、ありきたりの身体検査や通常の医療ポッドでの検査。血液も大分とられた気がして貧血で目が回りそう。最後によく判らないが栄養剤らしきものを注射されてやっと終わりましたとさ。


「あ~疲れたな」


 私が検査室から側のラウンジに移って休んでいると三枝さんがデータ端末を持ってやって来た。


「神野さん、お疲れ様でした。もう解析出たけど健康体で特に問題ないわね。何か質問ある?」


「もちろんありますよ。……イブから聞いたナノマシンの事です。私の中に在るんですよね?」


「あ~それね。うんうん、それダメなのよ。トップシークレットらしいからね。そうねえ、その内に説明あると思うから待ってれば」


「はあ、そうですか。判りました」


「そうだ。次はボスがお呼びだから聞いてみれば?」


「えっ!? 火野海佐が……」



 ◇◆◇◆



「結月か。いい名だな」


 自室を出た火野一等海佐は結月の名を呟きながら廊下を一人で歩いている。結月と面会するためだ。すると目の前にイブが現れた。二人は向かい合って立ち止まるとなにやら会話を始めている。


「どうしたイブ。キュレット通信でないとは報告だな」


「ここならMother(マザー)にも聞こえない」


「ああ、この場所ならカメラも切れた死角だから、奴でも口元が読めんだろう」


「僕は、貴女の事は嫌いだが命令には従う」


「かまわんよ。それで彼女は堕ちたのか?」


「多分」


「わかった」


 二人は、そこで会話を終えるとすれ違うように歩き出した。両者ともに踵を返しているかのようだった。イブとの距離がとれて海佐はまた呟く。


「……これでいい」

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