個室の夜
海佐の非常にも思えた言葉を聞き、一人で個室に泊まる事となった。
なかなか寝付ない結月……。
三枝看護師さんに案内されて、和室から数ブロックは離れた場所にたどり着いていた。一緒に歩く途中で質問をしてみたけど、知りたい答えを得る事は叶わなかった。
そんな煮え切らない思いを胸にして、案内された部屋は思った以上に小奇麗な個室だった。明るい照明に柔らかそうなベッド。シャワールームやトイレも完備されていて、一晩の宿には十分なお部屋かな。
「さあ、ここは隊員の女子区画だから何も心配いらないわよ。クローゼットには、もう着替えも準備してあるはずだし、のどが乾いたら壁のドリンクバーも自由に使ってね。じゃあ、また明日。ああ、そうそう忘れてた。念のためにこの部屋は、非常時以外はドアが開かないからよろしくね」
最後にさらっと酷い事を言われた気もしたが、まな板の鯉である私にはどうしようもない事だと諦めたよ。ほんと。
部屋のイスに漫然と座って壁のスクリーンにある時計を見ると、いつの間にかもうPM20時を過ぎていた。今日は本当に疲れていたし、体も重く感じてだるい。早く寝ないといけないと思って、クローゼットから着替えを取り出して確認、確認と。
「半袖Tシャツと薄手のズボン。やっぱり上下とも真っ白なんだ。下着も全て白、可愛くはないよね」
そんな独り言をつぶやきながら、私はシャワルームへと足を運ぶ。
キュッ シャ――――――ッ
ふう、久しぶりにあびた熱いシャワーが心地良い。温水が肌に当たり、頭から全身を伝わり流れ落ちる感覚は少しは嫌な事も忘れさせてくれた。
まさかこんな所で、シャワーを浴びる事になろうとは思いもしなかった。
それからも無心で湯を浴びた。次第と体が温まり、ボーッとする。
ふと、髪から顔を伝わる水滴が視界を遮るそれに、私は昨夜のバトルの事を思い出していた。
ザア――――――ッ
水の流れる音が急に雨音に聞こえる気がして、自分の手を見てみた。ただ指の隙間からお湯が流れ落ちているだけだ。
今は心配ない。ここはあそこじゃない。大丈夫。
一人でいると、こんな事にまで敏感になって自問自答をするなんて。
一人ぼっちでいるって事は、こんなものなのかな……。
キュッ
体を洗い終わるとバスタオル一枚で、鏡の前に立ち、早く寝なきゃとドライヤーで髪を乾かす。鏡に映る自分の顔は少しやつれているようにも感じた。
イブとの出会いから、考えられない体験の連続で、今まで知らなかった様々な事や感情を受けとり、知り、そして芽生もして、自分の気持ちが振り回されて疲れている事を鏡の私が私に話しかけているようだ。
……う~ん。ダメダメ! 結月しっかりしろ。もう寝るの!
鏡の脇にあったコスメから適当に化粧水を手に取り、頬を打ちながらいつの間にか自分に向けて何とか頑張れと自分で自分を励ます私がいる。
慣れない場所で、どうにか身支度も終えベッドにそそくさと身を投げて横になると、自動で明かりが消えて、ぼんやりとした室内灯だけが灯っている。
暗い部屋で目を閉じたみたけど、なかなか寝付けずに目が開いてしまう。
さっき、寝ると自分に言い聞かせたんだからと再び目を閉じて、モジモジと寝ようとしばらく頑張ったがやはり駄目。時間だけが無駄に過ぎていく事に少し焦り、ふと壁の時計を見るといつの間にか時間はAM0時を過ぎていた。
「はあ、やっぱり眠れないよ……」
独り言を何度となくつぶやくと、いつの間にか上体を起こして所在なく、私はベッド脇に腰かけていた。
そんな時に、部屋が少しだけ明るくなと不意に背中に温かいものが覆いかぶさるのを感じたんだ。
その時私は、ちょっと驚いたけど怖くはなかった。背に触れた温かさと共に嗅いだ事のある匂いと、私の目をそっと塞いだ小さな手……。振り向かなくてもわかる。
「イブ、来てくれたの」
「眠れないのかい?」
「音も立てずに来るのは反則だよ」
「まあいいじゃないか、これが僕の能力」
「酷い能力だこと……事がことなら犯罪だよ」
「折角来たのに、その言い方はない」
「あっ、ごめんね。そんなつもりじゃないけど」
「明日も早い。早く寝れば」
「判ってるけど、目が覚めるの……」
「……じゃあ、こうしようか」
イブはそう言うと背後から目に触れていた手を私の体に回すと後ろからギュッと抱きしめてきた。さっきよりずっと背中に人肌の温かさとイブの甘い匂いが増した。
イブは自分の顔を私の耳元に近づけてその頬を寄せる。イブの小さな吐息までが、はっきりと私に伝わって来る。
「ちょっとくすぐったいよ」
「温めてるんだけど」
「なんで、こんな事をするの」
「お詫びかもしれない」
「へえ、聡明なイブさんでも、かもなんだ」
「僕だって、自分の事が全て解る訳じゃない」
「ちょっと意地悪だったかな?」
「そうかもね」
イブの返事に私はちよっと笑えて和めたのか本音がすっと出てしまう。
「私、始めはイブの事恨んだよ」
「うん、当然だね」
「酷い事されたって、今も心のどこかにあるよ」
「……いいよ、それで」
イブは、私の言葉に反論することも無く肯定だけに終始していて、そんな事を尋ねた私がとても小さく思えた。
「でも、命の危険を冒して私を助けた……」
「君も選ばれた人だからね」
「イブ、あなたは優しいよね?」
「どうかな? 結月の事は心配したけど」
「……あなたは、何を背負っているの」
「いつの間にか気づいたらこうなってた」
「……何となぜ戦うの」
「人類の敵から地球を守りたいだけ」
「どうして、そんなものと戦って……死ぬかもしれないのに」
「これが僕の使命だと思っている」
囁くように答えるイブに私の心は、かき乱されていた。
……なぜ、イブあなたはそんな風に言いきれるの。
……なぜ、そんなに過酷な事を受け入れられる。
……なぜ、危険犯してまで私を救ったの。
背中越しにイブとの会話を進めるうちに、イブの答えに色んな気持ちが沸き上がってくる。それ以外にも背中に伝わる体温と耳元で囁く声に私の体は上気していて、イブの答えを聞くたびに私の心に溢れて行く気持ちが分かっていた。
「バカ……馬鹿……本当に馬鹿……」いつの間にか自分の肩が震え、目頭が熱くなってた。
本当はイブの献身的で刹那的な考えを悲しく感じたし、私に取った命がけの行動に感謝を伝えたいと思ったけど、私の口はこんな言葉しか選べなくて、自分が心苦しくてもう胸が張り裂けそうな事に、震えながらやっと堪えていたのに。
「結月が寝るまで側にいる」
自分の事には目もくれずに私を気遣うイブのこの一言は、もう私の理性を奪うに十分だった。
「イブの馬鹿あ!」
もう、いつの間にか目の前が見えないほどに涙が零れていたんだ。恥ずかしくてずっとイブを振り向けなかったけど、もう限界だよ。年齢は変わらないけど、こんなに小さな体で、こんなに健気で、こんなに無心で、こんなに優しいイブ!
気づいたら私はイブを逆に抱きしめてベッドに転がっていた。暗がりの中でもそのはっきりとした碧い瞳が私の目の前にある。
イブへの愛おしさで恥ずかしさも薄らいだ私はギュッとイブを強く抱きしめていて、そのか細い首筋に顔を埋めると、薄手の白いブラウスを着ているイブの体温と匂いがいっそう伝わってくる。
いつの間にか、私は我慢が出来ずにイブの頬や小さなの唇へ子供のように自分を重ねていた。
イブの柔らかい唇も拒むことなく私を受け入れてくれた。
それからも頬を摺り寄せて、互いの温かくて柔らな人肌の優しさを感じあえた。
抱きしめると本当に小さくて天使のような優しいイブがここに居る。いままではっきりしなかった自分の感情が、素直にわかってとっても嬉しかった。
お互いの温かさに包まれて、じっと微睡むように瞼が重くなって行く事がとても私は心地よかった。
やっと眠れる。
そうして私達二人はそのままベッドで抱き合ったまま、眠り、朝を迎えた。
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