海佐の言葉
食事に案内をされた結月らに火野海佐は告げる。
その後、私と紀子と陽菜の三人は、小綺麗な和室に通されて会食の運びとなるのでした。私には病院着からの着替えで白のワンピースまで用意してくれて、もちろんその場の主賓というか、その場の仕切り役は火野一等海佐さん。他には私達に気遣いをしてくれたのか、三枝看護師さん一人だけ同席です。座敷に座ると調理場の方が次々と料理を運んでこられて、テーブルの上は溢れんばかり。
「さあ、お腹が空いたろう。うちの部隊の料理は海兵の伝統だから本格的だ。好きな物を食べてくれ。ささ」
「そうそう、遠慮は要らないわよ。相模湾の獲れたての魚介は美味しいわよ」
火野さんと三枝さんが交互に食事を勧めてくれて、確かに目の前の魚介類のコース料理は、腹ペコだった私達にとって我慢の出来ない御もてなし。三人で目を合わせると「いただきます」と手を合わせ、ご相伴になることに。
「おお~いい食べっぷりだな。陽菜君と言ったか、若い頃はそうでなくっちゃな。私もそうだったぞ」
「いや、このお刺身はいける」
「ほんと、美味しい!」
陽菜と紀子はいつものペースだったけど、私は箸に手を付けるだけで、どうしても食事を口に運ぶことに躊躇してしまっていたんだけど、そんな様子を見ていた火野さんが声をかけてくる。
「どうした結月君。普通の新鮮な魚だから心配は要らんぞ」
「えっ、はっはい。そうですね。はははは」
火野さんのキュレットを外した眼差しからは、イブからの紅茶の件、私がナノマシンの混入を予想した考えを読んでいるように思った。考えるは及ばざるがごとしか。私の考えなんて、手に取るようにわかってるんだなと降参するしかな無いのでした。
「じゃあ、遠慮なく頂きます」白身のお刺身をお醤油に付けて一口……。美味しい。
それから大方のコース料理を頂くと、デザートにフルーツあんみつの盛り合わせ! まいったな、こんなにされたら緊張感もとけてしまうよ。スプーンに餡子と白玉をのせて一口。……やっぱり美味しい。甘味を口にした女子しかいないこの場の雰囲気はとっても穏やかになった。こんな雰囲気なら聞いても良いかなと思って、私は手を止めて質問をする事にした。
「あの、火野さん、いえ海佐。私達はこれからどうすれば良いんですか?」
「もちろん決めてあるよ。君の友達二人はこの後、家に送ることになっている」
「とういと私は……」
「結月君には、悪いが今晩は此処にお泊りだ。明日以降に帰宅の予定だよ」
「……また、検査とかですか?」
「それもあるが、君は選ばれたと聞いたはずだな。これからは君の自由は大きく制限されて、私達に協力をしてもらう。拒否権は無しだ」
穏やかだった会食の場が、この一言で再び冷めていく。紀子も陽菜も手を止めた。私もアホだけど馬鹿じゃない、あんな体験をして、イブから説明をうけてなんとなく想像はしていたし、国家機関まで出てくれば冗談話しではないだろう。ここに来る前から、私の人生はきっと管理下に置かれるんだと想像をしていたから……。
「まあ、急な事で悪いが、そういう事だ。それと、紀子君と陽菜君、君たち二人もこの結月君の件に同席し続けたからには監視が付く。そう思ってくれ。守秘義務を知っているかい」火野さんの厳しい言葉と鋭い視線が二人に告げた。
「火野さん! 二人にまでそんな事を!?」
「もちろんだとも。ごく一部とはいえ機密事項を知ったからには、致し方ない事だよ。まあ、リークしても全て握りつぶすがね」
この言葉に、私は二人にどう謝ればいいのか、どうすれば良いのか分からずに途方に暮れる気持ちが募っていく。二人の人生まで巻き込んでしまった事に、心の中で謝罪や後悔の念が渦巻いた時だった。
「フン、今さら何を言い出すかと思えば。私の気持ちはもう固まっているのだ。行く道は一つ。結月と一緒に歩むだけだ」
「ええっと、……、私もだよ。結月を一人になんて出来ない! 出来る事があれば何でも協力する!」
陽菜と紀子の二人の言葉に私は反応が出来なかった。
なんで、そこまで言えるの……。尚更、後悔と謝罪の念がつのる。
「ほう、やはり君ら二人はそう答えるか」
火野さんが話した言葉の意味。私にはどういう考えなのか全ては分からないけど、やはり何でもお見通しってことなのかな。陽菜と紀子が私を擁護する事を期待していたのかな。
「心配ないよ! 私は小っちゃい頃からの結月の事、何でも知ってる」
「そうだ結月、何度も言わせるな。私が決めたことだ」
紀子と陽菜の言葉に嘘はない。それはよく判っていたから、落ち込んでいた私の気持ちが少し軽くなった。
「あ、ありがとう。二人とも」
嬉しくてたまらないけど、これが今の私には精いっぱいだ、次はもっと私の気持ちを伝えなきゃ……。
「よしよし、仲のいい事は美しきかなだな。さあ、二人はちゃんと送るので心配は要らんぞ結月君。君はこれから、部屋を用意しよう。まあ、狭くて悪いが自由に使ってくれ」
「はい、わかりました。それと明日以降は家に帰れるんですよね?」
「ああ、勿論だとも。日本は民主主義国家だからな。最低限の保証は私達の義務だぞ」
「なんか、ちっとも嬉しくない言葉に聞こえるんですけど」
「ははは、これは一本取られたな。じゃあ、私はまだ用があるので三枝君、後を頼んだぞ」
「了解です、キャプテン」
「うん、日本語より英語表現は好きだぞ、はははは」
そう言って、火野海佐は豪快さを見せつけながら和室を後にし、紀子と陽菜は現れた黒服に付き添われて帰宅する事になりました。私がどうなったかといえば、この日は疲れただろうと三枝看護師に言われてお泊りの部屋を目指しています。廊下を進む間に気になっていたことを質問するチャンスと思い聞いてみる事にした。
「あの、三枝さん……」
「なあに?」
「三枝さんや桐ケ谷先生も国防軍の人?」
「そうね、医療班所属よ」
「病院の襲撃からそんなに時間は経ってないはずだけど、どうしてここに?」
「ああその事ね、此処はそんなに遠く無いし、専用の路線があるのよ」
「本当に秘密基地ですね、呆れたなもう」
「これからあなたにも、もっと知ってもらうから直ぐに理解するわ」
「やっぱり、そうなるんですよね、はあ……」
「ふふ、まあ悪い事ばかりじゃないし、楽しい事もあるわよ」
「それを願ってますけど。……そうだ、なぜ私は選ばれたんですか?」
「私も詳しい説明は受けてないのよ。明日にでも担当者に聞いてくれる?」
「……はい」
三枝さんから些少の事は判ったけど、大切な質問には答えてくれなかった。組織でも全ての情報が個々に知らされる訳はないよね。
こうなったイブや火野海佐さんに聞くしかないのかな……と、また先行きの不安が増えた私だった。
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次回;「個室の夜」 一人夜を過ごす結月に……!




