最初の戦い
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pi.pi.pi.pi.pi.pi.
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Yuzuki is waitingto engage.
According to calculations, engagement is after 3 minutes.
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Decrease in sensitivity.
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Eve, do your best.
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――通信から3分後。神野結月は接敵し、最初の戦いを開始した。
「ふう」
ぽつぽつと空からの雨は降り続け、私の髪をぬらした雨粒が、顔をつたい首から体へと滴って行くのがわかる。今立っている場所は、雨が降りしきる暗い夜の公園。先ほどの大きな街とは違い、山手の住宅街のようだ。
今、私の両手には、このゲーム世界の意思〝ウィル〟に干渉してモディファイした剣を握りしめ、中段の構え星眼をとっている。剣の名は〝Solid earth sword〟通称SES。日本名では〝星剣〟と言うらしい。
星剣はSESの名称通り、大地からの重金属で出来ているように感じていたんだけど実際の所はどうなんだろう。
夜の雨の中で星剣は、その刃にかかる雨水をうっとおしそうに水蒸気に変えていた。見た目は冷ややかな金属だが、冷たくはなく高温を帯びて、握る柄からもその熱量が伝わってくる。
熱い!
指先から伝わるその熱量は、私の体の奥底まで届いて心まで焦がすように感じる。
何んなの、このなんとも言えない高揚感は。ひと振りの剣なのに、握る私の体の隅々まで武器としての喜びを伝え、私に新しい芽生えと感情をもたらしてくるようだ。
『斬り裂いてしまえ!』この剣はこう囁いている。きっと意志を持っている。私はそう思った。
形状は中世時代のヨーロッパで使用された剣に酷似し、刃渡りは約10cmの両刃剣。長さは持ち手を含めておよそ1,5mほどのロングソード。重量は、普段の稽古で使っている木刀よりは少し重くて1kg以上かなと思ったけど、意外と軽くて重金属の類ではなくレアメタルの一種なのかもしれない。
暗い照明の中で夜目を凝らして正面を睨むと、小型だが見るからに醜悪なクリーチャーが居座り、私は今それと対峙している。
着ていた薄手の制服は、すっかりと濡れてしまい、夏の夜とはいえ体が冷えて体温も下がって来た。緊張も加わって私の体は小刻みに震え始めるし、悪い事に目に雨も入り込んでくる。目を手で拭うとずっしりとした星剣を落としてしまいそうだ。
このVRMMOは、なんてリアルな情景や感覚を再現しているんだと再び考えると怖くなってもきたが意外に冷静な自分がいる。これから私はモンスターバトルを始めるしかなさそうだけれど、これもこの星剣の設定のおかげかもしれない。
突如地中から現れて対峙しているクリーチャーは、やはりメタルっぽい甲殻で体を覆ったトカゲ型。街で見た化け物よりはるかに小さいが、体長は尻尾も含めて優に3mは越えている。四足歩行するしコイツのでかい口からチロチロと細い舌は出てるし、トゲトゲいっぱいの尻尾がとっても気持ち悪い。
ザザザザザザザザザザザザ――――――ッ
トカゲが巨体を左右に振り、くねくねと波打ちながら突進してきた。思ったより早い!
「あっとお! 危な!」
まっすぐに私めがけて突っ込んできた所を横っ飛びに避けてえっと! 自分の身をよじりながらトカゲの横に回り込んで八相の構えから踏み込んでその背中へ星剣を振り下ろした。
「はああああああぁぁぁぁ!」
ギャギギギギ――――――ン!
「痛ったあ! 痺れるし、刃が通ってない!?」
火花を放って金属音は鳴り響いたが、まったく効いていない様子だった。私は慌てて下がり間合いを取る。トカゲと向かい合いながら、足さばきも忘れて駆ける様に距離を取った。隙を見つけるために剣道の試合と同じように呼吸を整えて平常心を得ようとしたが、お構いなしにコイツは突進攻撃を加えて噛みつこうとする。これじゃあ、手も足も出ない。
「なんなのよ! コイツは!」
それからも、何とか突進をかわして剣を振るってみたが結果は同じ。まったくダメージを与えられない。波状の様に襲い来る様は次第と的確な攻撃を高めているようで、防戦一方となり避ける事だけで必死になっている自分がいた。
ぬかるんで来た地面に足を取られない様に注意もしているが、そんな暇すらなくなってきた。何度か斬り付ける事も出来たが、やはり刃は通らなかった。本当にコイツを倒すことが出来るのかと焦り始めた。
ゲームの勇者は、簡単に敵を倒すんじゃないの!
モンスターに、こんなに押されるなんて聞いてないし!
つい愚痴が口から出てしまった。
「ちょっとー! 話がちがうわよ! 全然だめじゃない! ねえ聞いてる! それにこいつなんなのよ!」大声で叫んだ私にイブの冷静な答えが伝わって来る。
『RGEでいじったトランスクリーチャー、コモドドラゴンベース。雑魚だけどA/AIを搭載してる。噛まれたら腐るよ』
……RGEって何? アイを搭載? 腐るって何?
『あれ、僕これは初めて見る』イブが呟いたように聞こえた瞬間だった。
トカゲの口元へ喉元からせり上がる、赤く光るモノが見えた!
――なんかヤバイ!
途端に私の緊張感が増し、集中しなければと思った刹那、トカゲの口から火の玉らしきモノが放たれた。
「きゃあ!」
炎の攻撃を察知して体を投げ出すように飛び出して、なんとかギリギリで避けたが、態勢が崩れて膝を地面にしこたまぶつけてしまった。とっても痛いし見ると皮膚が裂け血が滲んでいた。
なんでただのゲームでこんなに痛いの、信じられないよ……。
痛みと焦りで頭の中が混乱し始めて恐さを感じたその時だった。
チリッ! 痛っ! 頭に刺激が!
『D.1/N.bullet/A.assassin』
カリズムアイの隅に表示がされ、脳に機械的な言語が強制的に伝わってきた。ダメージ1? ナパーム弾? 敵の攻撃? 私のスカートが、少し焦げている! これもVR? 振り返ると私の居た所が、5m四方ほど燃え上がっていた。
「無理無理!」
それからも波状のように襲ってくるトカゲの攻撃を避けるので私は精一杯だ。雨の中なのに、全身に冷や汗をかいているのが判るし、肩で息をして呼吸が乱れ心臓も悲鳴を上げている。
街での惨劇が頭を駆け巡る。このままだと私は一体どうなる!?
いやこれはゲームの世界だ。あんな事が私に起きる訳ないよね!?
「はあはあはあはあはあ」
でも苦しいよ。心臓が痛い。いやだ、もういやだ。早くこんなゲーム止めたいよ!
必死に耐えている私へ、後方30mの地点に居るはずのイブの言葉が再び聞こえてきた。
『結月、これはリアルの世界だ。戦わないと、君が死ぬよ』
「えっ! そんなの嘘だよね。そんな馬鹿な事があるわけが……」
私はイブの言葉に頭の中が混乱したが、直ぐにさっきの街の酷い有様が頭をよぎったし、自分の体から血が流れて服が燃え上がるVRMMOなんて聞いたこともやった事もない。ゲーム世界とかけ離れたリアルな状況とイブの言葉を重ね合わせると自然と鳥肌が立った。
確かにここまでの出来事で幾つか変な点はあったし、なんとなく違和感は覚えていたはずなのに、こんな状況に追い込まれるまで気づかずにいた私は本当に馬鹿だ。
『もうひとつのリアル』とイブは話していたけれど、あのGap roomで見せられた映像もCGなんかじゃなくて本物だったって事になるの!? 一体どういう事!?
いや、ダメだ考える暇なんてない! 早く動かなきゃ、きっと死ぬ!
イブの言葉から一瞬雨の中に立ちすくんでしまったけれど、生死の危機が迫っている事には間違いないと強く感じたんだ。それは本能かもしれないし、脳裏に浮かんだ気もする。
ここはゲームの仮想世界じゃない!
イブの言う通りここはリアルな現実だと理由を教えられなくてもこれだけは間違いないと思った。
そしてここは本当の生死をかけた戦いの場所だとも思い知らされたんだ。
この時から、私の平凡で平和な人生が消えるとは思ってもいなかったけどね。
ここはゲームの仮想世界じゃないと言い放った結月! 対峙したクリーチャーとの戦いは……。
次回:「野獣の眼」
RGEは、”Robotic Genetic engineering” ロボット工学と遺伝子工学の融合です。




