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Liar  作者: 貴堂水樹
第二章 捜査
8/39

1-2

   *


 要するに百瀬は、自分への殺人容疑を自分の手で晴らそうとしているわけだ。

 そして、犯人捜しの一環として美姫の幼馴染みだった俺との接触を図るべく、学校の近くで待ち伏せしていたらしい。美姫と俺が幼馴染みだったことは美姫本人から聞いたのだろうか。


 しかし、だ。


 俺と話がしたいだけなら、もっと他にうまい手があっただろうに。とはいえ、あの場で待ち伏せしていなければ俺と垣内さんとの会話を聞くことにならなかっただろうから、そういう意味では古典的な手段を選んだ甲斐があったと言えるかもしれない。


 学校の外で悪い仲間とつるんでいるのかと思っていたが、どうやら百瀬は基本的に誰のことも信用せず、特定の人と深い仲にならないようにしているらしい。「上辺うわべだけの付き合いのほうが何かと楽なんだよ」と、悟ったように百瀬は語った。そんな中で唯一行動をともにしているのが今俺の目の前で車を運転している熊さん――名前がわからないので勝手にそう呼ぶことにした――で、あのあと百瀬の電話一本で俺たちをピックアップするために車を回してくれた人だ。どういうつながりなのかは謎だが、ふたりの会話を聞く限り熊さんが百瀬の舎弟みたいな感じだ。車の免許を持っているのだから、熊さんのほうが年上だろうに。俺にはよくわからない世界だ。


 結論から言うと、俺はひとまず百瀬と話をしてみることにした。


 気まぐれにもほどがあると自分でも思う。でも俺だって早く犯人が捕まってほしいと思っているし、かといって警察のことはいまいち信用できないでいる。今の俺の目には、自らの意思で犯人捜しに動こうとしている百瀬の姿がひときわ眩しく映ってしまったのかもしれない。


 そうかといって、真犯人が見つかったらそいつを殺すなんてことを平気で言う百瀬のことを全面的に信用する気にはまだなれない。けれど、こいつと行けば何か現状を変えられるような気がした。根拠など何もないのだが。


 極めつきは、さっきの百瀬の態度がどうしても真犯人のものであると思えなかったからだ。誰もが百瀬を疑って、俺もこうして百瀬と話をするまでこいつを犯人だと決めつけていたけれど、本当に百瀬は誰のことも殺してなどいないんじゃないか。今はそう思えてならない。


 だから俺は『とりあえず、落ち着いて話ができるところに移動しないか』とやんわり提案してみた。そうしたら百瀬が『いい場所を知ってる』なんて言うからその場を任せたというのに、気がつけばこのザマだ。ヤクザに拉致られるなんて聞いてない。


「言っとくが、こいつはヤクザじゃねぇぞ」


 俺の心を読んだのか、百瀬はぽつりとつぶやいた。


「人を見た目で判断すんな。確かにこいつは夜の世界の人間だが、クラブで雇われてるただの用心棒だ。夜に生きる人間が全員やべぇやつだと思ったら大間違いだぞ?」


 俺は黙って眉を上げた。

 きっと百瀬は自分が学校内でどんな風に言われているのか知っているのだろう。今の口調から察するに、もしかしたらこいつはヤクザのことをよく思っていないのかもしれない。一括りにされることを嫌っているような雰囲気だ。


「それはおまえのことも含めて言ってるのか?」

「オレのことはどうでもいい。こいつをヘンな目で見られるのが気に入らねぇってだけだ」


 よほど大事にしている関係なのだろう。視線こそ窓の外に流しているが、心は熊さんのほうにしっかりと傾けている。百瀬龍輝という人間を今までまったく知らなかったけれど、案外友達思いのいいやつなのかもしれない。


「美姫とはどんな関係だった?」


 俺に目を向けないまま、百瀬はぶっきらぼうに尋ねてくる。さっき熊さんに「適当に流してくれ」と言っていた。つまり、百瀬の言う〝いい場所〟とはこの車の中――どこへ行くでもなく、ここなら誰にも邪魔されず話ができるというわけだ。なるほど、見かけによらず賢い男だということはわかった。


「どんなって……ただの幼馴染みだよ。美姫が昔住んでた家が俺んちから五軒先にあって」

「昔? 引っ越したのか?」

「あ……うん」


 やや答えに詰まると、百瀬はようやく俺のほうへ顔を向けてきた。そのままじっと俺の目を見る。熊さんの運転する車は高速道路に乗ったらしい。いよいよ逃げ場がなくなった。


「いつ?」


 窓の外を流れゆく道路照明灯の光を背負い、百瀬の双眸がキラリと輝く。


 ――こいつ、わかってて質問してるな?


 やはり百瀬は、切れ者の器を備えているようだ。


「三年前」


 美姫から聞いていないのならこのまま言わないほうがいいのでは、と一瞬そんな考えも過ったが、ここまで来ておいて今更隠す必要もないと思い直す。それに、百瀬が本気で事件の真相を追っているというのなら、黙っているのは不義理だろう。


 ふぅ、と一つ息をつく。さて、どこから話そうか。


「美姫のお父さんは、警察官だったんだ」


 知らなかったのだろう。百瀬の瞳が大きく見開かれた。


「どこの警察署に勤めてて、どんな仕事をしていたのかはわからない。美姫からは何も聞かされていなかったし、たぶんうちの母さんも詳しいことは知らなかったと思う。忙しくしていたんだろうな、俺が美姫のお父さんと顔を合わせた記憶は小学校六年の運動会が最後だ。近所でばったり、なんてこともほとんどなかった。今でも覚えてるよ。組み体操の演技の直前、美姫のお父さんに『がんばれよ!』って声をかけてもらってさ。俺も笑って『うん!』って答えて……それが、俺と美姫のお父さんとの最後の会話になった」


 一呼吸置いて、俺はフロントガラスの向こう側に目を向けた。


「俺たちが中二だった頃……今からちょうど三年前だ。十月七日の昼時だったらしい――美姫のお父さんが、胸を刺されて殺されたのは」

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