Epilogue.1
優作が逮捕されてから、一週間が過ぎた。
この一週間をどうやって過ごしてきたのか、正直よく思い出せなかった。ずっと美姫のことを考えていたようにも思うし、優作が今どうしているのかと、そんなことを気にしていたようにも感じる。
唯一救いだったのは、俺の所属するバレーボール部の部長・中井が俺を部活に誘ってくれたことだ。事件が解決したことはテレビでの報道に加えて学校側からも全校集会で伝えられ、中井は俺が『今度の大会で試合に出たい』と口にしたことを覚えていてくれたのだ。
およそ一週間ぶりに俺はバレー部の練習に顔を出し、部員のみんなから心配されながらも、どうにかこれまでどおりのプレーができるくらいにまで体力も心も回復させることができた。バレーに精を出している間だけは事件のことを忘れられたので、中井の優しさには感謝してもしきれない。
そして、今日。
土曜日の午前中はたいてい部活があり、今日も例外ではなかった。いつもなら昼からは家に帰ってだらだらと過ごすのだが、今日は別の予定が入っていた。
「遠慮しなくていいんだよ、冴香。今日は全部祥太朗のおごりだから」
「待て待て待て! 確かにおまえにはここのパフェを奢るって言ったけど、全員分とは言ってないぞ!?」
「いいじゃん別に。人のことを散々こき使っておいて、ケチくさいこと言わないの!」
午後二時。俺は今、俺たちの住む東松町からほど近い場所にある喫茶店『カフェ・スマイリー』にいる。目の前で俺に説教をたれているのは樹里だ。
「よくないって! 俺そんなに余裕ないから!」
そもそも、『散々』と言われるほど樹里にたくさんの頼み事をした覚えもない。完全な言いがかりだ。
「大丈夫だよ祥太朗くん! 私、自分の分は自分で払うから」
樹里の右隣で冴香が慌てたように両手をふるふると振っている。すると、俺の隣に座る圭が「おー、マジで?」と声を上げた。
「じゃあオレが冴香の分まで頼んでいいか?」
「なんでそうなるんだよ!?」
「ばーか、冗談に決まってんだろ」
ガハハ、と豪快に笑う圭。その向かい側で、碧衣も樹里と目を見合わせて笑っていた。
あれから碧衣はカミイチのキャバクラ『キャリオン』を辞め、お母さんともきちんと話をしたらしい。その結果、高校の間はテニス部の活動だけに注力し、卒業後は進学せず、就職して家計を支えていくということで決着したと教えてくれた。美姫の通夜では誰よりも泣きはらした顔をしていた碧衣だったが、今はすっかり吹っ切れたようで、いつもどおり明るく笑っている姿に安堵した。
圭も、樹里も、冴香もそう。みんな少しずつ、普段どおりの生活を取り戻し始めている。悲しみに暮れる時間は、長く続かないほうがいい。
「大変、だったよな」
パフェやらコーヒーやらをそれぞれ注文し終えると、圭がぽつりとつぶやいた。全員の視線が圭に集まる。
「いや、確かに大変だったんだけどよ……なんつーか、これでよかったんだよな」
圭の言いたいことを、残る俺たち四人は同時に理解した。
美姫と美姫のお父さんを殺したのが優作だったと知った時の圭たちも、俺と同じようにひどく動揺していた。碧衣はやっぱり泣いていたし、樹里や冴香は言葉を発することすらできずにいて、圭に至っては優作を追い詰めた俺をこれでもかってほど罵倒した。最後には俺に謝りながら声を上げて泣き、落ち着かせるのが大変だった。
でも、本当に圭の言うとおりだ。
これでよかった。美姫が自ら死を選んだことについては未だに納得できないところがあって、他にもっといい方法があったんじゃないかと、ろくに思いつきやしないくせについ考えてしまう。それでもやっぱり、優作にとって罪を償う機会が与えられたのはいいことだし、そうでなければならないと心から思う。そういう意味で、この事件はこれでよかったのだとどうにか思うことができていた。
「なんかさ」
しんと静まり返ってしまった輪の中で、樹里がそっと口を開いた。
「今更悔やんだってどうしようもないことかもしれないけど……もっと早く、気づいてあげられてたらなって思う。こんなことになる前にさ」
「わかる」
そう言ったのは碧衣だ。
「優作は孤独だったんだよね。誰かがそばにいてあげられてたら、その人にはきっと、優作のことを止めることができたんじゃないかな」
碧衣はちらりと俺を見た。おそらく碧衣は、自分のことも含めて言っているのだろう。
「大丈夫だよ、優作くんなら」
冴香が小さく、そして大きな想いを込めて言った。
「ちゃんと罪を償って、笑顔で帰ってきてくれると思う。私は、そう信じてる」
そだね、と樹里が相づちを打ち、俺たちは笑みを向け合った。
「……あのさ」
今日ここへ来るまでずっと考えていたことを、俺はようやく口にした。
「俺たち、これからもこうやって定期的に集まらないか?」
四人ともが、驚いた顔をして俺を見た。
「みんなそれぞれ部活やら習いごとやらで忙しいし、頻繁にとはいかないかもしれないけど、せめて年に一度くらいはさ。……毎年、美姫の命日に、とか」
そうすれば、俺たちがひとりきりになることはない。帰れる場所があるとわかれば、悩める心が暴れ出すのを止められることがあるかもしれない。
「へぇ」
テーブルにやや身を乗り出して、樹里が意味ありげに口角を上げた。
「祥太朗にしてはずいぶんまともなこと言うじゃん」
「え?」
「ほんとだぜ、祥太朗」
すると圭まで樹里に加勢するようなことを言い始める。
「おまえ、マジで変わったよな。昔はおまえから俺たちに何かを提案することなんてほとんどなかったのに」
「そうそう! 祥太朗っていつでも受け身でさ、困ったらすぐに黙っちゃうようなやつだったよね」
「それ、ひょっとして百瀬くんのおかげなんじゃない?」
圭と樹里がうなずき合う中、碧衣が不意に百瀬の名前を出した。
「百瀬っておまえ……あの時の金髪か!」
「そっか、あんたのご主人様ってあの金髪クンだったんだ?」
「祥太朗くん……百瀬くんと一緒に事件を追ってたんだね」
圭、樹里、冴香と、みんなが次々と俺に言い寄ってくる。「あぁもうっ」と俺は首を振った。
「どうでもいいだろ百瀬のことは! それより、どうなんだよ? 集まるのか、集まらないのか」
改めて問いかけると、四人は互いに顔を見合わせた。
「集まるに決まってんだろ」
代表して圭が答えると、三人の女子たちも笑顔でうなずいた。よかった、と俺は心から安堵した。
小さな田舎町で出逢った俺たちは、かけがえのない友達だ。
美姫の死を、優作の過ちを、俺たち五人で乗り越えていく。
そのために俺たちは、この場所でつながっている必要がある。
罪を償って帰ってくる優作を、五人で温かく迎えてやるために。
今度垣内さんに会ったら、優作にこう伝えてもらおう。
俺たちはいつまでも、俺たちの街で待ってるから、と。




