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Liar  作者: 貴堂水樹
第四章 深愛
35/39

2-1

 百瀬が俺に目配せし、次なる目的地へと案内するよう訴えかけてきた。行き先は町の真ん中にある小さな公園。名を東松とうまつ公園といって、俺たちが幼い頃よく集まって遊んでいた場所だ。


 休日のため、公園内には子どもたちの姿がちらほらある。しかし俺たちが現れた途端、子どもたちは一気に表情を固くした。何やらささやき合ったかと思えば、そそくさと公園の外へ走り去っていった。


「……絶対おまえのせいだろ、あれ」

「あ?」


 子どもたちを見つめながら俺が心の声を漏らすと、百瀬はおもいきり目つきを悪くして俺を睨んだ。


「その頭。やばいにーちゃんが来たと思われたに決まってる」


 朝日に照らされた金髪をさして言うと、百瀬はニヤリと口角を上げた。


「言ったろ? こんな色の髪をしてるのは人を寄せつけないためだって」

「それは高校での話だろ。子どもをビビらせるなんてかわいそうだ」

「知るかよンなこと。ちょうどいいじゃねぇか、オレたちだけでゆっくり話ができるんだから」


 なぁ? と百瀬は俺たちの後ろをついてきていた優作を振り返る。優作は何も言わなかった。


 公園内に足を踏み入れる直前、路上に垣内さんのプリウスが停まっていることを確認した。何かあった時のためにと駆けつけてくれていたのだが、百瀬は「刑事が一緒だと警戒される」と、あくまで俺たちふたりだけで優作を追い詰めるという戦法を譲らなかった。当然垣内さんは納得していない様子だったけれど、姿を見せず車内で待機することを条件にして、ようやく百瀬から同行の同意を得るに至ったのだった。


「十月七日は泉習館の創立記念日らしいな?」


 鉄棒やすべり台などの遊具を背にして立ち、百瀬は優作と正対してから改めて口を開いた。公園の入り口に目を向けると、垣内さんのプリウスが運転席から俺たちの姿をとらえられる位置に移動していた。


「そうだよ。よく知ってるね?」

「まぁな。普通なら休校になるって聞いてるが、たとえば七日が日曜や祝日と重なった時なんかはどうなる?」

「そういった場合は翌日が休校になるよ。……でも、どうしてそんなことを?」

「いいねぇ、そういうとぼけた感じ。いかにも頭のいい殺人犯って感じだな」


 ニヤニヤと悪意しか感じられない笑みを浮かべ、しょぱなから遠慮なく煽る百瀬。優作の表情に不快の色がにじむ。


「では、ここで池月クンに問題です」

「えっ、俺?」


 不意に上がった自分の名に驚くと、百瀬は俺の姿をその視界にとらえた。


「十月七日と言えば何の日でしょう?」


 心臓が飛び跳ねた。この場にいる三人ともが、その答えを知っている。


「……三年前に、美姫のお父さんが殺された日」

「そのとおり! 大正解だよ池月クン!」


 なんだそのわざとらしいオーバーリアクションは。俺が百瀬を睨むと、優作もスッと目を細めた。百瀬は俺から優作へと視線を戻し、落ち着いた声で話し始めた。


「三年前の十月七日は月曜日。オレのような公立中学の生徒はいつもどおり学校の授業に出ていたが、中等部から私立泉習館に通っていたおまえにとって、その日は創立記念日で学校が休みだった。聞くところによれば、おまえはその日、友達と遊びに行くとかで昼前から家をあけていたらしいな? 当時は電車に乗って移動している最中だったと警察に話したらしいが、本当のところはどうだったんだろうなぁ?」


 下から上へ、舐めるようにして優作を見つめる百瀬。優作のほうが十センチほど背が高いので、名実ともに優作は百瀬のことをジロリと見下ろしている。


「アリバイがないから、僕が犯人だと言いたいのかい? アリバイの有無で言えば、祥太朗たちだって当時は文化祭の振り替えで臨時休校だったはずだろう?」


 優作の言うとおりだ。俺たちの通っていた中学も事件当日は臨時休校だったため、条件としては優作と同じ。だから警察は俺たちにも疑いの目を向けたわけだ。

 百瀬にもそのことは話していたので、百瀬は「まさか」と言って肩をすくめる。


「そんな単純なことで挙げられるなら、犯人は三年前に捕まってんだろ」

「では、何か他に証拠があると?」


 百瀬は自信に満ちた笑みを浮かべる。左手をポケットにつっこみ、何かを取り出して俺たちにもわかるように掲げてみせた。


「あっ!」


 俺は思わず身を乗り出した。

 百瀬が手にしているのはボイスレコーダー。俺が木ノ前隼人さんから話を訊き出す時に持たされていたものだ。


「おまえにも見覚えがあるはずだよな? 志水」


 優作は何も答えなかった。百瀬はそれをどうとらえたのか、淡々と話を前に進め出す。


「おまえと池月、それから木ノ前隼人が新桜井駅前のファミレスで会って事件の話をしていた時、こいつを池月に持たせたのはオレだ。この中に盗聴器を仕掛けててな、ファミレスにいなかったオレがおまえらの会話をリアルタイムで聞くために使ってたってわけだ。もちろん池月もそれを知ってて、カムフラージュのためにその場で会話を録音しているフリをさせてたのさ」


 へぇ、と優作は少し目を大きくした。本当に驚いたのか、知っていて驚いたフリをしているのか、俺にはどちらとも判断がつかなかった。


 それで? と優作に促され、百瀬は話を再開した。


「知ってるかもしれないが、盗聴器の音声を拾うためのレシーバーってのは録音機能がついてねぇんだ。だからオレはこいつと同じものをもう一つ用意しててな。木ノ前隼人が来る前……おまえと池月がふたりで昔話をしていた時の会話からすべて録音させてもらったよ」


 そう言って百瀬は、ポケットの中から本当にもう一つボイスレコーダーを取り出した。優作の表情がやや歪む。

 知らなかった……百瀬がそこまでしっかりと下準備をしていたなんて。詳しいことは何も聞かされていなかったし、実際俺が録音したのは木ノ前さんとの会話だけだ。


 百瀬の言い方から察するに、問題になるのは俺と優作、ふたりで話していた時の内容だということ。最初から意図して俺と優作の会話を録音していたのか、たまたま録音していただけなのかはわからないが、とにかく俺たちの交わした会話のどこかに、何か優作の犯行の裏付けになる言葉があった。百瀬が言いたいのはそういうことだ。


「せっかくだし、該当箇所の音声を聞いてみるか?」


 二つのボイスレコーダーのうち、一つはポケットの中へと戻し、もう一つをポチポチと操作する百瀬。すぐに音声は再生され、優作の声が聞こえてきた。


〝垣内さんか……あの時の刑事さんだよね。美姫のお父さんも包丁で胸を刺されたって話だし、やっぱり美姫を殺したのと同じ人間なのかな〟


 ピッ、と百瀬はボタンを押して再生を止めた。


「覚えてるか? 自分で言ったこと」

「そうだね、今の音声を聞いてあの時どんな会話をしていたのかぼんやりと思い出したよ。でも、今の僕の発言のどこが証拠だって言うのかな? 君は」

「へぇ、わからねぇか。そいつは意外だなぁ。泉習館みたいな秀才寄せ集め学校に通ってるくせに、結構鈍いんだな? おまえって」


 ニヤニヤと勝ち誇ったように笑う百瀬に対し、優作はいよいよその目に怒りの色を湛え始めた。しかし、さすがは優作と言うべきか、百瀬の挑発には乗らずじっと己の感情を抑え込んでいる。口を開けばボロが出てしまうかもしれないとわかっているのだ。


「わからねぇなら教えてやるよ」


 百瀬の自信と優作の焦りが交錯する中、百瀬は改めて口を開いた。


「おまえ――どうして美姫の親父さんの胸を刺した凶器が包丁・・だって知ってんだ?」


 優作が大きく息をのみ込んだ。俺も思わず声を上げそうになる。


 実は百瀬が優作を犯人と断定した根拠を俺はこれまで聞かされていなかった。百瀬が俺に話したのは『物証はねぇ。だが、追い詰めることはできる』……たったそれだけ。だから俺は、百瀬が何をとっかかりにして優作に犯行を自供させようとしているのか、今この瞬間、はじめて知ることになったというわけだ。


 俺がいつまでも驚いた顔をしている傍らで、優作はすぐに冷静な態度を取り戻し、うっすらと笑みを浮かべて百瀬の質問に答え始めた。


「確か当時、テレビの報道でやっていたと思うけどな。ねぇ、祥太朗?」

「さすが秀才! いい回答だ」


 問いかけられた俺が声を上げる前に、百瀬がわざとらしく目を大きくしてそう言った。


「それらしい答えを用意した上で池月に話を振ることで、池月の曖昧な過去の記憶を操作し、そういえばそうだったかも、なんて思わせちまえばおまえの勝ち。証言に信憑性を持たせてくれる仲間がひとり増えるってわけだ。おい池月、聞いてたか?」

「へ?」


 急に話しかけられ、俺はうっかり声を裏返してしまった。


「うまい誤魔化しってのはこういうことを言うんだぞ? しっかり勉強させてもらえよ? この殺人鬼から」


 ニヤニヤとあくどい笑みを湛え、どこまでも優作を煽り続ける百瀬。優作は優作でとんでもなく怖い顔をして百瀬を睨みつけているし、とにかく場の空気が悪すぎる。


「ちなみに」


 百瀬はボイスレコーダーをポケットに収めながら言った。


「三年前の事件当時、テレビや新聞なんかのマスコミには報道規制が敷かれ、凶器その他事件に関する詳細な情報は一切報道されなかった。昨日垣内サンに頼んで一晩かけて確かめてもらったが、テレビ各局、新聞各紙、それから週刊誌なんかを含めてまったく報道されていなかったことがわかってる。なぁ志水、おまえ本当にテレビで見て凶器のことを知ったのか?」


 わずかに瞳を揺らしたものの、優作はあくまでいつもどおりの声色で答えた。


「……ごめん、勘違いだった。どこだったかな……警察の人が訪ねてきた時に教えてもらったのかも」

「そらきたっ!」


 百瀬は嬉しそうに指を鳴らした。


「待ってたぜ志水! オレはまさしくその答えを待ってたんだよ!」

「……何?」


 喜びのあまり、百瀬の顔がキャッキャと無邪気にはしゃぐ子どものようになっていた。優作は苛立たしげに百瀬を睨む。


「いいか? 警察はマスコミを抑え込んで、事件の情報を一般市民に漏らさないよう配慮しながら捜査に当たってたんだ。そんな警察が、とりたてて嫌疑をかけているわけでもない被害者の娘の幼馴染みごときに、凶器が具体的に何であったかなんて話をすると思うか?」


 なるほど、ようやく俺にも百瀬の攻め口が見えてきた。百瀬は続ける。


「おまえらが当時警察から訊かれたことはせいぜい『アリバイはあるか』とか『被害者と最後に顔を合わせたのはいつか』とか、そんなところだろ? たとえばおまえのほうから『凶器は何だったんですか』なんて尋ねれば、それこそ自分から疑われにいくようなもんだ。そんなバカを頭のいいおまえがやらかすとは思えねぇ。つまり、おまえみたいなただの中学生を相手に、警察が凶器について言及するなんていう状況にはおよそなりようがねぇってことだ」


 たたみかけるように、一分いちぶの迷いもなく次々と言葉を連ねていく百瀬。気温の上がりきらない朝のひんやりとした空気に包まれる中、優作の瞳がそんな空気に負けず劣らずの冷たさを帯びていく。


「新しい言い訳をされる前にもう一つだけ可能性を潰させてもらうぜ? 他におまえが言い訳として考えそうなことは『あの時現場に居合わせた人の中に知り合いがいて、その人が美姫のお父さんの胸に包丁が刺さっていたと言っていた』とか、そんなところだろうな。これは垣内サンが教えてくれたことなんだが、実は美姫の親父さんが倒れた瞬間、たまたま看護師が現場に居合わせていたらしい。刺さっている刃物を抜いてしまうと大量に血が噴き出して処置が困難になる可能性があるっていうその看護師の判断で、親父さんは刃物が刺さったままの状態で救急車に乗せられたそうだ。もうわかるよな? オレの言いたいことが何なのか」


 百瀬が問うも、優作はやはり黙ったまま何も答えない。少し待ってから、百瀬は話を再開した。


「事件の捜査を担当した刑事である垣内サンが言うには、美姫の親父さんの胸に突き立てられた刃物は根元までしっかりと刺さっていたらしい。つまり、現場に居合わせた群衆に見えていたのは刃物全体のうちの部分だけ。一口に包丁と言っても刃に限らず柄にだってさまざまな種類がある。木製、プラスチック製、樹脂加工されているもの。色だって黒、白、赤、茶色……挙げだしたらキリがねぇ。ただでさえ人が刺されて周囲がパニック状態に陥っている状況で、柄だけを見てそれが包丁であると冷静に判断できるかどうか……おまえならどうだ? 池月」


 俺は迷わず首を横に振った。だよな、と百瀬も俺に共感の意を示す。


「オレだってそうだ。実際凶器として使用された万能包丁の柄は黒いプラスチック製のもので、比較的小ぶりなつくりだったことから、刃の部分が隠れている状態だとアウトドア用品にあるようなナイフに見えなくもないものだったらしいな。例の看護師も、柄を見て刃物であることまではわかっても、それが包丁なのかナイフなのかまではわからなかったと答えたそうだ。つまり、たとえおまえの知り合いが現場に居合わせていたとしても、そいつが凶器を確実に包丁だと判断できた可能性は極めて低い。仮に『包丁だったかもしれない』と告げられてそれを真に受けたんだと言われても、おまえがその知り合いとやらをオレの前に連れてこない限り、オレがおまえの話を信じることはないぜ?」


 優作が歯噛みする音が聞こえてくるようだった。先ほどまでの冷たさから一転、握った拳をわなわなと震わせる優作の瞳は真っ赤な怒りの色に満ちていた。


「なぁ、志水……こういうの、刑法学の専門用語で何て言うか知ってるか?」


 冷静さを失いつつある優作とは対照的に、百瀬は至って落ち着いた声色で言った。


「『秘密の暴露』――真犯人しか知り得ない情報を口にした者は、犯行を自白したも同然だってことだ」

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