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Liar  作者: 貴堂水樹
第三章 融和
26/39

4-1

 百瀬と俺、そして垣内さんが一連の事件についての情報を共有するに至った『大人の遊び場』と呼ばれる夜の繁華街は、地名を上市台かみいちだいといって、通称『カミイチ』と呼ばれている。市営地下鉄上市台駅を降りてすぐの大通り沿いにはカラオケ店やファミレス、ゲームセンターなどが立ち並び、比較的早い時間帯であれば高校生を中心とした若者の出入りもある場所だ。しかし、一本中へ入った瞬間、その景色はガラリと変わる。


 いわゆる〝黒服〟のお兄さんに、深くスリットの入ったチャイナドレス姿のお姉さん。いろんな意味で目のやり場に困ってしまう煌びやかな通りをずんずんと迷いなく進んでいく百瀬は、そんなカミイチの人たちみんなと仲がいいらしく、誰かとすれ違うそのたびに笑顔で挨拶を交わしていた。


「何ビビった顔してんだよ」


 肩を縮こまらせながら百瀬の後ろをついていくことで精一杯な俺を振り返り、百瀬はギロリと睨んでくる。


「堂々としてろ。俺たちは高校生だ。手を出してきたヤツらのほうが捕まる」

「そんなこと言われても……!」

「ったく、どんだけガキなんだよおまえは。ほれ、お兄ちゃんがおててつないでやろうか?」

「誰がお兄ちゃんだ」


 相変わらず俺をおちょくっては楽しそうに笑う百瀬。こいつとだけは絶対に手なんてつなぎたくない。


 時刻はまもなく午後九時になろうというところ。熊さんに送ってもらって一旦自宅へと戻った俺は、制服から私服へと着替えて再びこの場所で百瀬と落ち合った。夜は冷えるかと思って冬場でも着られるモスグリーンのモッズコートを羽織ってきたけれど、裏地のボアを外していてもさすがに電車の中では暑かった。


 熊さんは本業であるクラブでの仕事のため、現在俺は百瀬とふたりきりでネオン煌めくカミイチの街を歩いている。どこへ向かっているのか、何が目的なのか、俺はまだ何も知らされていない。『真実を知りたければついてこい』と、百瀬はただそれだけしか言わなかった。


「お」


 不意に百瀬が声を上げる。視線の先で、スラッと背の高いその人が軽く右手を上げていた。


「垣内さん!」


 例によってブルー系のスーツに身を包み、俺たちに手を振っていたのは、県警の刑事・垣内さんだった。その名を口にした俺を見て、垣内さんも俺の驚きを映したような顔をする。


「池月くんも一緒なのか」

「構わねぇだろ? 保護者同伴なんだし」

「僕のことかい? 保護者って」

「あんた以外に誰がいるんだっての」


 なんだかすっかり仲よくなってしまっている百瀬と垣内さんのやりとりを、俺はただ呆然と眺めることしかできなかった。誰だよ、ついこの間まで『サツは嫌いだ』とか言ってたやつは。


 垣内さんの背後には一軒のキャバクラ。見上げれば、黒字の看板に白く『キャリオン』の文字。


「あれ……?」


 この名前、確かどこかで……?


「はん、覚えてたのか」


 眉間にしわを寄せて看板を睨む俺に、百瀬はどこか感心したような顔でつぶやいた。


「あっ!」


 その顔を見て思い出した。

 あの時だ。垣内さんから事件の情報を引き出す代わりに、百瀬は『キャリオン』という名前のクラブで薬物の売買が行われているという情報を垣内さんに提供したのだ。そして、もう一つ。


「まさか……?」


 ぶるっ、と全身が大きく震えた。

 あの時、百瀬はこんなことも言っていた。中学時代の同級生が、借金の肩代わりにそのクラブの系列店でキャバ嬢として働かされていると。

 このキャバクラの名前も『キャリオン』。つまり、百瀬の言う系列店というのはここのことだ。


「受け入れろ、何もかも」


 高鳴る鼓動に息を詰まらせる俺に、百瀬は抑揚のない声でぴしゃりと言った。


「それができねぇんだったら、今すぐ帰ったほうがいい。真実ってのは得てして残酷なもんだ。人類を皆平等に作らなかった神様と同じくらいにな」


 どこか悟ったように語る百瀬を、垣内さんは無言でじっと見つめている。百瀬の意見に同意しているということか、はたまた全然別のことを考えているのか。


「どうする? 池月。オレたちと来るか、家に帰るか」


 改めて百瀬は、俺にまっすぐ問いかけてきた。ぎゅっと拳を握りしめる。

 乗りかかった船だ。ここまで来ておいて、引き下がるわけにはいかない。扉の向こうに待つ真実を、この目できちんと確かめたい。たとえそれが、どれほど受け入れがたいものだったとしても。


「行くよ」


 短く答えると、百瀬はくいっと口角を上げた。


「んじゃ、よろしく」


 ぽん、と垣内さんの背中を叩く百瀬。「はいはい」と垣内さんは小さく息をつきながら入り口の黒い扉を引き開けた。


「いらっしゃいませ」


 ばっちりオールバックで髪を固めた黒服の男に出迎えられる。垣内さんはサッと警察手帳を片手に掲げ、さわやかな微笑みを男に向けた。


「……何のご用でしょう」

「ご心配なく、お宅に用はありません」

「……と言いますと?」

「捜査一課の垣内と申します。こちらにユミナというキャストの子がいると思うのですが」

「えぇ、ですが……彼女が、何か?」

「先週水津で起きた女子高生殺人事件について、彼女から少々お話を伺いたいと思っておりまして」

「はぁ……そうおっしゃられましても、彼女は今フロアに出ていますので」

「だったらオレが指名する」


 バンッ、と百瀬はフロントのカウンターを勢いよく平手で叩いた。


「足りなきゃ言ってくれ。もうちょっとだけ上乗せしてやってもいい」


 カウンターに乗せられた百瀬の左手の下に、一万円札が何枚か重なって置かれていた。ぎょっとしたのは俺と垣内さんだけでなく、黒服の男も同じだった。


「か、かしこまりました」

「できれば別の部屋を用意してくれ。みんなが楽しく飲んでるところで殺人事件の話なんかされたくねぇだろ?」

「かしこまりました。では、どうぞこちらへ。ユミナもすぐに連れて参ります」


 黒服の男は俺たち三人をフロアとは反対方向へといざなった。男が開いた扉には小さく『VIP』と書かれたプレートがついており、中に入るとどこかの会社の社長室を思わせる高級感あふれる空間が広がっていた。

 ふかふかのソファに案内され、俺たち三人は仲よく横並びに――百瀬が真っ先にセンターを陣取って――座る。アルコール類をすべて断ると、割り物用のソーダやミネラルウォーターを提供された。「こういうのも一本千円くらいするんだぜ」と百瀬に耳打ちされ、軽く眩暈がした。


「お待たせ致しました」


 席を外していた黒服の男が、ひとりのキャストを連れて戻ってきた。淡いピンク色のドレスに身を包み、長い髪をアップにしたその女の子を見た瞬間、またしても俺は息を仕方を一瞬忘れた。


「碧衣……!」

「祥太朗……!?」


 源氏名を『ユミナ』というドレス姿の女の子は、俺の幼馴染み・新山碧衣その人だった。

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