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Liar  作者: 貴堂水樹
第三章 融和
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2

 百瀬から連絡が来たのは、翌日の夜になってからだった。予定どおり、木ノ前隼人と矢田静馬から話を聞けるよう手筈てはずを整えろとのお達しだ。


   *

 

 百瀬が俺にアポ取りをさせるだろうことはあらかじめ想定していたので、まずは優作に朝イチで木ノ前隼人との接触を図りたい旨を伝えておいた。スマホのメッセージアプリを使って連絡したのに、優作からは『一体何事?』とすぐに電話がかかってきた。相変わらず誤魔化すことが下手な俺は、ほとんど正直に――百瀬のことはもちろん伏せて――事情を話した。どうせ圭にも美姫の事件のことで動いていることはバレているのだし、今さら隠すことでもない。知られてはならないのは、百瀬とのつながりだけだ。


 俺が美姫の事件を追っていると知った優作はあっさり仲介人を引き受けてくれた。『事前に連絡がつくといいよね』と、彼の先輩で今でも木ノ前隼人とつながっている人がいないか探してくれるとのことだった。ここまでよくしてもらえるとむしろ恐縮してしまうけれど、彼の厚意に素直に甘えることにした。


 木ノ前隼人の職場は垣内さんに尋ねたらすぐに教えてもらえて、新桜井駅から徒歩で二十分ほどの場所だという。


 新桜井――美姫のお父さんが殺された現場と同じ駅名。


 偶然の恐ろしさを今回ほど実感したことは、これまでなかったように思う。


 一方、矢田静馬については少々苦戦を強いられた。矢田は樹里と同じ高校に通っているが、俺には樹里との連絡手段がなかったからだ。


 幼馴染みの女子四人の中で、俺は樹里が一番苦手だった。気が強く、いいこと悪いことを問わず思ったことをすぐ口にする樹里に、昔は何度も泣かされそうになった。もちろん楽しい思い出もたくさんあるけれど、中学に入って最初に距離を取ったのも樹里だ。クラスも三年間で一度も一緒にならなかったし、中学以降樹里とはまともに話した記憶がなかった。


 優作も樹里の連絡先を知らないと言うので、休み時間に冴香を訪ねて音楽科の校舎まで足を運んだ。普通科の生徒でも音楽科の校舎には入れるが――芸術選択で音楽を選ぶと音楽科の校舎にある音楽室で授業を受ける――、ほとんどが女子生徒で占められている廊下を堂々と歩けるだけの勇気が俺なんかにあるはずもなく、肩を縮こまらせながらどうにか冴香のもとへとたどり着いた頃にはどっと疲れが押し寄せていた。


 残念なことに、冴香もまた樹里の連絡先を知らず、俺の苦労は呆気なく水泡に帰す結果となる。「ごめんね」と冴香に謝られたが、冴香は何も悪くないので精一杯の笑みを返しておいた。


 残るは圭と碧衣のふたり。中学時代の友人を頼ることも考えたが、妙なことを勘ぐられてはたまらない。なるべく狭いコミュニティで事を済ませたかった。

 本来なら樹里と比較的深く付き合っていたように見えた碧衣に尋ねるのが一番早いのだろうが、俺はその選択肢を一番に消していた。昨晩見かけた女の子の件と、圭から聞いた話がひっかかっていたからだ。なんとなく、今碧衣と連絡を取るのはしたほうがいい気がした。


 そういうわけで、最後のとりで・圭に連絡したのだが、これが案外すんなりと事が運んで、樹里の電話番号を聞き出すことに成功した。こんなことなら最初から圭を頼っておけばよかったと後悔しつつ、早速樹里にショートメールを送ってみる。ちなみにこの時、時刻は午後一時二十分。休み時間は残り十分、放課後までに返事がくればいいかなとのんびり構えていたところ、樹里も優作と同じくすぐに電話をかけてきた。


『え、何。どういうこと? あたしがその矢田クンって子とあんたを引き合わせればいいわけ?』

「うん、そう。頼めないかな?」

『頼めないかな、って……あんたあたしのこと何だと思ってるわけ?』

「何って……それは……」

『あのねぇ、せめて同学年の男ならまだ許せるわ。けど一年生でしょ? 矢田クンって』

「うん」

『はぁ……。簡単に言ってくれるけどねぇ、あんただったら見知らぬ上級生が突然訪ねてきて「美姫とのことを聞かせて」なんて言ってきたらどう思う?』

「逃げる」

『でしょ? それと一緒だってば! 無茶なんだよ、あんたの言ってることは。根本的にやり方を間違えてる』

「じゃあどうすればいい?」

『そんなもん自分でどうにかしなって! 学校の前で待ち伏せでもすれば?』

「いや、だって俺、そいつの顔知らないし」


 はあぁ、と電話越しに盛大なため息が聞こえてくる。


『……わかった、あとでこっそり写真撮って送ってあげる』

「マジで? ありがとう、助かるよ」

『ったく……これっきりにしてよ? あたしが変なやつだって周りに思われるのはマジ勘弁』

「ごめんな、巻き込んじゃって。今度何かおごるよ」

『よし、ならスマイリーのパフェで手を打とうじゃん』 

「げ」

『何? 文句あんの?』

「…………いえ、ありません」

『よろしい』


 じゃああとで、と言って樹里との通話を終えた俺は、一気に脱力して机の上に突っ伏した。樹里とサシで話すといつも緊張して無駄に疲れる。

 ちなみに〝スマイリーのパフェ〟というのは俺たちの地元・東松町から自転車で五分ほど行ったところにある『カフェ・スマイリー』というお店のパフェのことだ。結構立派なパフェで、一つ千円近くするから痛い出費である。


 その日のうちに樹里から矢田静馬の写真が送られてきた。カーキのジャケットにアイボリーのコーデュロイパンツという私服姿だったが、そういえば旭ヶ原は制服で登校する必要がない高校だったなぁ、なんてことをふと思い出す。『帰宅部らしいよ』という情報まで付け加えてくれた樹里には感謝の一言だ。


 木ノ前隼人と矢田静馬。ひとまずこのふたりとなんとか接触できそうだというところまでは段取りがついた。百瀬から連絡が来たのは、午後九時を少し回った時だった。


   *


『やるじゃねぇか。見直したぜ? 池月』


 昼間の出来事を端的に伝えると、百瀬から珍しい一言が返ってきた。こんなことで褒められてもまったく嬉しくなかったけれど、とりあえず「どうも」と答えておく。


『んじゃ、早速明日、旭ヶ原へ向かってもらうぞ。まずは矢田静馬から片づける』 

「わかった」

『安心しろ。オレも一緒に行ってやっから』

「え? いや、だっておまえ……?」

『車の中から見ててやる。話を聞くのはおまえひとりで行け』


 なるほど、そういうことか。


「わかったよ。で、俺はどうすればいい?」

『学校は午前中で早退しろ』

「えっ」

『まずは四時間目で保健室だ。一時間、頭が痛いフリでもして休め。で、そのまま回復の見込みなしってことで帰る。できるだろ? これくらい』

「あー、まぁ……できると思う」

『大丈夫だ。部活も体調不良を理由に休んでんだろ? 誰も怪しんだりしねぇさ』


 確かにそうかもしれないが、部活は別に嘘をついて休ませてもらっているわけじゃない。中井から休めと言われた時の俺の精神状態は本当に普通じゃなかったのだから。


「……わかったよ、早退する」


 そうは言っても、部活に復帰するためには一刻も早い事件解決が必須条件だ。何もわからないままで顔を出してもまた中井やチームのみんなに迷惑をかけることになりかねない。やはり今は、百瀬の指示どおりに動くのがよさそうだ。


『よし、それじゃ校門を出た坂の途中で待ってる。この前乗った白い車、覚えてるな?』

「あぁ」

『決まりだ。うまくやれよ?』


 それだけ言って、百瀬は一方的に電話を切った。まったく、どこまでも勝手なやつだ。


 ――でも。


 ごろん、とベッドに横たわる。


 百瀬とつるむようになって三日。今までぼんやりとしていた百瀬龍輝という男のシルエットが日を追うごとにはっきりして、どんどん新たな一面が見えてくる。面白いな、と素直に思った。


 二日前。熊さんの車に乗せられた時、百瀬は『人を見た目で判断するな』と言った。まさにその通りだと今では思う。

 俺は百瀬のことを見た目だけで悪いやつだと決めつけていたけれど、実際はものすごく頭がよくて勇気のある男だった。こうして話をするまで全然許せなかったのに、今なら美姫と百瀬が付き合っていたことを許せる気がする。俺なんかと一緒にいるより、きっと百瀬の隣のほうが美姫はずっと安心していられただろう。


 何があっても守ってくれる、頼りがいのある男。彼氏にするなら、俺だって百瀬みたいな強い男がいいなと思う。


 明日からは、実際に事件の真相を巡って容疑者とおぼしき男たちへの接触が始まる。不安のほうが圧倒的に大きい。けれどどこか、明日を楽しみにしている俺がいるのも確かだった。


 つい十日ほど前に大切な幼馴染みを失ったばかりだというのに、こんなにも前を向いていられるのは百瀬のおかげかもしれない。あいつと出逢っていなければ、俺はいつまでもふさぎ込んだままでいただろう。


 ここまで来たら、絶対に美姫を殺した犯人を見つけ出す。

 百瀬がいれば、それが叶う気がしてならない。


 少しずつ膨らんでいく事件解決への期待が、不安をかき消してくれるようで嬉しくなった。

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