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Liar  作者: 貴堂水樹
第一章 邂逅
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1-1

 美姫みきが死んだ。


 およそ一週間前の話だ。

 通夜が執り行われたのは五日前、告別式だって四日前に終わっている。それなのに、まだ少しの実感も湧いてこない。

 この世界に、もう美姫がいないなんて。


「はい、では次の一文の現代語訳を……」


 古典の先生のソプラノボイスが、いつも以上に遠く聞こえる。

 形だけは真面目に授業を受けながら、俺はまったく別のことを考えていた。

 五日前、美姫の通夜に参列した時の出来事だ。


  *

  

 高校の制服を身にまとい、母とともに葬儀会場へと足を運んだ。まだ十月もなかばだというのに外は底冷えするような寒さで、ブレザーの下にニットのベストを着てくればよかったとひどく後悔した。


祥太朗しょうたろう!」


 焼香を済ませて一旦受付のあたりまで出てくると、どこからか俺を呼び止める声が聞こえてきた。


けい!」


 葬儀場の入り口から小走りに近づいてきたのは圭だった。ラグビー部らしい縦にも横にもでかい図体はどこにいてもよく目立つ。

 ちょうど今到着したばかりといった様相で、漆黒の学ランが俺の着ている濃紺の制服よりもずっとこの場に適しているように見えた。


「うわー、超久しぶりじゃね?」

「だな」

「みんな来てる?」

樹里じゅり碧衣あおいならもういるよ。冴香さえか優作ゆうさくはまだっぽい」

「そうか。……おまえ、もう終わった?」


 圭は『會田あいだ家』と書かれた式場の入り口を指さして俺に問う。


「うん、今」

「んじゃオレ、ちょっと行ってくるわ」


 受付に向かった圭の後ろ姿を黙って見送る。部活帰りにそのまま来たようで、圭の通う高校名の入った大きなエナメルバッグを提げていた。


 視線を移し、エレベーターホールの前で肩を寄せ合う樹里と碧衣の姿を確認する。あのふたり、ここへ来てからずっと泣きっぱなしだ。圭が焼香を済ませたら慰めに行ってやらなきゃならないか。


「やぁ」


 唐突にかけられた声にびくりとし、勢いよく振り返ると、そこにはまた見知った顔があった。ブルーグレーの詰め襟に身を包んだ姿で軽く片手を上げている。


「優作!」

「久しぶり、祥太朗」


 その顔にやや緊張の色をにじませて俺の前に立った彼の姿に、思わず目を見開いた。


「…………でかっ!」

「ね。僕もびっくりだよ」


 一七〇センチある俺でもちょっと見上げてしまうくらい、優作はすらりと縦に長いシルエットで恥ずかしそうに後頭部をかいている。小学生の頃は俺たちの中でもずば抜けてチビだったのに。


「みんなは?」


 優作に問われ、「あぁ」と答えながら俺は式場のほうへと視線を移す。


「圭がちょうど焼香に行ってる。樹里と碧衣はあそこ。冴香は……」


 エレベーターホールをさして女子ふたりの居場所を示し、優作へと視線を戻そうとしたちょうどその時、入り口をくぐるひとりの女子高生の影が目に飛び込んできた。


「来た」


 冴香だった。ボックスプリーツのスカートに濃紺のブレザー。胸もとのリボンタイは俺のネクタイと同じ深いグリーン。スカートの丈は膝がわずかに見えるくらいで、彼女の背の低さを強調していた。

 早速俺と優作に気づいたようで、スカートの裾をひるがえしながら迷いなく俺たちのもとへと近づいてくる。


「……優作くん、だよね?」

「そうだよ。久しぶりだね、冴香」

「うん、久しぶり。ごめんね、すごく大きくなってたからびっくりしちゃった」


 わかる、と俺は相槌を打った。


「俺もビビったもん。眼鏡かけてなかったらたぶん気づかなかった」

「ほんとに? よかった、コンタクトにしようかと思った時もあったけど、眼鏡のままで正解だったね」


 肩をすくめる優作に、俺と冴香は顔を見合わせて静かに笑みを向け合った。


 優作と冴香が連れ立って受付へと向かい、俺はその場にひとり取り残された。母さんの行方を探してみると、母親は母親同士、神妙な面持ちを並べて何やら話し込んでいるようだった。


 圭、優作、樹里、碧衣、冴香、俺、そして美姫。


 俺たち七人は幼馴染みだ。といっても、漫画なんかに出てくるそれとは違って、俺たちの関係はさほど深くない。


 俺たちが通っていた小学校を一緒に卒業したのは全部で一〇八人。どこの小学校でもたいてい分団登校なんて呼ばれる集団登下校が行われているが、俺たち七人は同じ通学分団『東松とうまつ町』の仲間だ。一〇八人中七人。女子が四人で男子は三人。全学年合わせて三十人にも満たない、数ある分団の中でもとりわけ小さな集まりだった。


 俺たちの暮らす東松町は、街の中心部から外れた閑静な住宅街。高齢者の割合が比較的高く、小さなアパートこそあれど高層マンションは一つもない。碧衣を除く六人が一軒家で暮らし、圭と樹里と俺に至っては三世代同居の二世帯住宅だ。あと何年かすると世代交代の波がきて、空き地に新築戸建てが続々と立ち並ぶだろうと言われている。

 東松町自体がまったく広くないので、それぞれの家を行き来するのによくかかっても徒歩五分。俺の家から一番近かった美姫の家なんて五軒先だ。走って十秒。美姫がひとりっ子だったせいか、美姫の部屋の半分は俺の部屋で、俺の部屋の半分は美姫の部屋みたいなものだった。


 町のちょうど真ん中に、広くもなく狭くもない公園が一つある。誰もが意図せず、自然な流れで俺たちはそこに集まって遊んだ。毎日七人全員がそろうわけじゃなかったし、時には他学年のヤツらも一緒になって遊ぶこともあった。

 遊具を使ったり、木登りをしたり、砂場に座り込んでポータブルゲームをしたり、グラウンドスペースでドッジボールをしたり。まだ一日が過ぎるのを長く感じていたあの頃の俺たちは、毎日飽きもせず顔を合わせては互いに笑い合っていた。その日を楽しく過ごせればいい、ただそれだけの関係だった。


 小学校を卒業すると、父親が開業医である優作だけが中高一貫の私立中学に進学し、俺を含めた残りの六人は地元の公立中学校へ進んだ。

 中学に入った途端、俺たちが同じ時間を過ごすことはなくなった。それぞれがそれぞれに新たな友達を作り、部活やら習い事やらで忙しくし始める。中学では小学校と違って四〇〇人近い生徒が同級生として名を連ね、いつしか俺たちは廊下ですれ違っても目すら合わなくなっていた。


 ただひとり、美姫を除いては。


 美姫だけが小学校時代と同じように、俺を見つけるたびにニコニコと笑みを浮かべて近づいてきた。たわいない言葉を交わし、時にはバカを言い合って笑う。俺と美姫との関係だけが、昔から少しも変わらなかった。


 そんな俺たちの関係が変わってしまったのは、ある事件が起こったからだった。

 その事件をきっかけに、中学二年の秋、美姫は転校した。

 思えば、あの時の季節も秋だった。俺は秋に呪われているのかもしれない。


「おい! 祥太朗って!」


 ぼーっと祭壇を眺めていたら、焼香を終えて式場から出てきた圭がやや声を大きくして俺の名を呼んだ。圭の後ろには冴香と優作の姿もある。


「ん?」

「『ん?』じゃねぇよ! さっきから何度も呼んでんだぞ!?」

「え? あ……ごめん」


 ったく、と言って、圭はツカツカと俺のもとに近づいてきた。


「大丈夫か? 顔色悪いぞ?」


 言葉どおり、覗き込んできた顔には心配の色が浮かんでいる。


「おまえ、美姫とは特に仲よかったもんな」


 俺が答える前に、圭は哀しい目をしてそんなことを口にした。

 とくん、と胸が小さく脈打つ。俺と違って、心はどこまでも正直だ。

 なんとなく居心地が悪くなって、伏し目がちに小さく息をつく。


「俺だけが特別ってわけでもないだろ」

「でも、高校であいつと再会したのはおまえだけだ」


 まぁ、と俺は曖昧な返事をすることしかできなかった。そういう客観的な見方をされると、確かに自分だけが特別であるような気がしないでもない。


 俺と美姫との関係は、中学二年の秋に一度途切れた。

 しかしその一年半後、予期せぬ再会の日を迎えることになる。




『あ、やっぱりしょうちゃんだ』


 高校の入学式。

 校門に貼り出されていたクラス分け一覧表を頼りに教室へ向かう。窓側、前から二番目の席。与えられた場所へ腰を下ろし、すでに一列隣の席に着いていた初対面の女の子と話をしていると、俺のよく知っているふわりと明るい雰囲気を連れて、その人は唐突に俺の前に現れた。


『……美姫……?』

『久しぶりだね、祥ちゃん』

 一つ前、最前列の席に荷物を下ろし、現れたその人――會田美姫、昔と少しも変わらない笑みをたたえて俺を振り返った。



 

「冴香も一緒だよ」


 俺が冷ややかに訂正を入れると、圭は「冴香は別だ」と俺の訂正を押しのける。


「あいつは音楽科だから、おまえらとは違う学校みてえなもんだろ」


 確かに、とつい圭の意見に同意してしまった。

 冴香の家は音楽一家で、冴香自身もその血をしっかりと引いた才能あふれるピアニストだ。県内では随一と言われているらしい高校音楽科がたまたま俺の進学した高校にあって、冴香も俺と同じように自宅から電車を乗り継ぎ一時間以上をかけて通っている。圭が言ったとおり、冴香の在籍する音楽科と俺の通う普通科とは同じ敷地内でも校舎が別で、学校で冴香と顔を合わせる機会は限りなくゼロに近い。実際、最後に見かけたのがいつだったのか、はっきり思い出せなかった。


「とにかくだ。一旦集まろうぜ、みんなで」


 立てた右の親指でエレベーターホールをさす圭。視線を向けると、すでに優作と冴香が樹里と碧衣のふたりと合流していた。


「大丈夫? 祥太朗」


 圭とともにみんなのもとへ向かうと、優作が一番に俺のことを心配する声をかけてくれた。


「あぁ、大丈夫」

「信じられない!」


 答えた俺を半ば睨むようにしてそう声を上げたのは樹里だった。


「なんでそんな平気っぽい顔でいられるわけ!?」


 その性格のとおり気の強そうな言葉を発しながらも、真っ赤な目をしてまだぐずぐずと涙を拭っている。


「やめろよ樹里。平気なヤツなんているわけねぇだろ」


 みんなつらいんだ、と圭が漏らす。しん、と六人の空間が静まり返った。


「…………誰が」


 静寂を破り、冴香が小さく言葉を放った。


「誰が、こんなこと(・・・・・)……っ」


 その一言に、誰もが伏し目がちに視線を外す。


 ――こんなこと。


 美姫が死んだのは、病気でも事故でもない。

 殺されたのだ。

 何者かに、胸を刺されて。

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