暗躍乙女1
「問題ありませんわ。彼女はちっとも、わたくしをお疑いではありません」
そう言って、女が嗤った。
とても温厚そうな見た目なだけに、言葉の刺々しさが際立って底知れぬ女だ。雇っておいて言うのもなんだが、敵に回すと恐ろしそうだと冷や冷やする。
女の報告内容はいつも単調で温くて、つまらないものだが、それももうすぐ大きく進展することだろう。
その時が楽しみでならない、とほくそ笑んだ。
その細かな笑みに気づいた女も、同調して嗤う。
数多の戦を勝利に導いた《最上の戦巫女》八重。
神に愛されたその少女を、果たして誰が手にするのか。
それは同じく神に愛された者の手に、委ねられることとなるだろう。
「引き続き、頼んだぞ」
と任せる意思を告げると、女は恭しく頭を下げた。
「————そういえば」
部屋を引く直前になって、女が改まって口を開く。茶を飲みかけた手を止め、聴いてやると暗に示した。
「ひとり……妙な男が転がり込んできたのですが、如何いたしますか?」
「妙な男?」
単調な話にもようやく面白そうな異音が生まれたかと思うと、俄然として聴きたくなるものだ。
弾んだ声で続きを促すと、女自身も楽しそうに語り始めた。
「八重さまの新しい守護役です。名を深山と申しまして、大久保公が大変に寵愛していると聞き及んでおります」
「『深山』……」
はて、何処かできいた名だなと首を傾げた。
いったい何処で耳にしたのだろうか。
仕事柄、情報通であるのが自慢だったものだが、年には勝てないのかもしれない。記憶を手繰り寄せようにも、なかなか上手くいかず燻る。
「まぁいい、その男もよく監視しておけ」
と命令すると、女は「かしこまりました」と残して部屋を後にした。
独りになった部屋を見渡し、なにかの異変がないかどうか注視する。
仕事柄、侵入者には手厳しい。
味方だと思っていた相手から、背中に大きな傷を受けたこともある。
こういう仕事を生業としているなら、ある程度の覚悟と用意をしておくべきだ。
用心するに越したことはない。
異変がないことを満足するまで確かめてから、一度は置いた湯呑みに口をつけ、少し冷めた茶で唇を湿らせた。
今宵の月はよく満ちていて、冴え渡る銀色が目にも眩しい。
散りゆく桜がよく似合う、などと過ぎた春を惜しむくらいだ。おそらく人よりも桜好きと胸を張れる。
八重。
桜の名を冠した戦巫女の少女は、一際に美しいと噂を呼んでいた。
この手に閉じ込めたい、と強く欲求に駆られるのは、彼にとっては自然なこと。
幼い頃の手遊びで、ひらりと宙を舞う花弁を掴んだときの歓喜が、恍惚が。
彼の心を支配してやまない。
もう一度……もう一枚、あと一枚。
美しい桜は、私の庭を彩るために在るのだ。