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約束乙女3

幼い頃に別れた少女が、いま目の前にいる驚き。

当然のことだがあの頃よりも、彼女はかなりの成長を遂げている。芽吹いた蕾が一瞬で花開いたような、そんな衝撃が深山の脳を直撃した。

「深山……って」

深山がなにも声を出せず棒立ちになっていると、彼に目を向けて明るい声を掛けた少女は突然に目をひん剥く。

深山の流麗に整った顔を見て、ざんばらの髪を見て、着物からわずかに覗く引き締まった胸板を見て、右腰に差した立派な業物の刀を見て、最後に全身へと目がいった。

それからすぐに、深山のすぐ隣で楚々と控えていた薄桜に向かってきゃんきゃんと問い質す。

「うそ男!?どーゆーことよ、薄桜!」

「どういう、と申されましても。深山さまは大久保さまのもとにお仕えする、ご立派な藩士さまですよ」

一体どういう勘違いをされていたのですか、と腰に手を当てて呆れる薄桜。

なにが悔しいのか。八重は唇を色が変化するほどぎゅっと噛み締めて、深山を親の仇でも前にしたかのような鋭い眼光で睨みつける。

「……っ」

彼女の怒りと葛藤は、しかしこの場の誰もわからなかったし、深く追及しなかった。

薄桜はこの場を仕切り直すべくどうにかしようと、努めて明るく振る舞うように決めたようだ。空気の切り替えのために、ぱん、と両手を打って愛想良く笑う。

「改めましてご挨拶申し上げますわ、深山さま。こちらが必勝満点と名高い《最上の戦巫女》の、八重さまにございます」

薄桜の気遣いを無駄にしないよう深山も乗じて、八重に気さくな握手を求めるべく右手を差し出した。

「我が小田原藩主、大久保忠愨公から君の守護役を仰せつかった、深山だ。よろしく、八重……さん」

しかし八重はその手を決して握り返そうとはせず、あからさまに不機嫌そうな据わった目で深山のことを睨みつけるばかり。色形のいい唇をつんと尖らせて、柔らかそうな白い頬は餅のように膨れている。

流石の薄桜もいち世話係として、説教じみた非難の言葉をぶつけざるを得ない。

「これ、お嬢様!深山さまに失礼ですよ、そんなにぶすくれて」

「……あんた、本当に男?」

「八重さま!」

しかし薄桜の長くなりそうな説教は、動揺からようやく正常に戻った深山によってやんわりと阻止された。

「よく言われますので。でも残念ながら、正真正銘の男ですよ」

しかし八重の目ははっきりと疑念の色合いを含んでおり、視線の行方は深山の首と胸元に伸びていた。

僅かにでも胸が膨らんでいないかとか、実は喉仏なんてないのではないかとか。彼女が検分しているのは、大方そんなところだろう。

「なんなら証拠をお見せしましょうか?」

などと深山が戯けながら胸元をほんの少し緩めて見せようとした途端に、八重は年頃の少女らしい恥じらいでもって頬を朱色に染める。

「な……っしょっ!?い、いいいいいらないわよ!」

「それは残念です」

少し乱した着物を楚々と正して大人しく引き下がった深山に、八重はほっと安堵の息を吐いた。

揶揄うと面白いのは、昔と変わらないな。

という意味合いを含めた深山の優しい微笑を、八重はいったいどう捉えたのだろうか。

明らかになんらかの不満を溜めた表情ののち。

なにかを迷うように視線をあちこちに彷徨わせて浮かせてから、たっぷり時間をかけた深い躊躇い。

しかしやがて瞳に決意の光を宿らせて、重々しく口を開いた。

「深山……ってあんたと同じ名前の、戦巫女」

深山の反応を深々と探るみたいに、八重はあえて言葉を切る。その視線には単純な疑念と一緒に、ささやかな希望が乗せられていた。

「知ってる?」

その問いにどう答えるべきか。正直に話すのか、それとも隠し通すのか。

どちらの選択が八重の為になり、深山自身の為になるのか。

深山はほんの刹那の間で密かに逡巡し、そして決断した。

「————存じ上げません」

深山がかつて戦巫女として戦場にいたこと。

彼女が探っている戦巫女は、まさしく深山であること。

すぐに明かすべきかもしれない。自分が選択した道が本当に正しいのか、いまの深山にはわからない。

だがいま無用な混乱に彼女を陥れて、それでなにかが解決するとは思えない。

焦る必要はない、折を見てゆっくりと明かせばいい。

隔たった時間という壁は、ほんの少しずつ溶いていくべきだ。

いつか、きっと。

昔みたいにすぐ隣で笑いあえる日が来るだろうと、深山は願いを込めて、いまは静かに口を閉ざすと決めた。

しかし。

「そう……」

「お嬢様?」

八重の肩と表情が明らかに落ち込み、花が萎れたように精彩を欠いたのを、薄桜は見逃さなかった。

俯いた八重の顔を薄桜が様子見しようと、首を傾けたその途端。

「もういいわ、帰って」

なにかを振り払うかのように勢いよく立ち上がり、深山に向かって吐き捨てた。

客人を強引に追い払おうとする主人の態度をいよいよもって良しとせず、薄桜は教育的指導に入るべく立ち上がる。

「八重さま!いい加減に」

「そういう訳にも参りません」

しかし薄桜の指導を遮ったのは、他でもない深山の冷静な声だった。

「私は八重さんの守護役を任されました。君の側にいなくては、仕事にならない」

深山のもっともな言で重たげに振り向いた八重の瞳は虚ろで、明らかに深山の扱いを面倒がっている。

「……つまり、わたしが死ななきゃいいんでしょ?包丁も小刀も縄も、袂に持ってないわ。部屋に隠してもいない。これでいいでしょ」

自害の可能性は、戦巫女の間でもかなり多いものだ。

勝利のために彼女たちを縛りつけ、自由を奪う大名というのは当たり前。ましてや幾度も勝利に導いてきた目出度い戦巫女とあれば、尚のこと。

内外から特別視されているとしても、所詮は大名の『持ち物』でしかない上に、戦う術を知らない非力な少女がほとんど。

だからこそ守護役は、彼女らの持ち主が認めた強さを誇る、強さに於いてもっとも信頼しうる者でないといけない。

しかしいくら強い守護役を付けて敵から守ろうとも、戦巫女自身が守られた籠の中で自害してしまえば、元も子もない。だが。

「いえ」

と深山は彼女が言わんとする可能性以上に、一番最初に危惧すべき点を付加させる。

「戦巫女は大名の財産。どういった意図にせよ、利用したいと狙う者はごまんといる。そんな不届き者から君をお守りするのが、私の務めです」

「……望みはハッキリと口にするものよ、お侍さん」

じろり、ときつく睨む八重の鋭利な眼光も、しかし深山からしてみたら子猫がじゃれてくるような可愛いものだ。

さらりと躱して嫋やかな微笑みとともに、八重の言う通りに口を出す。

「本日よりこのお屋敷で共に住まわせて頂きます、八重お嬢様」

「い・や!絶対絶対ずぇーったい、死んでもいや!いますぐ出て行きなさい、命令よ!」

塩でも持ち出さん勢いで深山を追い出そうと、躍起になって暴れ出した八重。薄桜もそんな主人を必死に押さえつけようとする。しかしこのじゃじゃ馬娘を沈静化させるのは骨が折れそうだ。

「お嬢様!少し落ち着きなさってください!」

どたばたと震える炎神よろしく暴れる八重に、深山は更にわざとらしく油を注いだ。

「なにか勘違いをしているようだな、小娘」

「小娘ぇ!?あんた誰に向かって」

ほとんど向けられたことのない暴言に、目を剥いて憤慨した八重を壁際に勢いで追い込み、深山は腕で囲いを作る。

あっという間に逃げ場を失った八重の怒りは、これからなにをされるのかという言い知れぬ不安に支配された。

なにせ深山の身体がすぐ側にあり、彼の温かい呼気が八重の髪を徒らに擽る。

ほんのちょっと手を伸ばせば、触れられる距離。武士でも香の嗜みはするのだろうか。柔らかな桜のような香りが、深山から漂ってくる。

十五歳の少女にしてみたら感じたことのない距離感が、体温が。

なにかを期待するのは、可笑しなことではなかろう。

背筋が震え、呼気が乱れる。肌理の細かい白い頬は紅色に染まり、乙女の恥じらいを美しく彩った。

しかし。

「俺がお仕えしているのは、君じゃない。よって君の命令を真に受ける必要性はない」

そう冷たく言い放つ深山の表情もまた、氷を思わせるほどの怜悧さが生まれている。宝石のような瞳も硬度が増していて、憤怒しているようにも感じられた。

八重の頬がみるみるうちに青ざめた途端に、深山の表情は一転。

「でも君のことは、精一杯お守りしますよ————命を懸けて」

砕けた笑顔を唇にたたえた深山の空気は、男なのに妖しい蝶を感じさせるほどに蠱惑じみていて、八重の背筋を再び刺激する。

長めの前髪から覗く瞳も、微笑む唇も、着物から僅かに見える首筋も、八重を抱き締めるみたいに囲う骨っぽい腕も。

妙に艶かしくて、まるでこちらが誘惑させられているかのように、錯覚してしまう。

荒々しく猛る戦さ場の『武士』というより、毒々しくも華がある廓の『遊女』。

その手で妖艶に誘うは、果たして彼岸か此岸か。

八重は団栗の瞳を見開いて、言葉を失った口を開けたり閉じたりしてから、やがて思い出したようにきゃんきゃんと喚き出した。

「ね……猫っかぶりしてたのね!?」

「使い分けている、と言ってくれ。割と疲れるんだよ、これ」

などと返答しながら、深山は八重の囲いを解いた。

初対面のときよりもかなり砕けた言葉遣いと佇まいの深山に、ほんの少し親近感が湧いたのかもしれない。

「じゃあやめればいいじゃない!」

の投げやりではあるものの肯定的な意見を、彼は待っていたのだろう。

「いいのか?ではお言葉に甘えて、君の前では素でいよう」

なんてぺろりと舌を出して戯ける深山に、八重も『騙された感じ』が拭えなくて彼への憤りと、己の単純さと迂闊さに腹がたつ。

深山は八重の渦巻く感情を、手に取るように見透かしているようだ。

彼女の感情と表情がころころ移ろう様は、見ていて飽きない。

「よろしく、八重」

見るものを悩殺する笑みを堪えつつ、打ち解けようと差し出された右手を、しかし八重は思い切り無視して踵を返す。

「……ふんっ!」

「お嬢様?どちらへ」

いつものように付いて回ろうと腰を浮かせた薄桜を、八重は厳しく制止した。

「湯浴み!ひとりでいい、付いてこないで」

ぷりぷりと肩を怒らせながら部屋を出て行く主人の背中を見送ってから、薄桜は共に残された深山と向き直る。

「申し訳ありません、深山さま。あれでもお嬢様は、あなたがいらっしゃるのをとても楽しみにしていらして」

丁寧に詫びる薄桜には申し訳ないと深山も感じて、ほんの僅かばかり反省の意を込める。

「いや、私も調子に乗りすぎました。彼女が昔の知り合いによく似ていたもので」

そういえば昔も、八重を揶揄いすぎて本気で怒らせたなぁ。

何度もあったけれど、たぶんそのうち八重がけろっと忘れて寄ってくるだろう。その点ではあまり思い悩むことはない。

薄桜も八重について考えるのは一旦やめて、年頃の女の子らしく物語のような色事に目を輝かせている。

「まぁ。流行りの浮世草子みたいですね!美男美女でお似合いだと」

「ところで」

しかし薄桜の浮ついた妄想を強引に途切れさせ、深山は自身の研ぎ澄ませた感覚で屋敷内の僅かな異変を感じ取る。

第六感とでも言うのだろうか。それがかつて戦場で幾度も深山の命を繋いだのは、決して偶然なんかではない。

「このお屋敷には、八重と薄桜さんの他に住まわれいる方が?」

ここは大きくて立派なお屋敷だ。薄桜の他に小物が何人いても、なんら不思議がることはない。

『可笑しな人の気配』、自分の思い過ごしかもしれない。

しかし薄桜の返答で、深山の霞みがかっていた疑念ははっきりと確信へ変わった。

「?いえ、八重お嬢様の他には、わたしだけで」

「……湯殿はどちらですか?」

深山の声音と目の色が明らかに変わったことに、薄桜も気づいている。

主人の御身の為に少し考えてから正答を選ぼうと思索する薄桜に、しかし深山の鋭い視線は時間を与えない。

「ここから出て右奥の……って深山さま!?」

薄桜の言葉尻を待たずして、深山は勢いのまま部屋を飛び出した。

長い廊下を駆けて、薄桜の案内通りに右へ曲がる。左手は自然、腰に帯びた自慢の刀を握っていた。

古びた愛刀はまるで血を求めたかのように鈍い光を放ち始める。

緊張から、心臓の鼓動が迅る。刀を握る指は爪先まで、熱を帯びていた。

————八重……無事でいてくれ!

神や仏などまるっきり信じちゃいないが、いまばかりは何者かに縋って祈りたい気分だった。

彼女が無事であれば、なんだっていい。ただただ、君の命を守りたい。

「いやっ……離しなさいよ、この無礼者!!」

おそらく湯殿であろう引き戸の奥から、八重の逼迫した大きな声が聴こえてきた。

「八重っっ!!」

躊躇うことなく戸を開け放つと、檜の強い芳香とともに大量の湯気が押し寄せる。

その最奥にいた一糸纏わぬ八重の細い腕を、無理矢理に取ろうとしている男が見えた。

武士の服装だが、男の隠しきれていない細身な体つきから、おそらく間士だと素早く予想を立てる。どこかに雇われて、八重を攫うために町で潜伏していたのだろう。

深山が守護役になった初日を狙うとは、もしや敵は守護役に関する情報を事前に知っていたのか。

「チッ……」

舌打ちを残して身を翻し、男は格子を思い切り破った。そのまま逃げるつもりだ。

「逃すかよっ……!」

このまま男が逃げて雇い主の元に無事で帰れば、八重に関する情報をまんまと漏らされてしまう。

八重のことだけではない。町に潜伏していた間に男が得たものはどんなに些細なものでも、敵を有利に導くものかもしれない。

悠長なことはしていられない。いますぐ男を捕らえて、こちらも敵を知らねば。

深山はすぐに男の後を追おうと、壊された格子に手を掛ける。しかし。

「八重?」

着物の裾を引っ張られる感覚に振り向くと、八重の白い裸身が真っ先に目に飛び込んできてギョッと目を剥いた。

乙女の柔肌をあまりジロジロ見ていいものではない。ここで欲望に敗けて不躾な視線を送るのは男が廃ると、せめてどこかにあるはずの手拭いを掛けてやろうと思い立つ。

だが八重が着物の裾を握り締めたまま動かないものだから、深山も自由に動き回れない。

「いかないで……」

震えたか細い声、戦慄く小さな手。なよやかな白磁の肩も、いまは恐怖の色で青ざめて萎れている。

怖くなかったはずがない。彼女は数多の戦場を経験した名高き戦巫女である前に、数え十五歳の少女なのだから。

それでも涙を見せないのは、もしかしたら彼女が保った最後の意地かもしれない。

「……もう、大丈夫だ」

硝子細工を扱うように優しく抱き寄せると、八重の身体はすっぽりと収まった。

深山に包まれて少し安心したのか、肩の力が抜けているようだ。すっかり冷えてしまった身体に、深山の体温がじんわり移っていく。

「あら」なんて喜色めいた声が上がったことで、深山も八重も揃ってこの湯殿唯一の出入り口を見遣る。

そこには先ほどのひと騒動など気づきもしない、能天気全開な薄桜が気味の悪い笑顔を浮かべて立っていた。

「あらあらあら。深山さまもお嬢様も初対面から大胆ですね、そんな破廉恥な!でもわたくしは応援しますよ。美男美女、とってもお似合いです!」

「ち、ちちちち違うわよ!なにを勘違いしてるの薄桜!」

身体をくねくねさせながら黄色い声援を送る薄桜の手から、八重が手拭いを思い切り引ったくり、今更ながら身体を隠すようにきつく巻きつける。

一瞬前まで蒼白だった八重の頬は、いまでは見事な朱色に染まっていた。

「誰がこんなまな板相手にするかよ」

もっと肉があった方が断然に魅惑的だね、などと深山が嫌味を吐き捨てる。すると今度は朱の色味を変えて、カンカンになってとっかかってきた。

「誰の胸がまな板よ、この男女!いまに見てなさいよ、あっという間にボーン!ってなるんだからね!?鼻血ブーして死んでも知らないんだから!」

「ハイハイ鼻血ブー鼻血ブー」

「馬鹿にしてんの!?」

きゃんきゃん吠える八重と、それを面白そうに揶揄う深山。

八重がああ言えば、深山はこう言う。

いつまでも続きそうなふたりの応酬を交互に眺めながら、薄桜が慎ましやかに提案した。

「お二人とも結婚適齢期ではありませんか。大久保さまもきっとお喜びに」

「「だから違うってば!!」」

とんでもない、とばかりに犬歯をむき出しにして、薄桜の意見を激しく却下する深山と八重。

「あんたが言うな」「君こそ」などとまた不毛な睨み合い言い合いを再開し、ふたり同時に「ふん!」とそっぽを向く。間合いは完璧だ。

「息ピッタリではありませんか。これは大久保さまに良い報告が出来そうです。薄桜は嬉しゅうございます」

薄桜は今度こそ満足げに微笑んで、冗談であればよかったのに、明らかに声を弾ませている。

「さぁさ八重さま、お着替え致しましょう。男子禁制ですよ、深山さま」

ぐいぐいと深山の背中を押して湯殿から排除し、薄桜は八重に着替えさせ始めた。

しかしつい先刻に襲われたばかりなのが気がかりで、深山は湯殿のすぐ外で待つと決めて廊下に待機する。刀を構えないまでも、やはり不審な人の気配がしないかどうか意識を集中させていた。

相手もあれだけ派手に発見されてそう易々と戻ってこれないだろうが、万が一ということもある。用心するに越したことはない。し過ぎるくらいが丁度いい。

「でもまぁ、これでわかったろ。君の命は、戦場以外でも常に危険に晒されている」

「……わかったわよ。仕方ないから、あんたをここに置いてあげる」

戸越しでくぐもった衣擦れの音とともに、不満を大量に載せている返事が聴こえた。

深山としては、その返事だけでひと安心だ。内心でほっと胸をなでおろす。

「その代わり!!」という声と同時にすらりと戸が開け放たれ、薄桜によって完璧に身支度を整えた八重が姿を見せた。

「わたしのこと、ちゃんと守りなさいよ?ちょっとでもヘマしたら大久保さまに言いつけて、すぐ辞めさせるからね!」

仁王立ち、年齢以上に幼さが残る薄い胸をめいっぱいに張る。

大きく身長差があるので、どんなに深山を睨みつけても上目遣いになって、可憐な顔立ちだからこそ愛らしく感じた。

「約束は守ろう。俺は君のことを、命を懸けて守り通す」

そう言って小指の代わりに差し出した深山の手のひらを、八重は信頼した分だけちょこっと触る。

ふん!とそっぽを向く彼女のほんのり染まった頬に苦笑して、「いつかはちゃんと握ってくださいね」などとささやかに願ってみる。

大島桜が鮮やかな、優しい記憶。俺の隣には、幼かった君がいた。

守れなかった幼い頃の約束。その代わりに、新たに結ばれた約束。

古びている、だけどたった一本の大事な愛刀を握りしめると、彼もしくは彼女の確かな熱を感じた。

まるで『今度こそは』と、言っているかのように。

絶対に、絶対に破らないと誓うよ。————俺はこの命を懸けてでも、君を守る。

あの日結んだ指はもう、あの頃とは違って逞しい姿をしている。

それでも君への想いは変わらない。

ずっと、ずっと。君の姿だけを追って、生きてきた。

君への幻想をたったひとつの柱にして、この身を捧げるために、生きてきた。


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