戦場乙女1
わたくしが一番はじめに《あなた》へお伝えするべき言葉は、これ以外にありません。
————優しくしてくれた《あなた》を傷つけて、ごめんなさい。
言い訳や懺悔など、《あなた》はもう知りたくもないでしょう。
だからこれより先は、単なる独白です。
《あなた》のなかの『薄桜』が消えようもないそのときに、読んでいただければ幸いでございます。
まずはじめに……わたくしには名前がありません。
《あなた》と過ごした時間だけが、『薄桜』という女が生きている世界ないし歴史にございます。
わたくしという存在に、肉親や友人というものはありませんし、過去なんてあってないようなものです。
『薄桜』は、《あなた》と出逢ってから生まれたのでございます。
《あなた》と初めて出逢った日のことを、わたくしはよく覚えております。
桜の蕾が零れ落ちそうなほど膨らんでいた————あの春。
柔らかな陽射しが鬱陶しくて不機嫌だったわたくしは、不遜にも主人である《あなた》に向けて手を差し出したのです。
『主人と小物』ではなく『友人』のような握手は、もちろんのこと烏滸がましい行為に当たります。わたくしたちを引き合わせた藩士さまは、わたくしの行いに目を眇め憤りました。
しかし《あなた》は咎めることなく自然に、わたくしの手を握り返してくださりました。
仏頂面でわたくしの手を握り返す《あなた》の第一印象は、お世辞にもいいとは言えません。
なんて可愛くない子供だろう、なんてすっかり自分を棚に上げて、内心ではむっとしておりました。
どうしてわたくしは、そのような無作法を働いたのか。
はっきりとした理由は、わたくしにもわかりません。
いま思えば、《あなた》との心の距離を縮めたかったから……だったのかもしれません。
わたくしの手を握り返す《あなた》の手は、思いのほか頼りなげに小さくて————でもとても温かかったのを、いまでも思い返します。
《あなた》がいずれはわたくしの正体を知り、敵となる未来が待ち受けていることは、わかっていたことです。
だけど。
わたくしが作ったご飯を、美味しいと喜んで頬張る《あなた》。
縫い物をするわたくしの隣で、気持ちよさそうに居眠りする《あなた》。
わたくしが《あなた》の髪を梳くときに、ほんの少しくすぐったそうに口角を上げる《あなた》。
『薄桜』さえ側にいてくれればいい、と言ってくれた《あなた》。
暗闇に呑まれていたわたくしを掬いあげてくれたのは、間違いなく《あなた》。
《あなた》が————八重さまがくれる愛が、わたくしの心を溶かしてくれたのです。
わたくしの素性を知ったことで、わたくしが裏切ったことで、《あなた》の心はひどく傷ついたものとお察しします。
きっともう、誰も信じたくないでしょう。
だけど優しい《あなた》のことですから、『薄桜』という女を捨て切れないでしょう。
悩み苦しみ、心を閉ざしていらっしゃるでしょう。
ですがどうか、どうかお願いです。
ひとを信じること、愛することを……どうか、おやめにならないでくださいませ。
あの日と同じ、柔らかい陽だまりのように笑う《あなた》を……どうか殺さないでください。
《あなた》に『薄桜』と呼んでいただけた幸せを、わたくしはこの先もずっと。
大切にいたします。
もうひとつ、手前勝手なお願いをいたします。
わたくしは《あなた》に、たくさん嘘を吐いてまいりました。
だけどこの言葉に嘘偽りがないことを、八重さまの一歩目として信じてください。
『薄桜』は————わたくしは《あなた》のことが、大好きです。




