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宿命乙女3

「《戦巫女》八重————その身を清め、神への供物を捧げよ」

大将の溌剌とした音頭とともに、未だ虚ろな瞳の八重は舞台に向かう。幽鬼のようにふらふらとした足取りで進むその小さな背中を、深山は心配そうに見つめ続けた。

脇に控えていた巫女たちが、用意していた御神酒を八重の体に満遍なくかけて、身を清めさせる。

御神酒の冷たさに体を震わせる間もなく、直ぐに紅白の巫女衣装が用意されて、八重が袖を通した。

巫女たちが舞台の真ん中から掃けて、それぞれ担当している楽器を手に取る。

一小節目は神楽笛の音色から始まった。間もなく小鼓が静かに入り、箏と鈴の繊細な音も後に続く。

忙しない戦場の一角が一変し、厳かな空気を醸し出す。

神楽笛に呼ばれたかのように天の音が柱のように差し込み、それに誘われて龍笛が舞い降りた。

龍が戦巫女の体を借りて、地上に舞い降りる。

薄桜の裏切りにずっとうな垂れていた八重だが、龍笛の音を耳にした瞬間————刮目。

龍をその身におろしたかのように、彼女の顔つきは『八重』のものではなくなった。

栗色の瞳に宿る不可思議な光によって、龍の瞳に似た鋭利な金色に輝く双眸。

長く艶やかな栗色の髪と、紅白の巫女装束が揺れ。

手にした榊の切なる葉擦れと鈴の音が共鳴し、扇の豊かな色彩が辛くも淑やかな味をつける。

戦の勝利と、武士たちの無事を祈る、その物悲しくも頼もしい響き。

舞のひとつひとつは女性らしいなよやかな仕草だが、やがて龍の激情も同時に孕み始め、不穏な空気を放つ。

篳篥の音色が地上を這い回り、大太鼓の腹に響く音が龍の怒り————雷を表す。

馬に跨り、地を駆け、戦う武士たち。敵の刀に傷つき、倒れる彼らへ向ける龍の憐憫。

我が陣営を蹂躙する敵への、その激烈を極める怒り。

赦すな、決して赦すなと、龍の怒りが増していく。

「負傷者はこっちへ運べ!」

後方から怒鳴り声のような指示が飛ぶ。どうやら負傷者が出たようだ。

怒りの舞は苛烈さを極める。

逆鱗の刺々しさ、胴の激しいうねり、牙の鋭利さ、瞳の厳しさ、そして……胸を痛める切ない涙。その総てで、龍の嵐じみた憤怒を体現している。

しかし雑味などは一切なく、むしろ動きにきめ細やかさが際立ち。

ふと見せる龍の慈愛に満ちた横顔には、舞手が少女であることを忘れて母性のようなものを感じた。

負傷者の痛みさえも癒す、その凄絶な美しさ。

この場に居合わせる誰しもが、ため息とともに呟く言葉はひとつ。

「綺麗だ」

見蕩れ、見惚れてしまうほど美しき女神のように神々しい姿は、普段のお転婆な八重を知る者であっても魅了された。

神の視点から戦を覗いているかのように、予見にも似て物語めいた壮大な舞。

満開の桜でさえ、彼女の美しさを前にすれば掠れるだろう。

彼女が《最上の戦巫女》と評価される、その力の片鱗だけでも納得せざるを得ないものだった。

果たしてその予見は、此方の勝利を示すものなのか、或いは。

戦局は気の抜けない緊張状態が続く。

本多陣営は得意の騎馬隊で押し、対して大久保陣営は自慢の足軽隊で押す。

かろうじて戦死者は出なかったものの、両者一歩も譲ることはなく。一日目は日が暮れた頃に、ひとまず休戦となった。

負傷者の手当てがひと段落したところで作戦の調整と兵糧の配布、残量の確認をし、各々ひとときの休息を満喫。

「眠れないのか?」

湖に溜まった水が跳ねる音以外はなにも聴こえない、大人しい夜。

満点の星空を頭上にして、本陣より芦ノ湖寄りの広い草っ原で独り、座り込む八重を見つけた。

深山は見張り番の交代で、そろそろ眠りに就こうとしていたところ。八重がいなくなったことに気づいてあちこち探し回った。

万が一にも敵方と遭遇する危険はもちろんのこと、山がほど近いこの辺は猪や熊だって出る。この暖かい時期だから、当然のように彼らは活発だ。

「……」

八重は相変わらず、なにも口にしようとしない。だんまりを決め込んで、どこか遠くを見ているような瞳をしている。

膝を抱えるその右手には、やはり桜色の簪が握られていた。

「……懐かしいな、こうして並んで星空を眺めるのは」

幼い頃はそれこそ毎日のように一緒にいて、星や月の灯りを頼りに取り留めのないお喋りに興じたものだ。ふたりを探し回っていた世話役の巫女に見つかって散々叱られたのも、いまにしてみたらいい思い出になる。

簪を握り締める八重の右手に自然と、力がこもった。

彼女にもこの景色に、なにか思い入れがあったのだろうか。

月の銀光に照らされた美しい白磁の横顔は、ただただ眩しそうに————苦しそうに歪んでいた。


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