表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/33

暗躍乙女4

晴れた夜半はいつも、月明かりを頼りに物を書く。

見えづらいのもまた一興、と月を眺めてしみじみ感じるこの時間が好きだ。

今宵も愛用の文机に向かい、筆をとって、必要な書類をつらつらと書き記していた。

文字を綴る手を止めることなく、しかし男はぶつぶつと独り言を呟いては、数多の記憶を探っている。

「『深山』……みやま、ミヤマ……」

先日の報告で聴いた名だ。

あの日からずっと、頭の隅に引っかかって離れない。気持ち悪いので早く思い出したいところだった。

綴った文が杉原紙三枚目に至ったところで、

「あぁ、思い出した」

もう十五年も昔のことだったもので、すっかり記憶が錆びついていたようだ。

しかしいまでも鮮明に思い出すのは、満開の桜のように美しい少年。

姉の真似事をして生き延びた、稀有な戦巫女だった。

「そうか、あのときの童……なるほど」

彼が狂い咲き誇る日を強く楽しみにしていたのだが、残念なことに逃げられてしまった。

獲物に逃げられたのは、初めてのことだ。

男の唇が歪む。

歓喜、狂喜、悦楽、愉悦。

まるで彼のなかに、ひと息で春が訪れたかのような幸福感が溢れた。

「益々……面白くなりそうだ」

私の庭がまた一段と、美しくなりそうだ。

ほくそ笑んでまた、書き物に集中する。しかし集中は桜吹雪のような狂喜によって乱され、仕方なしに茶を淹れてひと休み極めることにした。

新茶の味わい深い薫りと心地の良い渋みに舌鼓を打ち、だが浮かぶのはあの少年の姿。

宝石のように煌めく深い翠緑の髪と、同じ色味の瞳。

溢れんばかりの桜吹雪に溺れて、淫らに腐って堕ちていく。

そんな予感めいた風が、一筋吹いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ