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Episode2



「あら、いらっしゃい」


 以前よりも明らかに賑やかになった私の部屋。全ては、あの本の……魔法の本のおかげだ。『美味しい紅茶が飲みたい』という願いが叶った直後、私は本に記した。『友だちが欲しい』と。森の奥で、誰の目にも触れずに生活を送ってきた私にとって、友だちという存在は縁遠いものだった。楽しく会話ができる存在が欲しかった。

 どんな友だちができるのだろうと、楽しみにしていた私の元へやって来たのは、二羽の小鳥だった。普段から、この家のまわりを飛び回っていた小鳥だ。ある日、祖母が部屋の空気を入れ替えようと窓を開けた途端、待ってましたと言わんばかりの勢いで部屋に入ってきたのだ。でも、私にはすぐに分かった。この小鳥たちこそが、私が待ち望んでいた存在だと。

 そこで私は願った。『小鳥たちと会話ができるようになりたい』と。すぐに小鳥たちの言いたいことが分かるようになり、少しずつ仲を深めていった。私の生活は大きく変化していったのだ。


「そういえば、あの話聞いた?」

「あの話って、もしかして町で噂になっているあの話のこと?」


 楽しそうに会話をする小鳥たち。外に出ない私にとって町の噂話など分かる筈もなく、首を傾げるしかなかった。


「あ、あの話って言ってもセシアには分からなかったね! 実はね……」


 セシア。それは私の名前。何年もの間、祖母にしか呼ばれなかった名前なので、くすぐったいような不思議な気持ちになる。

 小鳥たちの話によると、町の中にとある男の人がいるらしい。なんでも財力があり高学歴、顔も性格も良く、非の打ちどころがない存在だという。そんな彼が婚約者を探し始めたということで、町は大混乱。日々、若い女性たちは彼の婚約者になりたいとアプローチを続けているのだという。


「本当にかっこいいのよ! セシアにも見せてあげたいわ!」

「私たちが小鳥じゃなかったら猛アピールするのにねー!」

「そうなんだ」


 うっとりとしながら話す小鳥たち。そんな会話を聞きながらため息をつく。町か……。きっと私には一生縁の無いところなんだろうな。窓の外を眺めながら、動かない脚を何度も擦る。そんな私の様子に気づいたのか、小鳥が肩の上に飛び乗ると、軽くくちばしで頬をつついてきた。それに反応して視線を移すと、もう一羽の小鳥が例の本の上に乗ってわざとらしく何度も跳ねる。


 心臓の音が急激に大きくなった気がした。


 体中を大きな音が駆け巡る。震える右手をゆっくりと伸ばし、ペンを握る。ごくりと唾を飲み込んだ。もしも、この脚が動くようになったら……。この脚で地面を踏みしめることができたら……。


「そうよ、セシア。今のあなたには悩む必要なんて無いじゃない」


 一瞬、悪魔の囁きのようにも聞こえたその言葉。でも、確かにそう。今の私には、不可能なことなんて一つもない。だって、何でも願いが叶うこの本を……魔法の本を手に入れたんだから。何もなかった、何もできなかった今までとは違う。羨んでばかりいた、あの頃とはもうお別れ。私は、第二の人生をここから始めるんだ。

 自然と口角が上がるのが分かった。



『この脚で自由に動き回りたい』



* * * 



「セシア、早く早く!」


 私の少し前を飛ぶ小鳥たちは、嬉しそうに声をかけてくる。私は二羽に後れを取らないよう必死に歩みを進める。森の様子を見る余裕もないほど、歩くということに一生懸命になっていた。

 そうだった。歩くってこういう感覚だった。その感覚を取り戻すように、味わうように、確実に足を運ぶ。荒くなる息と、噴き出す汗。歩くという行動はここまで大変なものだと思っていなかった。それほどまでに私の体は弱っていたということだろう。

 そんなことを考えていると、小鳥たちが突然私の両肩にとまってきた。


「ど、どうしたの?」

「セシア、あれを見て」


 小さな声で話す小鳥。呼吸を整えながら小鳥たちの見ている先へと視線を移す。

 すると、今までは細い一本道だったのだが、大きく開けている場所へと繋がっていることが分かった。開けたその場所に堂々とたたずむ大きな一本の樹。思わず圧倒されるほどの迫力だった。きっとこの大樹はこの森の守り神なのだろう。そう思った。


「大きな樹だね……」

「違うわよ! 確かに大きな樹だけど、私たちが見てほしいのは、その側に座っているひとのこと!」

「へ?」


 言われるがままに視線を移すと、その樹に寄りかかっている男性の姿が確認できた。片方の手には一冊の本が握られ、もう片方の手は髪を掻き上げている。きれいな金髪と、すらっとした身体。美しいという表現は彼のためにあるのではないかと思うほど、彼の全てが完璧に見えた。


「あの人が町で噂になっている張本人よ。まさか、こんなところで彼に出会えるなんて、セシアあなたついてるわね」

「そ、そうなの?」

「当たり前よ! このチャンス逃してたまるもんですか! セシア、話しかけてきなさいよ!」

「え、私? いや、私は別に……」


 私の主張もむなしく、小鳥たちは彼の方へと飛んで行ってしまった。このままではまずいと思い小鳥たちを追いかける。すると、羽音が聞こえたからか、足音が聞こえたからかは分からないが、彼が顔を上げた。馴れ馴れしく彼の肩にとまる小鳥たち。


「す、すみません! 私の小鳥たちが!」

「あ、この子たち、君が飼っているの?」

「そ、そうなんです。籠から逃げ出してしまって、ここまで追いかけてきたんです」

「そうだったんだ」


 そう言うと彼は「もう逃げちゃだめだよ」と小鳥たちを優しく私に返してくれた。小鳥たちは嬉しそうに鳴き声を上げて、私の両肩に乗る。


「助かりました。ありがとうございます」

「いいよいいよ。ちょうど一冊読み終わったところだし」


 そう言って彼は本を閉じる。そこで私はあることに気がついた。


「あれ、その本って……」

「ん? ああこれ? 僕の愛読書なんだ。もう何度読んだのか分からないくらいだよ」

「えっ? そうなんですか? 実は私もその本大好きで、何度も読んでいるんです」

「本当に? いや、それは驚いたな。君とは話が合いそうだよ」

「私もびっくりです……。まさかこんなところで同じ本を好きな人と出会えるなんて」

「よかったら名前を教えてもらってもいいかな? 僕はアランだ」

「わ、私はセシアです」

「そうか! セシア、よろしくね」





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