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Episode1


 これはとある昔の物語。




 外から聞こえる鳥のさえずり。


 窓から見える景色はいつもと同じ。……つまらないほど代わり映えのないこの景色。

 この窓から、何度この景色を眺めたことだろう。そして、何度ここから外に出たいと願ったことだろう。

 側にある机からいつものように一冊の本を手に取ると、腕の力を使い椅子に深く腰掛けた。古びた椅子の音がむなしく鳴り響く。


 コンコン。


 そこへ聞こえた軽いノックの音。顔を上げ扉を確認すると、祖母が遠慮気味に顔を覗かせていた。


「どうしたの、おばあちゃん」

「あなたにプレゼントがあるのよ」


 そう言って優しい笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる祖母。その手には一冊の本が握られていた。また、新しい本を買ってきてくれたのか……。読書好き、いや、読書しかすることのない私にとっては、とてもありがたいことだ。


「いつもありがとう」

「いいのよ。私ができることはこれぐらいなんだから」

「そんなこと……」


 うまく言葉にならず、気まずい空気が流れる。その空気に耐えかねてか祖母は「それじゃあ、またあとでね」と部屋を出て行った。私もひとつ溜め息をこぼす。


 私は小さい頃から体が弱く病気がちだった。その上、両親も事故に遭い早くに亡くした。その時私は、運悪く一人だけ助かった。命は助かったが、もう一生歩けないと言われ、正直絶望するしかなかった。そんな私のことを献身的に支え続けてくれたのは祖母だ。祖母には感謝と同時に申し訳なさを感じてしまう。心のどこかで、あの時両親と一緒に死んでしまえばよかったと思ってしまうのだ。

 足が不自由なので、外に出ることも叶わない。もともと体が弱かったこともあり、森の奥の一軒家で人目に触れず生活を送ってきた。そんな生活を始めて、もう五年の月日が流れたのかと思うと、再びむなしさがこみ上げてくる。


 ふと、祖母から貰った本に目を落とす。「何これ?」私は思わずそう呟いていた。本は全てが真っ白だった。タイトルもなければ作者も書かれていない。適当にページをめくってみたが、やはり何も書かれていない。不思議に思いながら最後のページを開くと、一枚の紙が挟まっていることに気がついた。自然と手に取ると読み上げる。


「魔法の本の使い方」


 その紙の一番上にはそう書かれていた。そして、続けてこう書かれている。

『一つのページにつき、一つの願い事を書き込むこと。そうすれば、あなたの願いが叶うだろう。ただし、一度書いた願いは消すことはできないので、慎重に考えてから書き込むようにすること。』

 願いが叶う? 簡単には信じられないことだが、良い暇つぶしにはなるかもしれない。机の引き出しを開けると、ペンを取り出す。そして、少しの間考えてからこう書きこんだ。


『美味しい紅茶が飲みたい』


 自分の書いた文字を見つめる。特に変化が起こるわけでもなく、いつものように窓の外を眺めた。きっと、こんなことを願ったところで何も起こらないのが私の人生なのだろう。私は、何のために生きているのだろうか。

 そんなことを考えていたその時、再びノックの音が部屋に響いた。


「な、何?」


 願いの書いたページを慌てて閉じると、そう返事をする。扉を開けたのは、当たり前だが祖母だ。ただ、いつもと違うのはそれと同時に優しい香りも一緒に入ってきたことだ。


「何度もごめんね。ちょっと新しい紅茶があったから持ってきたのよ」

「へ?」

「あなた、紅茶好きでしょう」

「あ、うん」


 目の前に置かれるティーカップと、シフォンケーキ。そのことで、更に強くなる香り。


「ピーチティーよ。口に合うかどうかは分からないけど飲んでみてね」

「あ、ありがとう」


 祖母が部屋から出て行くと、そっとティーカップを持ち上げる。大きく香りを吸い込むと、もう一度優しい香りを堪能する。確かに、桃の香りがする。あまりに良い香りなので、口にする前から大きな期待で胸がいっぱいになる。ゆっくりと一口、口にする。


「美味しい」


 ありきたりな表現になってしまうが、今まで飲んできた紅茶の中で一番美味しい。それくらい、私の口に合う紅茶だった。

 ふと、側に置いた真っ白な本を見つめる。美味しい紅茶が飲みたいという願いが叶ったということだろうか。まだ心の底からこの本のことを信用したわけではないが、もう一度本を開くとペンを握っていた。頭で思うよりも先に、手が動いていた。

 叶えて欲しい願いなら山ほどある。その願いをこの本に書き込むだけで、全て叶うというのだろうか。とんでもない物を手に入れたと少しの恐怖を感じると同時に、どんなことを願おうかと興奮がおさまらない。

 気づけば、次のページに願いを書き込んでいた。




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