#006「八月九日火曜日」
――昨夜の十八時から二十四時に入っているニュースは、と。
海水浴中の男子高校生が溺死か。
この季節は、海にしても川にしても、水難事故に気を付けないといけないわね。
ビルでテナント企業の社員による飛び降り自殺が起きたことで資産価値が減ったとして、所有会社に賠償することが決まった、と。
させない義務云々より、どうして社員が自殺に到ったのかが気になるところね。
細かいニュースは、それくらいかしら。
*
「おはよう、小川くん」
「おはようございます、清水課長。昨夜は、よく眠れなかったのですか?」
「あぁ、そうなんだ。夜中に、殺虫剤を片手に格闘してたんでね。夏場は虫に悩まされるよ。――それでは、昨夜のニュースの報告を」
「はい。昨夜は、天皇陛下のお気持ち表明に関するニュースが目立ちました。傘寿を過ぎ、体力面で衰えを感じている現状を鑑み、日本の象徴としての天皇のありかたについて熟考し、天皇としての公務の肝要さについて語られ、天皇としての務めを果たすことが難しい場合に摂政を置くことや、健康面で深刻な状態に立ち至った場合に、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことへの懸念を表明された陛下のお言葉については、これから様々な議論が繰り広げられるものと思われます。皇室の伝統について浅薄な知識しか持ち合わせていないわたしがいうのもおこがましいのですが、個人的には生前退位に賛成です。以上で、わたしからの報告を終わります」
「どうも、ありがとう。昨日の帰りに、そのニュースに関する号外を配ってたんだが、受け取ったかい?」
「えぇ、受け取りました」
「日本という国を考える上で、皇室典範についての議論は避けられそうにないね。戦後に天皇制の廃止が検討されたり、皇位継承は男系男子に限るとされてることを疑問視する声が高まったりと、これまでの伝統と、これからの展望について、幾度となく話し合われてきたものだ」
「議論が論争になって、過激な手段に訴える人間が出てこなければ良いんですけど」
「ウム。僕も心配だよ。平和的な解決を望むところだね」
「そうですね」
「来週の十五日で、終戦から七十一年が経つことでもある。このタイミングでの公表は、意味深だね」
「歴史のターニング・ポイントですね」
「変革による転換が迫りつつあるのかもしれないな。――さて。今日は書類の処分から始めよう」
「はい。全部、シュレッダーにかけるんですか?」
「そうだよ」
「作る必要があったんですかねぇ、この資料の山は」
「仕事をしたという形を残さないといけないというありかたも、見直してほしいものだね」