#005「八月八日月曜日」
――昨夜の十八時から二十四時に入っているニュースは、と。
渋谷の流行発信基地が、四十三年の歴史に一区切りを打ったか。
小川くんは、この手の場所に詳しいのだろうか?
それから杉並では、祭の列に火炎瓶を投げ込んだ輩が現れたのか。
古典的な手段だな。全共闘世代か?
タイでは、軍事政治に肯定的な新憲法案が承認確実になったみたいだな。
この国は、一昨年のクーデター騒ぎから、何かと不穏な空気が漂ってるなぁ。
*
「おはようございます、清水課長」
「おはよう、小川くん。今日は、この夏一番の暑さになるそうだ」
「お盆休みで通勤利用者は減っているとしても、ホームには長居したくないですね」
「まったくだ。駅での行列にはウンザリするよ。――それでは昨夜のニュースを報告するね。タイで、新憲法案が承認確実になり、軍事政治にとって有利な状況に変わるかもしれない。これで人権を無視したような政治が横行するようになるとは言わないが、僕には、どこか暗雲が立ち込めて来ているように思えてならない。それから、杉並区で行われた七夕祭で、サンバの列に火炎瓶が投げ込まれたというニュースも入っていた。晴れの日を台無しにした不届き者には怒りが湧くが、それと同時に、火炎瓶には、僕より、もう一回り上の世代にとっては懐かしい響きの言葉だと思った。あと、渋谷のランド・マークが改装工事のために、四十三年続いた営業を一時休業することになった。残念ながら僕は、こういう流行には鈍感で、一度も足を運んだことが無いんだ。以上で、僕からの報告は終わりとするよ」
「わたしも渋谷や原宿には、社会人になってから遠ざかってます。もう三十路に近付こうとしていますし、週末のショッピング先も、老舗百貨店にシフトしつつあります」
「そうか。まだ二十代だから、よく利用しているものだと思ったんだが、そうでもないんだなぁ」
「女子中高生からみたら、自分の二倍近い歳を取った立派なオバサンですもの。――お祭の楽しい雰囲気を台無しにするとは許せませんね」
「十五人の怪我人が出ているというから、軽い悪戯では済まない犯行だね。何が気に入らないのか知らないが、不満を訴える手段として不適切な方法を選んだものだ」
「力で押さえつけても、抑えれば抑えるほど反発が大きくなりますものね」
「ウム。国民投票の結果だということは、賛同する人間が多かったということなのだろうが、果たして、公明正大な選挙だったのだろうか?」
「疑い出すと限がありませんよ、清水課長?」
「そうだね。陰謀論に振り回されて、枯れ尾花を幽霊に見間違えてしまってはいけないな。ハハッ」
「でも、微笑みの裏には、苦悩が隠されてるのかもしれませんね」
「辛いときほど、笑顔で前向きな生活への望みが高まるからねぇ。――さて。今日は宛名貼りから始めようか」
「はい」