#004「八月五日金曜日」
――昨夜の十八時から二十四時に入っているニュースは、と。
フゥン。水族館からアオウミガメが姿を消したのか。盗んだ犯人は、どうするつもりなのかしら? インター・ネットで売るのかしら?
ヘェ。今やオークションは、パソコンではなくてスマート・フォンが主流になりつつあるのね。ガラ・ケー向けのサービス然り、パソコン向けのサービス然り、どんどんスマート・フォンやタブレット端末に移行してるわね。
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「おはよう、小川くん」
「おはようございます、清水課長。また、そのお召し物ですか?」
「少ない服を着回すしかないからねぇ。洋服に限らず、買い物の優先順位は、息子、妻、僕の順なんだ。いやはや。カジュアル・フライデーというのも、考え物だね。――それでは、昨夜のニュースの報告を」
「はい。昨夜は日銀の副総裁が、金融緩和の縮小はしない方針であることを強調した模様です。政府が大型の経済対策に取り組むこととの相乗効果によって、景気刺激効果が非常に強力なものになるとの見込まれています。財政面にしろ、金融にしろ、景気対策が打ち出されてから個人の所得に効果が現れるまでには時間が掛かりますが、これで少しは、わたしの懐も温かくなれば良いと思いました。わたしからの報告は以上です」
「どうも、ありがとう。僕も、新しい服が買えるようになると良いと思うよ。それにしても、利子率の切り下げによる金融政策に、社会基盤への政府投資による財政政策。マクロ経済学の基本だね。ケインズの『一般理論』が発表されたのは今から八十年前だが、今なお古びていないね」
「古さで言えば、ミクロ経済学のほうが古いと思いますけど?」
「たしかに、アダム・スミスの『国富論』が発表されたのは今から二百四十年前だからね。古典中の古典だ。どちらにしても、米国で歴史的な変革があった時期に英国で書かれたものだ」
「独立戦争と大恐慌ですね?」
「そう。よく覚えてるね」
「ニュース報告をするようになって、気になることを小まめに調べる習慣がついたからですよ」
「今や、スマート・フォンに話しかけるだけで済むようになったものなぁ。便利な時代になったものだ」
「なかなか情報が得られない時代から、大量の情報を選りすぐる時代になりましたものねぇ」
「凄い進歩だねぇ」
「凄い進歩ですねぇ」
「それじゃあ今日は手始めに、昨日の会議の議事録を見せてもらおうかな?」
「はい」